[今月のエッセイ]
「最終兵器」としての語学本
語学について本を書いてほしい──。
そんな依頼(要望)を多くの読者や編集者の方々から寄せられていたのだが、私の腰はずぶ濡れのジーンズをはいているかのように重かった。
理由はいくつもある。まず私の語学(外国語学習)は独特だ。「コンゴに謎の怪獣を探しに行くためにフランス語を電車内で出会ったフランス人に学ぶ」というように、目的も方法も特殊すぎる。まるで一般の読者の役に立ちそうにない。
それから私はこれまで三十数年間にわたり、二十五以上の言語(外国語)を学んで実際に使ってきた。あまりに膨大な量でどこから何に手をつけていいかもわからない。一つ一つ思い出すのも容易ではない。
さらに外国語について書く難しさ。英語ぐらいなら例文を見せることができるけれど、それ以外の言語は日本の一般読者に馴染みが薄すぎて例文をあげても読むこともできないし、文法や発音にいたっては全く理解してもらえないだろう。
時間がないのもネックだ。私は常に海外の辺境地での取材(旅)に出かけ、それが終わるとその体験を原稿に書く。そのサイクルですでに手一杯なのに、講演会やらトークイベントやらインタビュー取材やらに呼ばれることが多く、過去の語学遍歴を振り返る余裕がない。というか、そんな暇があるなら新しい言語を学びたいと思ってしまう。
そして──人にはあまり言わなかったけれど──意外といちばん大きいかもしれない理由は「語学本は最終兵器」という思いである。私は語学の天才でも達人でもないけれど、語学に対する情熱は並外れているし、自分ほど数多くの言語に挑戦し、泥にまみれて苦しみながら語学や言語について考えてきた人間はそうそういないはず。そしてそれは書き方さえ工夫すれば絶対に面白い本になるという確信があった。つまり最後の切り札であり、逆に言えば、そう簡単に使えない。ほら、よくあるだろう、外貨とか石油備蓄とかへそくりとか何でもいいけど、「いざというときのためにとっておこう」と思えば思うほど使いにくくなるものが。
こんなふうに温存を続けると機を逸してしまうことが多いのだが、予想もできないことが勃発した。まさかのコロナ禍だ。海外への取材や旅は一切できなくなった。講演会やイベントの類いもすべて消えた。取材(旅)に行けないから書くべき原稿もないし、新たに学ぶべき言語もない。収入は途絶え、時間だけは有り余っている。
そんな危機的な状況で気づいたのだ。「今こそ最終兵器を使うときだ」と。前々から語学本の執筆をリクエストしてくれていた編集のKさんと相談し、本書の執筆を始めた。私はいつも本を書くときはかなり構成案を練って計画的に書くのに、今回はまるっきりの手探りだった。
始めてみると案の定、ひじょうに難しかった。特に自分の特殊すぎる語学についてどうやって書いたらいいものか悩みに悩んだが、最終的には「若い頃の話から一つずつ順番に書いていく」というオーソドックスなスタイルをとるしかないと悟った。多くの人と同様に、私も生まれつき語学が好きでも得意でもなく、「英語やいろんな言葉がペラペラになれたらいいなあ」とぼんやり憧れていただけだ。それが最初の海外旅行でインドに行き、身ぐるみ剝がされたところから英語が上達し、さらにコンゴへ謎の怪獣を探しに行くためにフランス語や現地の共通語であるリンガラ語を学んで使うことにより自分の中で「語学ビッグバン」が起きた……というふうに書いていけば、読者にとってもいちばん共感しやすいのではないか。
各外国語の例文をあげる代わりにそれぞれの言語を使う場でのエピソードを紹介するというアイデアも思いついた。ネイティブの英語がわからなかったために世界的な有名人に会っていたのにそれに気づかなかったとか、リンガラ語を片言話しただけでコンゴで人気者になってしまったとか、東南アジアの麻薬王のアジトでミャンマー語を習うことになったとか、驚いたり笑えたりする語学エピソードはいくらでもある。
学習法も一つ一つ振り返ると本当にいろいろ試していて我ながら感心した。個人レッスンを丸ごと録音してそれをテープ起こしするとか、辞書もテキストもない言語は自分で文法や発音の法則を見出してテキストを作ってしまうとか、文法の不明な言語は数学の連立方程式や関数のように例文比較をくり返して解き明かしていくとか。
書いていくうちに意外にも自分が本当に書きたかったことが見えてきた。私はいろいろな言語を学んだり使ったりするのはもちろん好きであるけれど、もっと好きなのは「人間の言語(ことば)とは何か」を探求することなのだ。
苦しみながらも熱中して書く日々。それは何かに似ていると思えば、新しい言語を学んでいくときと同じ苦しみと充実感だった。
かくして「最終兵器」は完成した。我ながら恐ろしいほどの破壊力だが、最終兵器のわりにはひじょうに読みやすいので、ぜひともお気軽に手に取っていただきたい。めくるめく語学の世界が待っている。
高野秀行
たかの・ひでゆき●ノンフィクション作家。1966年東京都生まれ。
早稲田大学探検部在籍時に書いた『幻獣ムベンベを追え』をきっかけに文筆活動を開始。著書に『ワセダ三畳青春記』(酒飲み書店員大賞)『謎の独立国家ソマリランド』(講談社ノンフィクション賞、梅棹忠夫賞・山と探検文学賞)『イラク水滸伝』(Bunkamuraドゥマゴ文学賞)等多数。





