[連載]
自称宇宙人の『美少女』と出会い
〈コネクター〉となったトキオ。
そんな中、彼が通う男子校には
転校生がやってきたのだが──

イラストレーション●うひじ
二 男子校へようこそ
五月中旬。僕は空色の髪をした、引くほど可愛い“自称宇宙人”と出会った。
その一週間後に当たる今日、現在、十六時二十二分。
全身を黒のスーツでビシッときめた、黒髪ショートヘアの女性。身長は僕より少しだけ高く、右耳にハートのピアスを一つつけている。
もちろん、道を
幸か不幸か、お姉さんは僕を
ご存じの通り、男子校生は女性という生き物との接点を剝奪されている。引くほど可愛い宇宙人とお近づきになった一週間後に雰囲気あるお姉さんとお
それなのに、まったく浮かれた気持ちになれなかった。
「あれは、本物の宇宙人だよ」
お姉さんは近くに警察署があるというのに、細長い紙タバコを悠々
「そして君は、その〈コネクター〉になった」
「だからなんなんですか、それは」
「だからさっきも言っただろう? 〈ゲスト〉と
そうは言われても、僕がお姉さんと出会ったのは、つい二分前のことだ。
あまりに唐突すぎて、それ以降の内容はほとんど頭に入ってこなかった。
「ええと、その〈ゲスト〉ってのは……」
「この星にやってくる者。その中でも、
シルバーカーを押しながらゆっくりと進む紫髪のおばあちゃん。その横を自転車で駆け抜けていくタンクトップ一枚のおじさん。何気ないナゴヤの商店街の一場面で、僕とお姉さんだけが浮いていた。
「君が頼みの綱だ」
「なんで、僕なんかが」
口をついて出た言葉が、結局のところ、僕の内面のど真ん中だった。
「簡単な話さ。君が〈ゲスト〉の第一発見者になったからだ」
そう言ってお姉さんは指先でタバコを弾き飛ばした。まだ火のついたタバコは放物線を描き、側溝にホールインワンした。地球を守る秘密結社のエージェントでも、地球環境への配慮はその程度らしい。
「どうした? 浮かない顔をしているな」
お姉さんは品定めするように僕を見ると、こちらに歩み寄ってきて煙くさい息を吐いた。
「お姉さんが話を聞いてやってもいいよ、勤務時間内ならな」
間違いなく人生の確変が始まっているのに、飛び上がって喜べないのにはワケがある。
向かい合う僕らのすぐそばで、コメダのシロノワールののぼりが踊っている。
遡ること五日前。
教室に入るが早いか、僕は異様な熱気に勘付いた。
「今転校生って言った?」
石川か吉田で言ったら、囲碁部の吉田の方がまだ話しかけやすかった。
吉田はあたりを見回し、耳打ちをしてきた。
「いやなんかさっきマエセンが来て、今職員室で会議してるって!」
「うるさっ!」
僕はとっさに吉田の体を押し返した。鼓膜が破れるかと思った。ひょろひょろに見えて意外と分厚い胸板に、なんでその体で囲碁部なのかと一瞬思った。
自席につくと、
「ってかさ、転校生とかおかしくない? うち受験以外じゃ入れないでしょ」
片耳イヤホンの八木くんの問いはもっともだった。そんな制度があるなら、小学生の頃、死に物狂いで挑んだ受験戦争はなんだったのか、となる。
ぽつぽつと会話を続けること数分。「ってかさ」再び言葉を区切った八木くんが、スマホを道具入れの中に突っ込むと、僕の方を睨む。
「なんか今日、ニヤついてない?」
「そうでもないと思うけど」
八木くんのつぶらな瞳に、オオカミみたいな鋭い光が宿った。
「明らかに右の口角が上がってるぞ。鏡見た方がいいよマジで。だいぶキモい。それにやけに肩を気にして……」
八木くんは目を細め首筋から肩を凝視し、ハッとした表情を作った。
「おい、まさか……」
八木くんの手が伸びてきて、僕の学ランの襟を摑んだ。
学ランのホックが八木くんの袖のボタンに引っかかり、キュッと首が絞まった。
「ぐっ。苦しい」
揉み合いになり、椅子から派手に転げ落ちても、誰も見向きもしない。男子校とはそういう場所だ。こう見えて柔道経験者である八木くんには、簡単にマウントポジションを取られてしまう。
「なんだこの
八木くんは勢いよく絆創膏を引っ剝がした。
「か、肩に……なんだこの赤いの! お前まさか、キッ、キスを……!」
僕は八木くんに首を絞められながら、
「何があったか教えてやるから早く腕をどけろよ、八木
「うわああああ、何も言うなっ!」
八木くんが悲鳴を上げた、その時だった。
ガララと引き戸の音を響かせ、マエセンが入ってきた。
後ろには空色の髪の美少女がついてきていた。学ラン姿だった。
あちこちでバカをやっていたクラスメイトが、いそいそと席に戻っていく。
クラスメイトたちはまるで宇宙人を見るみたいに彼女をジロジロ見ながら、突然前髪をいじったり、学ランのホックが留まっているかを確認し始めたりした。八木くんもその例に漏れなかった。
僕一人がただ茫然として、床から立ち上がれずにいた。
やがて彼女が、ぶかぶかの学ランの袖を頭上で振った。
「あっ! オオワキトキオだ!」
彼女からのキラキラした瞳が僕に向けられると、クラスメイトからのトゲトゲした視線もまた僕に集まった。それと同時に、各方から「なんで女子がこんなところに」「共学になるって噂は本当だったのか」等々、ヒソヒソ声が上がり始める。
けれどそんな高揚感を一笑にふすように、マエセンはチョークを彼女へ手渡し、言ったのだった。
「転校生を紹介します。ハナムリトくん、使い方はわかるね?」
「もちろんです」
少女はチョークを掌でしばし転がすと、すんすんと匂いを
そして彼女は黒板に、齧った断面を押し付けた。
「初めまして転校生のデンヴァー・イル・ハナムリトです!」
潑剌とした声だったが、ミミズのような筆跡はとても読めたものではなかった。
「出身地はプライマー船団《レ・ド》22ブロック10901。とっても良い宇宙人です。みんなよろしくね!」
まるで普段から鍛えているオモロさを試されてでもいるみたいに、教室全体が妙な空気に包まれる。
ツッコむべきなのは明白、でも切り口が見当たらない。オモロいことは言いたいが、第一声はリスクになる。無言の駆け引きが不気味な沈黙を生んでいる。
そんな中で、僕だけがその競争に参加していなかった。
正味宇宙人だの船団だの、そんなこと僕にはどうだってよかった。
「ちょっと待ってください。先生、何かの冗談ですよね?だって、その子は……」
挙手とともにそう告げると、再び視線が僕へと集まった。
マエセンは僕と少女とを見比べ、深く一つため息を吐くと、
「大脇くん、あなたの言いたいことは概ねわかります。このルックスだから、私も
「たしか、めっ……」
気味の悪い映像が頭をよぎって、僕は瞬時にそれをかき消した。
寺門というのは法衣姿の眼鏡の僧侶で、『宗教』の授業を受け持つ教員のことだ。基本的には専用の教室で、
「正直、
「おいなんだ、女子じゃねえのかよーっ! マジ焦ったーっ!」
石川の安堵の一声で、教室を包んでいた緊張感が目に見えて
ただ一人、
ハナムリトは即座に注目の的となった。
もとより転校生自体が異例の中、自称宇宙人の超絶
「それって地毛?」「どこから来たの?」「好きなアイドルいる? いないんだったら今は〇〇坂がアツいよ」等々。矢継ぎ早に飛び出す質問に必死に答えようとしていたハナムリトだったが、二分も経たないうちに音を上げ、「トキオ~!」と声を上げて僕の方へと駆け寄ってくる。
そんなことが二度ならずあり、そのたびに僕はヒリつく視線を浴びた。
昼休みに入るとすぐ、僕はハナムリトの手を引いて教室を抜け出した。
彼はその異常な髪色のために、室内だとどこにいても目立った。
仕方なく外に出て、煉瓦造りの建物の下までやってくる。
「トキオ、ガッコウってすごい場所だね。ボク、大勢の人間に同時に喋りかけられると、かなり参っちゃうんだ」
赤茶けた建造物を興味深そうに見上げるハナムリトへ、すかさず訊ねた。
「君、本当に男なの?」
「そうだよ。ボクがメスだったらこんな星に来てないよ」
ハナムリトが大きく首を縦に振った。その弾むような動作がやっぱりまだ
「なんだよもう。僕、男に肩嚙まれたのかよ……」
女に嚙まれていたらなんだ、という話ではあるのだが。
「どうしたのトキオ、やっぱりアレはこの星では侮辱的なサインだった?」
本気で心配そうな声を上げ、一緒にしゃがみ込んでくるハナムリトの手を払って深いため息を一つ吐くと、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。それでやっと僕の脳は、先ほどの『彼!』の発言に向き合うだけの冷静さを得た。
「さっきのなんだよあれ。フザケすぎだろ! 宇宙人って……」
「でも、本当のことだから。ゴメンね、頭からツノとか生えてなくて!」
ハナムリトはこれについては一歩も譲らなかった。髪色がどうの、遺伝子がどうのといろいろな説明を聞かされたが、途中から僕はどうでもよくなってしまった。そもそも宇宙人とかありえないので、こいつはただの電波系美少年に決まっているのだ。
「それで? ハナムリトはなんで転校してきたんだよ」
訊ねながら、僕は煤けたベンチへと腰を下ろした。
ハナムリトはごほんと一つ咳払いをすると語り始めた。
「ボクは良い宇宙人で、かつ、とってもユウシュウな宇宙人だから、船団で大きな仕事を任されたんだよね。この星の文明人のオスとメスのツガイを観察する、っていう仕事でさ」
「じゃあ君は宇宙人の学者かなんかなわけ?」
「えっと……まあ、そんなトコロだよ」
胸を張って語る割には歯切れの悪い相槌だった。
「でも、なんでわざわざ
一億歩譲ってこいつの言葉を信じるとしても『一般的な地球人男女の観察』のために訪れる場所として、
「そこにはトッテモ奥深い理由があるのさ。まず、ボクはこの星に降りる前に下調べをしたんだよ」ハナムリトは握り拳で自らのこめかみを小突き始める。「オスとメスのツガイについて調べるには、両者が恒常的に同じクウカンにとどまっている必要があるでしょ? そこでカイシャとガッコウという二つの共同体が候補に挙がったんだけど─」こめかみを小突く動作は、どうやら『彼!』の考える時の癖らしい。「カイシャにはジョウシっていう強権的な族長がいるらしいから、調査には不向きと判断したんだよね」
僕は
「女子いないよ」
「えっ」
「ここ男子校だから、女子はいないんだよ」
「一人も?」
「うん、先生以外は」
ハナムリトの眉間に溝が走ったかと思うと、額からにわかに汗が浮き出し始める。
「どういうこと? でも、ガッコウは若いオスとメスが長い時間拘束される場所でしょ?」
「基本的にはそうなんだけど……何度も言うけど男子校だから。ここ」
「ダンシコウ!? なんだよそれ、イミがわからないよ!」
ハナムリトは開いた口をキッと引き結ぶと、ズンと地団駄を踏んだ。
そんなこと僕に言われてもどうしようもないが、なぜか彼に同情している自分もいる。
「待ってトキオ。でも生徒にいないだけで、先生にはいるってことだよね?」
「ああ、まあ」
「人類の生殖可能年齢は、えっと……」
「おいやめろ! 今一瞬具体的な人物が頭に浮かんで鳥肌立ったわ!」
実際、石川はマエセンのことを全然イケると言っていたが、なぜマエセン側が相手にする前提なのかは
僕はとにかく教師と生徒のツガイに関して「それだけはない」と念押しすると、まもなくハナムリトは頭を抱えてぐるぐると八の字に歩き始めた。
「うわああ、どうしよう……。もう転入手続きは完了しちゃったし、これ以上
僕は焦る自称宇宙人の肩に手を置き、ゆっくりと告げた。
「東海中学に女子が入学することは、絶対にないんだよ」
「宇宙人が入学できたのに……?」
僕が首を縦に振るのが早いか、膝から崩れ落ちたハナムリトは大粒の涙を落とし、わんわんと泣き始めた。泣きたいのはこっちの方だったが、放っておくこともできず結局、予鈴が鳴るまでずっと彼の背中を摩り続けた。
そんな調子で過ごした数日間。登校の度にハナムリトに付き
そして、現在──。
「なんだ、そんなことか。確かに今回の〈ゲスト〉は女子のような見た目だな」
銅製のマグカップに入ったアイスコーヒーを片手に加熱式タバコを吹かすお姉さんは、僕の長話を聞き終えるが早いかそう告げた。
僕は小倉トーストを口に運びつつ、眉を
そっちが話せっていうから話したのに。
するとお姉さんはコーヒーにガムシロップをドバドバ入れると、一口すすって電子タバコを被せた。それから白い煙をふぅと吐いて、申し訳なさそうに眉を下げた。
「悪かった。男子中学生にとっては切実な悩みだよな。ただ、〈ゲスト〉の扱いの方が多少……いや遥かに切実な問題なのでね」
お姉さんは胸ポケットから一枚の名刺を取り出すと、サッと僕の懐まで滑らせた。
「浅間機関。外から来た者たちを管理する組織。発祥は確か、平安時代とか奈良時代とかだったか」
「そこは割と適当なんですね」
「君は面接対策のために覚えた社歴を、入社後も覚えているのか?」
「知らないですよ、就活とかまだ先なんで」
僕はひとまず名刺を受け取ると、胸ポケットにしまった。
内海さんはことのあらましを話してくれた。浅間機関は宮内庁直下の秘密結社であること。〈ゲスト〉はおよそ十年前にもこの国を訪れていること。その際にも〈コネクター〉が対応したこと。その際の
「国家が直接関与すると最悪、政治問題になるからな。第一発見者が〈コネクター〉となり〈ゲスト〉との交渉をあくまで
頷きながら僕は思った。
めちゃくちゃ人柱じゃん。
「あの、それって……大人の事情ってヤツですか」
内海さんは加熱式タバコをデバイスから引き抜くと、ブリキの皿に放り、一つ大きく頷いた。「ああ。大人の事情ってヤツだ」そして間髪入れず二本目をセットすると、囁くように「私だってこれが最良だなんて思ってない」と
大人ってのはいつもこうだ。身勝手で、欠陥だらけで、そしていつも僕らにはわからない大きな問題に追われている。
しばしの沈黙ののち、内海さんが言った。
「少年。私は婚活中だ」
唐突な言葉に、僕はむせそうになった。
「え? な、なんですか」
「婚活だ。私は今年で二十六だ。さっさとこんなわけのわからない仕事から足を洗い、三十二歳のITベンチャー社長に
内海さんの口からまろび出るそれらの言葉は呪文のようだったけれど、俗っぽいということだけはわかった。そして僕はその事実に、深い安堵を覚えた。
「そのためには、私の仕事が増えては困る。この意味がわかるな?」
「問題を起こすなってことですか」
内海さんは一つ深く頷いた。
「私は子供は嫌いだが、利口な子供はその限りではない」
「でも、なんで僕なんですか。僕なんて何もできませんよ」
内海さんはニヤリと口角を上げると、僕の肩をポンポンと叩いた。力が強かった。
「別にそう多くを期待しちゃいないさ。ただ〈ゲスト〉を守ってやってほしいんだ。体と心の両方をな」
多くを期待しないと言うのなら、守るのはせめてどちらかにしてほしかった。
でも、これは
手がやたら湿っていると思ったら、無意識のうちに結露したカップを握り込んでいた。
そんな僕をじっと見据えると、内海さんはストローをコーヒーから引き抜き、湿ったプラスチックの筒でこちらを指して言った。
「辛気臭い顔をするなよ、少年。自分には何もできないと言い切れるほど、君はまだ自分のことを知らないだろう?」
じゃああなたは自分のことを十分に知っているんですか? とは、言い返さなかった。
僕も随分大人になったもんだ、と中一の頃を顧みてしみじみ思う。
それにムキになる理由がなかったというのもある。ハナムリトが宇宙人だとしてもそんなに危険なヤツには思えないし、そもそも宇宙人だってことも信じられない。
実害といえば彼にくっつかれるたびに周囲からの視線が痛いことぐらいだ。
このように僕は、
その日の体育はアリーナを使うとのことで、僕たちはガラス張りのやたら明るい渡り廊下を歩いていた。相変わらずハナムリトもくっついてきていたが、僕は八木くんと新作ゲームの話をしたかったので、割り込まれないよう会話のペースを意識的に上げていた。
アリーナでは
「ねえトキオ、何が始まるの?」
「何って体育だけど」
ハナムリトはキョロキョロと辺りを見回し、落ち着かなそうにしている。
「どうしたんだよ」
「べ、別に! なんなんなんなんなんでもないし!」
僕はあまり考えないようにした。ハナムリトの挙動不審なんてもう慣れたし、いつものことだ。それに守ると言ったって、今日はバドミントンだ。よほど無茶な動きをしない限り、バドミントンで怪我をすることの方が難しい。
「お前ら、始めんぞ」
吉沢の気だるげな声にチャイムが重なり、僕らは準備運動に入った。それが終わるとラケットを握る吉沢を体育座りで囲んで説明を受けた。ラケットやシャトルの性質、他の球技との違い等。吉沢のロジックベースの説明は、消化に良くて助かった。
やがて吉沢が言った。
「じゃあ、二人一組になって。まずはラリーからな」
隣で体育座りをしているハナムリトの肩がびくりと震える。
吉沢が手を打つが早いか、クラスメイトがハナムリトに群がった。先ほど教室で更衣した際も彼は、悲しいかな大勢のクラスメイトの視線を集めてしまっていた。彼の着用する水色のトランクスを見て鼻血を出したやつまでいた。だから気を引き締めてさえいれば、この事態は十分予測できたことだったのだ。
その一瞬。
クラスメイトたちの体の狭間から覗くハナムリトの表情が、深い混乱に吞まれるのを、僕の目は捉えた。
──大勢の人間に同時に喋りかけられると、かなり参っちゃうんだ。
脳裏に蘇るハナムリトの言葉。そういうことか、と思った。
だから内海さんは僕にわざわざ『心を』だなんて言ったのだ。
彼を助け出さなきゃいけない。でも……と、
と。そこまで考え、僕はグッと奥歯を嚙んだ。
噓をつけ。
本当にそれだけか?
心の底ではハナムリトに裏切られたと思っているんじゃないのか?
何不貞腐れてんだよ、キモすぎるだろ普通に……!
我ながら自分の情けなさに、恥ずかしくなる。ハナムリトに罪がないのは明らかだ。僕が勝手に期待して、勝手に裏切られただけ。
正直、大勢の人に囲まれることがどれほどのストレスなのかはわからない。でも僕は少なくとも彼からそういう話を聞いてしまっている。だから問題は、彼の感じる痛みの多寡じゃないのだ。
そしてもちろん
人の輪に分け入り、華奢な腕を摑み出すのと同時に、僕は言った。
「ハナムリトは僕と一緒にやります!」
今度こそ、矢面に立ってしまった。クラスメイトの視線が文字通りの矢だった。何なら吉沢もちょっと煽るような視線を送ってきている。「おい大脇!」石川が顔を赤くして叫ぶ。
「前から思ってたんだけど、お前だけ転校生を独占してずりーぞ! なんでお前が保護者ヅラなんだよ!」
なぜ……?
それを一番知りたいのは僕なのに。
石川は気さくだが、それと同じくらいヒエラルキー意識が強い。ただ、そこは彼も、マエセンに宇宙人と言わしめる東海生の一人だ。この学校のカーストは、腕力や学力などでは決まらない。〈コネクター〉であることは話してはならない。浅間機関のことも、僕が第一発見者であるということも。でもそれは、決して内海さんとの約束のためではない。ひとえに
オモロくないヤツに、砂漠の花を手にする資格はない。
オモロ番長である石川の厳しい瞳が僕を射る。
恐ろしかった。戦場に飛び込むことが。誰だよ鍋やろうって言い出したヤツ。肝据わりすぎだろ。バカやってるヤツをバカだって見下して、距離取って。でも本当は羨ましかっただけだ。とっくにわかっていたはずだろ? スベって全部失ってもいいという狂気と、高村に竹刀でぶん殴られる栄誉は、学校では、等価だ。
勇気を出せ。
大脇時央、お前は男子校の宇宙人なんだろ?
「僕がそいつにキスされたことがあるから」
震える声は案外、震えているとわからないものらしい。逆に堂に入ってしまった声はその場の全員の意識を攫った。
そして、不気味な静寂が訪れた。
誰もが反応に困っていた。僕が自慢なのか、自虐なのか、微妙なラインに球を投げてしまったからだ。ボケとしては三流もいいとこ。慣れないことをした末路だ。
沈黙の間、僕の心臓は間違いなく止まっていた。
「オイ! まさか抜け駆け……?」
その一言が差し込まれ、まるで油の海にマッチを落とすみたいに爆笑と怒号が飛び出した。テメェ大脇チキショー!爆発しろ! 羨ましいわクソ! 共感すべき感情の方向性が定まったことで、笑いは一気に燃え広がった。
荒い呼吸をなんとか鎮めながら、僕はその声の主へと視線をやった。
八木くんが、見るからに「貸しイチで」という感じの顔で、僕を見ていた。
(つづく)
人間六度
にんげん・ろくど●作家。1995年愛知県生まれ、東海中学校・高等学校卒。
2021年『スター・シェイカー』で第9回ハヤカワSFコンテスト《大賞》、同年『きみは雪を見ることができない』で第28回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》、26年『烙印の名はヒト』で第57回星雲賞《日本長編部門》を受賞。著書に『BAMBOO GIRL』『永遠のあなたと、死ぬ私の10の掟』『トンデモワンダーズ(上・下)』『オーバーライド』『推しはまだ生きているか』等多数。
あらすじ:東海中学校2年C組に所属する大脇時央はある夜、家出の最中に立ち寄った神社の老樹の枝に宙吊りになった「女の子」と出会う。トキオに助けを求めどうにか地上へ降りたった自称“宇宙人”の美少女は、唐突に彼の肩に嚙みついた。呆然としながらも去り行く彼女にトキオは再会を願い、快諾を得たが……。





