[連載]
⑤「兄弟」

二か月にわたり休載している間に、みちのく記念病院(青森県
法廷では、隠蔽の経緯だけでなく、兄弟の力関係や病院の意思決定の実態までもが浮かび上がった。それらは、本連載の五回目で書くつもりだった、病院とそれを経営する石山家の過去を読み解く鍵にもなる。だから予定を変更し、裁判で明らかになった事実を二回に分けてたどりたい。
あっさり認める
石山哲の初公判は、梅雨入りしたばかりの青森市内で六月二三日に開かれた。
その前夜、当人は青森地方裁判所にほど近いホテルのラウンジで、「先生」と呼ぶ七〇歳くらいの男性とテーブルで向かい合い、軽く酒を酌み交わしていた。翌日の法廷で、「先生」は弁護人であることがわかる。
その場に居合わせた人物によると、哲は紺色のジャケットに鼠色のスラックスという姿。身長は兄と同じく一七〇センチに届かないくらいで、ほっそりとしていた。
眼鏡をかけた顔は、暖色の照明のもとでも色白なのがわかった。もう何か月も日に当たっていないのではないか、と思えるほどである。そのせいか、黒々とした頭髪が印象的だった。しかも還暦を過ぎているとは思えないほど、毛量が多い。すっかり禿げている兄とは対照的なので、余計に目をひくのかもしれない。
近くのテーブルでは、関西弁でまくし立てる親子が騒がしくしている。哲は気にすることなく、サッカーのワールドカップやNISA(少額投資非課税制度)、ホテル周辺のラーメン店などに話題を振っては、「先生」との雑談を楽しんでいるふうだった。
それでもやはり翌日の公判が気になるのか、ときおりそちらに話題を向けた。とくに心配しているのは、マスコミの動きだった。
「記者たちが裁判所の廊下のところで待ち構えているらしいんです。気付かれずに入りたいんですが」
「マスクをしておこうかな」
そう心配する相手に、よく日に焼けた弁護人は「ふつうにしておくのがいい」と諭した。さらに起訴内容にも触れ、どういう意図なのか「きれいに負けるのが大事」と語った。
一時間半ほどして、二人はラウンジを出た。その間際にも哲は、マスコミに撮影されることを気にする言葉を漏らした。
「間違いございません」
翌日の法廷にジャストサイズの濃紺のスーツで現われた哲は、小さな声で、しかしきっぱりと裁判官にそう答えた。犯人隠避罪の起訴内容をあっさり認めたのである。弁護人が前夜に「きれいに負けるのが大事」と助言していたことを思い起こさせた。
みちのく記念病院では二〇二三年三月一二日深夜、精神科の入院患者が別の入院患者を殺害する事件が起きた。起訴状によれば、哲は兄の
哲が自らの罪そのものを争わなかったことで、公判の焦点は隠蔽が起きた経緯に移っていった。検察側は冒頭陳述で、哲が事件の隠蔽に積極的に関与したと主張した。その立証のため、法廷に証人として呼んだのは、すでに同じ罪で有罪が確定していた兄だった。
偽装方法の提案者
眼鏡をかけているのは弟と同じだが、猫背になった体つきはやや丸みを帯びている。大きめの鼠色のスーツをだぶつかせるように着込み、襟もとからは白い肉がだらしなくはみ出していた。
「兄弟仲は良かったと思います」
先に結審していた自らの裁判で、そう語っていた石山隆(六三)。今度は検察側の証人として、弟の前に立ったのである。
検察側は隆の証言によって、哲が事件の隠蔽に積極的に関与したことを示そうとした。そのために冒頭陳述で取り上げたのが、被害者の高橋
「ワイセ高いから肺炎でいけるんじゃない」
検察側によれば、この発言は高橋が亡くなった後、哲が隆の診察室を訪れ、血液検査の結果を確認した場面で交わされたという。
「ワイセ」とは、白血球を意味するドイツ語に由来し、医療現場で白血球数を指すのに使われている。白血球数が高いと、肺炎や敗血症の可能性が疑われる。つまり、哲は血液検査の結果に着目し、死因を肺炎と説明できるのではないかと隆に提案したことになる。
それが事実なら、哲は兄の決定に従っただけではない。高橋の白血球数の上昇を肺炎と結びつけ、死因を肺炎と偽装する方法を自ら示したことになる。
検察側は、この「筋書」を隆の証言で裏付けようとした。
検察官「誰から言われたんですか?」
隆「あ、あの、哲……先生から言われたと思います」
検察官「え、もう一度。なんて言われたんですか?」
隆「あ、あの、我々は白血球を〝ワイセ〟と言ったりしますけれど、ワイセが上がっているねって言われたと思います」
検察官「確認ですが、哲さんから肺炎という言葉は正確に出たんですか」
隆「はい、あったと思います」
検察官「あなたの記憶では、そういう言葉があった」
隆「はい」
隆は自身の裁判のときと同じように、つかえながら、小さな声で答弁を続けた。
哲はその間、上目遣いで兄を凝視していた。身体が硬直しているのか、ときどき力を抜くように肩を落とした。
すぐに揺らいだ「筋書」
「ワイセ」に関する証言は、検察側にとって、哲が自ら「肺炎」という死因を提案したことを示す重要な証拠になるはずだった。
ところが、弁護側は検察側の土俵には乗らなかった。まず問いただしたのは、病院内で兄弟のどちらがより強い権限を持っていたのかである。
弁護人「証人は医療法人
隆「……肩書きとしては、それはついてなかった……と思います」
弁護人「証人はみちのく記念病院の病院長でしたが、哲さんは、みちのく記念病
院の副院長という肩書きだったんですか?」
隆「正式には、そうではないと思います」
弁護人「証人が哲さんの上司という立場になるんですか?」
隆「……はい」
隆はすぐに身体をもじもじと動かしながら、答弁をするようになった。
弁護人は遠慮せずに尋問を続けた。まずは殺人に至る暴行事件が発覚した直後の対応についてだ。
被害者の高橋は加害者の佐々木から、歯ブラシで左まぶたの付近を何度も突き刺された。それは頭蓋骨の最深部にあたる
現場となった二階病棟の看護師から最初の連絡を受けたのは、佐々木と高橋の主治医である哲である。
哲は病院にいなかったため電話で看護師に、高橋を一階の内科病棟へ移すよう伝えた。午前零時二四分には一階の内科病棟の看護師に電話をかけ、高橋の状態を確認したうえで、点滴や止血剤などの投与を指示する。その七分後、内科医でもある隆に電話し、経過を報告した。
反対尋問で隆は、哲から、二階の療養病棟より一階の内科病棟の方が適切な治療ができると説明されたことを認めた。一階には点滴や降圧剤、止血剤、抗生剤などが備えられ、看護師の技術や経験も二階病棟より高かったという。
もっとも、一階病棟でできることにも限りがあった。問題は、高橋の傷がなお病院内で対応できる範囲だったのか、それとも他の病院へ緊急に搬送すべき状態だったのかである。
そこで弁護人は、高橋の傷は外科的な処置を要するものだったのではないかと隆にただした。そのうえで、哲から患者の状態や転棟について説明を受けた後、隆自身が外科に強い他の病院への搬送を指示したことがあったのかを確認した。
弁護人「哲さんからの説明を聞いて、証人自身が、一階の内科病棟に転棟するのではなく、他の病院へ搬送すべきだと哲さんに伝えたことがありますか」
隆「覚えてません」
弁護人「別の病院に搬送すべきだということを、証人からは伝えていないんじゃないですか」
隆「はい」
当時、隆もまた病院を不在にしており、自ら現場で対応することはなかった。
空白の三九分間
法廷では、兄弟のどちらが被告人なのか、もはやわからなくなりつつあった。
弁護側が次に追及したのは、高橋が亡くなった後の「空白の三九分間」である。
隆が看護師から高橋の死亡を知らされたのは、暴行事件翌日の午前八時三七分ごろだった。一方で哲が知らされたのはその三九分後で、隆からではなく看護師からだった。
弁護側がまず確認したのは、この三九分間に隆が何をしていたのかだった。その最初の論点となったのは、「大川先生」に死亡診断書を書いてもらおうと考えた時期である。
大川先生とは、医師の大川
ただ、大川は認知症を患い、事件当時は入院患者でもあった。この事件では、その大川名義で、高橋の死因を「肺炎」とする死亡診断書が偽造され、遺族へ交付されることになる。
隆の裁判では、大川は自ら文字を書くことができる状態ではなかったことも明らかになっている。高橋が亡くなった後には、看護師が筆記具を握り、その手の上に大川の手を添えて死亡診断書に文字を綴ったという。
そこで弁護側は、大川への依頼をいつ決めたのかを問いただした。
弁護人「これは哲さんと会話する前の時点で、大川先生に死亡診断書を書いてもらおうと考えた、という意味でいいんですか」
隆「はい」
隆は、哲と会う前から、大川に死亡診断書を作成してもらうつもりだったと認めた。そして、その時点では遺族への説明も、警察への届け出も考えていなかったという。
弁護人「証人が診察室で哲さんと会話する前の時点で、高橋さんの遺族に対しては、どんな説明をしようと考えていましたか」
隆「そこまで考えてませんでした」
弁護人「高橋さんが死亡した事実を警察に届けるか届けないかについては」
隆「それも考えてませんでした」
こうした証言は、哲の提案から隠蔽が始まったとする検察側の「筋書」に影響しかねなかった。そのまま受け止めれば、少なくとも大川医師に死亡診断書を作成してもらうことについては、哲と会う前から考えていたことになる。
検察官は反対尋問を受けた証言を確認するため、再び尋問した。
検察官「弁護人からの質問に対して、哲さんと話をする前の時点で、大川先生に死亡診断書を作成してもらうことを決めていた、という言い方をしましたね」
隆「……はい」
検察官「哲さんと話をする前に、確定的に決めていたんですか」
隆「大川先生に診てもらおうという気持ちだったんですけど……『決めていた』となりました。ちょっと混乱していました。すみません」
検察官「先ほどの主尋問では、哲さんと話をする前に、大川先生に死亡診断書を書いてもらうことを確定的に決めていたわけではない、と答えましたね」
隆「はい」
検察官「哲さんと話をする前の時点で、警察に届け出ず、病院内で処理することまで決めていたわけではないですね」
隆「はい」
検察側は態勢を立て直そうとしたのだ。
止まらないため息
ここで弁護側はついに、検察側の「筋書」の柱となる「ワイセ」発言に切り込んだ。
弁護人「哲さんが『白血球数が高いから肺炎にできる』という趣旨の発言をしたことを、明確には覚えていないのですね」
隆「はい。その線でいけるというふうに理解しました。どういう言葉だったかは忘れてしまいました」
検察側が最も頼りにしていた証言は、あろうことか証言者である隆自身によって揺らいでしまった。
すでにこのころ、隆の様子は誰の目にもおかしかった。
「はあっ、はあっ」
深く大きなため息が止まらず、その音が法廷内に響き渡っていた。
最後に裁判官による尋問が始まった。大川医師に死亡診断書を書いてもらうことや、遺族への虚偽説明を看護師に指示した際、その場に哲がいたのかを、裁判官は繰り返し尋ねた。しかし、隆はいずれについても「記憶にありません」と答えるだけで精一杯だった。
裁判官「もうこれで終わりますからね。ちょっと深呼吸してくださいね。大丈夫ですか」
隆「体調悪いので。
「今日はここまで」
裁判官がそう告げると、隆はすぐさま証言台を離れた。退廷する際、法廷に向かって二度礼をしたが、目はずっと下に向けたままで表情は読み取れなかった。
被告人席の哲は、そんな兄の様子を上目遣いに、じっと見つめ続けていた。どこか不安そうな表情をしていた。
二人が視線を合わせることは、最後まで一度たりともなかった。
表紙写真●筆者提供
窪田新之助
くぼた・しんのすけ●ノンフィクション作家。
2004年JAグループの日本農業新聞に入社。国内外で農政や農業生産の現場を取材し、2012年よりフリーに。著書に『データ農業が日本を救う』『農協の闇』、共著に『誰が農業を殺すのか』『人口減少時代の農業と食』など。『対馬の海に沈む』で第22回開高健ノンフィクション賞を受賞した。





