[本を読む]
好意を持つという行為
ここには二つの中編小説が収められている。どちらにも、好意を持つという行為、およびその行為の推移が描かれている。とてもセンシュアル。共通の言語を持たない二人の人間の、主に肉体を使ってのコミュニケーションや、海藻と魚の「間に水を挟まない接触」への渇望、小さな山と大きな山とのあいだの交情─。井戸川射子が恋情や愛着、性愛や疑念や嫉妬や諦念を書くとこうなるのか、と、そのスケールの大きさにも、登場人物(人間以外も含め)の肉体性のビビッドさにも驚く。無謀なまでに感情が言語化され、その言語化がユーモアを生んでいるところにも。「こちらも地下茎で繫がっているので、どこまでが自分かと問われても困るが」とか、「自分は何度も抱き上げられたが、それが相手の筋力トレーニングに使われていただけのような、そういう違和感も残る」とか。
心は移ろうものだから、どんな恋情も時々刻々と色を変える。だからこの一冊は恋愛にまつわる
「愛情を使い果たすっていうのは損するのかな」という初々しい問いや、「好意はとても燃えやすい衣服のように危険だ」という端的な事実、「会話は自分の注ぎ口ある器から、相手の口の広い器に水を移し替える時のように、慎重にやればこぼすことなく残らず何でも伝えられるだろう」という身につまされる錯覚、といった普遍が、この本には地下水脈のように豊かに瑞々しく張り巡らされている。
江國香織
えくに・かおり●作家





