[連載]
[第5回] レイクタウンとアイム ヒア(後編)

日曜日の午後、Mと二人でレイクタウンの中にあるしゃぶしゃぶ、すき焼き食べ放題「鍋専門店
しゃぶしゃぶ食べ放題は肉のランクによって松竹梅のようにコースが分かれる。どのコースでも野菜やカレーなどのサイドメニューは付いてくるが、上のコースに行くほどいいお肉が選べる。私たちは「せっかくだし」と一番上のコースを頼んだ。食べ放題だから、向こうが透けて見えるくらい薄い肉が来るだろうと思っていたけれど、やってきた肉はちょうどよい厚みで、つゆにさっと通すと色が変わり、柔らかくて美味しかった。正直なところ、こんなにちゃんとしたお肉を食べられると期待していなかったので、余計に嬉しくておしゃべりもそこそこに肉をどんどん吸い込んだ。
隣のテーブルにロボットが来る度に、作動BGMとして
高校生のときに学校で上映された『アイム ヒア 僕はここにいる』という発達障害をテーマにした映像のことを思い出したんだよね、とMに話したら、彼女はそのことをよく覚えているという。
Mから見れば、高校時代の私は「毎日ちっちゃいボートで海に出て、すぐ転覆して、ひっくり返った船の中から『出られない、出られない』って溺れてるみたいだった」という。漕ぎ出しては転覆し「うまくいかない」と悔し泣きし、「次こそは」と、オールや漕ぎ方をかえ、またアクロバティックに転覆して泣きついてくる高校生の私を想像し、それに付き合ってくれていたMの細い肩、でかい薄ピンクのシュシュ、ちょっとゆとりを持たせてスカートにインされたワイシャツの裾を思い出した。
「こんな人間でごめんとか、私のせいでごめんとか、なにかにつけて『ごめんね』って謝ってた。口癖がマジで、『私・ごめん』だったよ」
しかも、『アイム ヒア』上映直後に、私がMに向かって「ねえこれ、私だよね?」と目を真っ直ぐに見て聞いてきたので、彼女はずっとそのことを忘れられなかったそうだ。
そんなこと、今日聞くまで思いもよらなかったし、問いかけた本人である私は、そのことをすっかり忘れていた。鍋の中の肉はすっかり火が通り、期間限定らしいトマトすき焼きつゆの表面には赤い
「そう聞かれて、蓮華にどんな言葉をかけたら納得するのか分からなかった。いつもすごい悩んでたから『たしかに』と肯定していいのか、否定したほうがいいのか迷って」そして、Mは「え、そう?」と答えたそうだ。
鍋の火加減を弱めつつ、私はまたちょっと泣きそうだなと思った。Mもほんのちょっとだけ、目がつやっと輝いているような気がした。しかしここで私が泣いてしまってはさすがにダサい。気合を入れて「なにそれ、私めっちゃ面倒じゃん」と笑った。関西出身ではないのに、こういうときは「めっちゃ」と使ってしまう。内心、笑い飛ばすというのは、これで合っているかなあと思いながら、こういうときは一旦笑っておいた方が、なんかいいんだよなというのは、経験で知った。たぶん、Mもちょっと力を込めて、泣かないようにしてくれているから真顔なんだろう。店内には、いつの間にかお客さんが増えていて、背中の後ろを配膳ロボットがせかせかと行き来し、「Summer」の一番いいところだけを聴かせてくれる。
いまの私は、ラジオパーソナリティをしている。平日の午後、週4日ラジオ局に通い、日替わりのパートナーさんとおしゃべりしたり、ゲストを迎えたり、番組の進行をしたりするのが主な仕事だ。
そもそも朝起きて時間通りに同じ場所に通うなんて、私には一生無理だと思っていた。子どもの頃から、周りの大人に「蓮華には、普通に通う仕事は無理だろう」と言われてきた。でも、この3年半たいした遅刻もせず、ちゃんと通えている。まるで普通の人のように。
ラジオで話すにあたっては「私はコミュニケーションの苦手なASD者だ」という自己イメージに寄りかかるだけではとても太刀打ちできない。なんというか、自分にはどうにもできない弱点があることを知っていても、それを知った上で、人生単位の気合を引っ張り出して立ち向かう必要がある。
この番組を立ち上げ、私にパーソナリティをやらせてみようと言ってくれたプロデューサーのインタビューには、私から出てくる数々の言動や、突拍子もない危うさみたいな部分が印象的だったとあった。アナウンサーでもなく、話が上手い訳でもなく、番組中もどうすればいいのだろうと思うことばかりではあるが、そもそもがいわば危うさ採用なのだ。
かつての私は、元気そうな人に、こちらも元気で明るい若い女として、メディアのマイクを向け続けることにしこりを抱えていた。しかし、いまマイクの前に毎日座っているのはそのままの私で、しかも基本的には明るく元気でいる。一見してあまり変わらないかも知れないが、これらの明るさ、元気さは違う根から生えている。
これまでは、まず他人にとって無難であることが仕事の基本だと思っていた。自分がどう感じるかは、あるべき正解や台本より何段か下にあると、かたくなに思い込んでいた。
しかし、ラジオでは「自分が思ってないことを言うな」「自分が感じたことを話せ」「誰かの言葉、普通そうな方に逃げるな」と言われる。これまで自分自身にステレオタイプの「若い女」というパッケージを被せていた私が、である。
ラジオをはじめてしばらくした頃、スポーツの試合についてコメントを求められ「わー、ワクワクしますね」となんの気なしに言って、放送後にスタッフから「本当にそう思ってないことは、言わなくていいんですよ」と釘を刺された。
話をあるべき一般論に丸く収めるのではなく、他の誰でもなく、自分自身が思ったことを率直に言葉にするのを求められる。本当に面白いと思ったときに笑い、分からなければ分からないと言っていい。自分の言葉を持つ、それを口にするということは、これまで身につけてきた「人からどう思われるか」のリミッターを外して、癖になっている様子うかがいをやめ、あなた自身のままで考え、話してほしいというオーダーに
番組が始まってからも、なぜ私がここでこんな仕事をやらせてもらっているのだろうと及び腰でいた。そんなときにスタッフから「私たちは、番組という
そう言われても、正直ピンと来なかった。しかし、毎日ラジオ局に通ううちに、ゆっくりとではあるが、それはチームが作るこの番組と、そこに関わる人たちを信頼し、なにより自分そのものに自信を持ってマイクの前に居てほしいという意味でもあるのではないかと思った。
ラジオでは毎日、人と会う。放送作家やディレクター、AD、ミキサーなどのスタッフたち。曜日ごとのパートナーもそれぞれの職業があり、ゲストで招くのも、芸人、アイドル、音楽家、俳優、学者、作家、などなど。肩書きやジャンルがあっても、生身の人間と話してみれば、
年齢も属性もさまざまな人が寄り合って、一つの場所を作るというのは、まさに大きなモールと同じなのではないだろうか。時々の流行はあっても、あるスタイルのみを正解にするものではない。モールは街の中に作られたもう一つの箱庭的な空間であり、ある種の公共空間でもあると思う。店員と客、ラジオパーソナリティとリスナーは各々の役割を持ち、それぞれが協力し、おしゃれな言い方でいえば共犯関係になることでその場が生き生きと動いていく。モールの中では、多様なバックグラウンドを持つ人が行き交う。出入り口のある箱でありながら、安心して過ごせるユートピアのようだとも思う。学校の教室のように、同じメンバーで一年間閉じ込められる仕組みにはなっていないため、互いがある一定の、他人としてのラインを保ったままで親切に関わり合えるのではないか。学生だった頃から、私にできないことは今も同じだけあるのに、場所の設計次第で、それは困りごとになったりならなかったりする。
「あと自転車。蓮華は毎日、昨日補助輪を外したばっかりみたいな感じで転びまくってた」
Mによれば、私は自転車を漕ぎながら、雲を見て、鳥を見て、あの道が気になる、あそこに行きたい、これを撮りたいと目に映る全てに目移りし、自転車で転びまくっていたらしい。言われてみれば、あらゆる草むらに自転車で突っ込んでいた覚えがある。
彼女は「いいよ」と言って、寄り道に付き合ってくれる。そして私は転ぶ。ごめん、と言って漕ぎ出し、やおら写真を撮り、すぐまた転び、謝る。
Mとは何度か喧嘩していた。高校から東浦和駅に帰る農道の分かれ道で自転車に
「蓮華は、私が気にしなくて良いって言っても全く聞かなかった。いつも謝ってて、私で良いのかなとか無限に確認してくるからキレたんだよ。私はお前が良いって言ってんだろ! 何回言えばいいんだ! その話何回も聞いたし、何回も大丈夫って言っただろ! って」
彼女が何に怒っていたのか、当時の私にはまるで分かっていなかった。私が「一緒にいたい」と言われた事実を、何度渡しても受け取らないことに怒っていたのだ。
人の話は、自分がどこをどう受け取るかで意味が全く変わってくる。私はずっとずっと、欲しかった言葉をもらっていた。なのにそれを受け取らないから、何度も同じように転覆していたのだ。
Mは、私がパーソナリティを務める「こねくと」を聴いてくれているという。家事をしながら、後から聴けるタイムフリーで流し、仕事へ行くとき、帰るときにも聴くのだそうだ。特に好きなのは「お怒りシンジ」というコーナーらしい。エヴァンゲリオンシリーズの主人公、
以前そこで、つるかめ算でチョコレートを複雑に分配する問題に対して「チョコレートなんか一人一個でいいだろ」と怒った。Mは、自分も就職活動の適性検査「SPI」の問題で全く同じことに怒ったことがあると言って笑った。
「ウケようと思って言ってるんじゃなくて、ただ率直にキレてるのがいい」と言う。よく分からないときはこいつ何言ってんだよと思いながら、でも気負わず聴けるのだそうだ。「高校のときと比べて、いまは自分でこれでいいって決めて、それを受け入れてやってるように見える」と、Mは言った。
ラストオーダーの前には、二人ともお
高校の入学願書を出しに行った日、Mは校舎の前で、まだ名前も知らない女の子を見て「絶対に友達になる」と決めたのだそうだ。すごく興奮し、母親に、名前も知らないけれど絶対に友達になりたい子がいると宣言したという。
入学して、私たちは同じクラスになった。彼女はそこで初めて私の名前を知り、家に帰って「あの子、石山蓮華ちゃんて言うんだって」と母親に報告した。とんかつ屋で、私が「友達になってくれますか?」と、おそるおそる
私はあのとき、誰が友達なのか、私は誰と口を利いてもらえるのか、全般に確信が持てなかった。言葉で指差し確認をしないと、なにひとつ信じられなかった。
Mによれば、あのとき私は「友達になって、また一緒に遊んでくれますか?」と聞いたらしい。彼女は、この子が今日一日楽しかったこと、また遊びたいと思ったのを、はっきりした言葉で受け取れたのが嬉しかったという。
高校生の頃、真冬に正座しながら勉強をしたMのあの真面目な、実際には見たことのない背中を想像した。彼女の脚がぴったりと折りたたまれ、つま先は冷えている。生きたいように生きるためには誰だってあんなふうに、あんなふうでなくとも、一生のうちに努力を引き受ける日があるのだろう。そして私にとって、それは今なのだ。
イラストレーション●近藤聡乃
石山蓮華
いしやま・れんげ●電線愛好家、文筆家、俳優。
TBS ラジオ「こねくと」でメインパーソナリティを務める。電線愛好家として「タモリ倶楽部」などのメディアに出演するほか、日本電線工業会公認「電線アンバサダー」としても活動。著書に『犬もどき読書日記』(晶文社)、『電線の恋人』(平凡社)がある。過去の出演作は映画『思い出のマーニー』(スタジオジブリ)、ドラマ『日常の絶景』(テレビ東京)など。




