[特集インタビュー]
こうあるべきという枠に収まらない、
さまざまな友情を描きたかった
死者の姿が見える赤い瞳の憑きもの落とし・
聞き手・構成=朝宮運河/撮影=山口真由子

京都取材で出合った、シリーズ完結編の舞台
──まずは単刀直入にうかがいますが、「浮雲心霊奇譚」シリーズはこの『鵼の咆哮』で完結なのでしょうか。
これで一区切りですね。今回、浮雲たちが京都に到着して、過去のさまざまな因縁にもひとつの決着がつく。その先を書くこともできるんですが、ここでシリーズを終わらせるのがいいだろうと前作の時点で思っていました。
──自らの過去と向きあうため、江戸を旅立って京都を目指していた浮雲とその仲間たち。シリーズ最終巻の舞台が京都になることは、あらかじめ決まっていたんですね。
はい。ただどういう展開にするかは決めていなくて、とりあえず現地に行ってみましょうと一年半前の冬、担当編集さんと京都取材に出かけました。舞台にふさわしい場所を探してひたすら歩き回って、午前中だけで二万歩も移動したんですけど(笑)、
──これまで行く先々で、妖怪や幽霊にまつわる事件を解決してきた浮雲ら一行。『鵼の咆哮』第一話の「赤狸」では京都からほど近い山の中で、地主の家から赤ん坊が
家を絶やさないように跡取りを生ませるとか、次男より長男を大事にするとか、そういう意識は現代でもまだ残っていますよね。田舎の方では特に。僕の地元の山梨には、
──事件解決のために奔走するのが、途中から旅の仲間に加わった遼太郎です。彼のまっすぐな気性が、重苦しくなりがちな物語を明るいものにしていますね。
時代小説って今の時代といかにコネクトするかが大事じゃないですか。時代考証ももちろん大切なんですが、昔の価値観を現代に繫げる何らかの仕掛けが必要なんです。このシリーズだとファーストシーズンの
──初登場時は頼りなかった遼太郎も、浮雲たちと旅を続けるなかで成長していきます。「赤狸」では「遼太郎にとって浮雲は、単なる旅の道連れではない。友だ──」と考えるシーンがあって、とても印象的でした。
『鵼の咆哮』では友情のいろんな形を描きたいという思いがありました。先日、作家仲間と話していて話題に上ったんですが、男性って関係性に名前をつけたがるんですよね。恋人だとか友達だとか。名前をつけて、決まった枠に当てはめようとする傾向がある。でも友達といっても関わり方は一つじゃないよね、ということを最近考えていて。浮雲と遼太郎は似たような宿命を背負わされた友だし、浮雲と土方歳三は古くからお互いをよく知る友。分かり合えない部分が出てきても、そこは変わらない。宿敵である
──遼太郎の正体は徳川慶喜。「赤狸」の事件を通して彼は、人が自由に生きられる社会を作る、という使命を悟ることになります。
実際、彼の働きによって江戸時代が終わり、新しい時代が訪れたわけですから。作中ではそこまで書きませんでしたが、大政奉還などの動きも含めて、その後の遼太郎の生き方を想像してもらえればと思います。
衝動のままに生きる、土方歳三の危うさ
──第二話「画虎」は浮雲が子供時代を過ごした寺・
浮雲たちがひとつの事件を解決している裏側で、土方メインの事件が並行して起こるという構成は、京都取材の段階で浮かんでいました。やっぱり持国堂のモデルになった毘沙門堂にかなり助けられた部分があって、ここなら何が起こっても不思議じゃないという気がしたんです。それで隠し部屋を作ったり、作中の時間軸をずらしたり、ミステリー的なお遊びをたくさん試すことができました。結構複雑な話なんですけど、まったく悩まずに書けた気がします。
──今回は現地取材がかなり役に立ったんですね。
大きかったですね。頭の中にイメージができあがっているので、そこからさらに深く一歩踏み込めた気がします。時代ものは資料を読み込んで、空気感を摑み取るところから始めるんですが、今回はその必要がありませんでした。
──
理屈ではどうにもならない感情、自分では抑えきれない衝動のようなものが、今回ひとつのテーマになっています。「画虎」は特にそうですね。ある登場人物は僧侶に抱かれるのはいかがなものかと思いながらも、その関係に溺れてしまう。良い悪いではなく、そういう感情を抱いてしまうのも人間の姿だと思います。ちなみに日本では伝統的に男色文化があって、武家や僧侶の世界では男性同士が愛し合うのも珍しくはなかったんですよ。
──抑えられないといえば、「人を殺す理由がないのに、殺したいという願望を持つ」土方もそうですね。今回、彼の殺人衝動がかなりクローズアップされています。
僕としてはそこが「画虎」で一番書きたかった部分です。これまで理性でコントロールしていた部分が抑えきれなくなって〝歪み〟に足を踏み入れていく。
──一方の浮雲は、何があっても人の命は奪いません。浮雲のこのポリシーは何に由来するのですか。
過去に辛い目に遭ったというのもありますが、一番は幽霊が見えてしまうからです。普通だったら憎い相手は殺せば目の前からいなくなる。でも浮雲の場合、幽霊となった姿を見続けることになります。命に対する概念が、一般人とは異なっているんですよ。死者の魂が見えるというのは「心霊探偵八雲」シリーズの八雲も同じなんですが、彼が人の命を奪うような機会に遭遇することはほとんどない。でも浮雲の生きている江戸時代は、刀で斬り合いになることも多い。そんな中、相手を殺さないという立場を貫くことは、並大抵のことではないんですが、そこは最後まで貫き通したいと思っていました。
許容できない部分がありながら、
それでも友でいられるか
──第三話「邪蛇」と最終話の「猿」では、朝廷に
僕が三話目、四話目を通して書きたかったのは、土方の本性を知った浮雲が、その事実をどう消化するのかという部分です。他人の命を
──土方はシリーズの最後まで、殺人衝動をなくすことがない。史実に基づいているからかもしれませんが、こういうキャラクターは神永作品では珍しい気がします。
そうですよね。先日ある地下アイドルとコラボするという仕事があったんですが、その時に「神永さんの作品はすべてのキャラクターに芯が通っている。だから友達にはなれない」と言われたんです。こんなにまっすぐ生きられると、近くにいて苦しくなるって。その言葉がすごく衝撃でした。確かに世の中にはまっすぐ生きたくても生きられない人もいるし、間違っていると分かっていても、そこから抜け出せない人もいる。それもそうだよなという学びがあって、土方のキャラクターは歪んだままにしたんです。これまでだったら最後は改心して、浮雲と和解するという書き方をしていたかもしれません。若い作家やクリエイターと話すことは、新しい価値観に触れるきっかけになるので、僕にとってとても大切です。
──この巻ではこれまで語られてこなかった、浮雲と狩野遊山の因縁についても初めて触れられています。
子供時代を一緒に過ごした大切な友ではあるんだけど、ある事件をきっかけに
──シリーズ開始当初は、自らの運命から逃げていた浮雲ですが、本書のクライマックスではついに「いくら逃げたところで、別の人間になれるわけではない。どんなに理不尽であったとしても、人は与えられた生を生きなければならない」と思うようになります。
これもシリーズを通しての大きなテーマでしたね。今は多様性が叫ばれている時代で、みんな平等に生きられると言われていますが、やっぱり生まれついての特性や才能ってあるんですよ。本当の意味での平等というのは、その差を認めたうえで、それぞれがどう個性を発揮していくかであって、家庭環境や体格、ルックス、才能などに差があるのは当たり前なんです。浮雲は自分が高貴な生まれであることを拒否して生きてきたわけですが、遼太郎や土方と旅したことで、宿命と向きあうことができた。
──朝廷方、幕府方入り乱れての激しいアクションの果てに、静かな余韻のあるラストシーンが訪れます。浮雲や遼太郎、土方、遊山がその後どんな人生を送ったのか、思わず想像してしまいます。
シリーズが終わった後に、スピンオフを想像したくなるような物語が好きなんですよね。浮雲と八十八を再会させるまで書こうとも考えたのですが、そこは読者に委ねることにしました。京都に着いた浮雲がどんな生き方をし、それが幕末から明治にかけての歴史にどう影響を与えたのか、それもブラックボックスにしておいた方が、余韻が深いものになるんじゃないかと考えました。
作家をしている限り、
学ぶことに終わりはありません
──シリーズ開始は二〇一四年でした。十二年続いたシリーズが完結した今、どんなお気持ちですか。
確かデビュー十周年のタイミングで始めたんですよね。幸運だったのは歴代の担当編集さんに、温かく最後まで見守ってもらえたこと。途中で何度か担当が交代したんですが、皆さん熱心に向きあってくれて、「小説すばる」での連載も続けられた。ありがたいことだと思っています。
──このシリーズを執筆するために、天然理心流の道場に入門し、剣術を学ばれたんですよね。
今思い返しても楽しかったですね。剣術は資料が残っていない部分もあって、体感してみないと実際のところは分からない。おかげで時代小説を読んでいても、作者が剣術を学んでいるかどうかが、何となく分かるようになりました(笑)。この経験を生かして、またいつかアクション主体の時代小説を書いてみたいですね。以前のインタビューでも話しましたが、時代小説は現代ミステリーと違って科学捜査がないので、人の言動にスポットを当てられるし、よりダイナミックな物語を生み出すことができる。そこは「浮雲心霊奇譚」を書いていて楽しい部分でしたし、やれることはやり切ったという思いもあります。
──過去のインタビューではもっと努力しなければ、上を目指さなければ、という言葉も聞かれましたが、近年はのびのびと創作に打ち込んでいらっしゃるように感じられます。
自分をぎりぎりまで追い込む時期は、必要だったとも思うんですよ。作家を長く続けていると、誰だって壁にぶつかるし、懸命にあがかないと壁を乗り越えられない。それを乗り越えた今では、自分の経験を若い人に伝えることも大事かなと思っています。
──TikTokにブックレビュー動画をアップしたり、若い作家たちとフットサルで交流したり、出版業界を盛り上げるような活動もなさっていますね。
読んで面白かった本をSNSで紹介しているだけなんですけど、人の本を誉め倒していたら、人間関係の輪がどんどん広がって(笑)。誉めるってすごい力があるなと思いました。「浮雲心霊奇譚」じゃないですけど、出版業界にいる人にもそれぞれ役割があって、僕は人と人と繫ぐことができる立場にいると思うんです。だから若い作家にもがんがん絡みに行きますし、今は書評系のインフルエンサーと作家を繫げようともしています。出版業界のためというのもあるけど、何より自分が楽しいですし、創作のモチベーション維持にも繫がるんですよ。僕はデビュー一年目の新人であっても、リスペクトをもって接しますし、作品も真剣に読みます。新しい表現に触れることで、自分の作品に足りない部分を知ることができるし、考え方もアップデートできる。作家をしている限り学ぶべきことが次々に出てきて、シリーズは終わっても、この仕事は一生終わらないなって思っています(笑)。

神永 学
かみなが・まなぶ●1974年山梨県生まれ。
日本映画学校(現日本映画大学)卒。2004年『心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている』でプロ作家デビュー。「心霊探偵八雲」「心霊探偵八雲 INITIAL FILE」の他に「天命探偵」「怪盗探偵山猫」「確率捜査官 御子柴岳人」「悪魔と呼ばれた男」「殺生伝」「革命のリベリオン」などのシリーズ作品、その他『イノセントブルー 記憶の旅人』『マガツキ』などの著書がある。





