[本を読む]
苦難を受ける者たちの「生」の証
ロヒンギャと聞き、わかる人がどれほどいるだろうか。ミャンマー西部ラカイン州に居住していたイスラム系少数民族。2017年8月に国軍などの武力弾圧を受け、以降、累計約100万人が隣国バングラデシュへ逃れて現在も苛酷な難民生活を強いられている。帰還もかなわず、国際社会から忘れられかけた存在。本作は、彼らを窮地に追い込んだ歴史的危機「0825」と、今なお続く苦境、抱える困難を描いたフィクションである。
主な登場人物はある難民の女とその家族、ロヒンギャの武装勢力「アルサ」の男と、彼と親友だった別の少数民族の男。刻々と変わる彼らの生活と内情が丹念に綴られ、大きな物語を成してゆく。
2017年8月25日。熱帯雨季の清浄な祈りの朝は暴力に破られた。アルサが起こした武力攻撃が契機となり、この日、ロヒンギャの村々はミャンマー軍兵士らに壊滅的に破壊される。銃で容赦なく撃たれる男たち。凌辱される女たち。焼かれる家々。「理不尽な暴力」=「大虐殺」によって多くの命が奪われたのだ。
難民キャンプへ辿り着いても、心身に傷を抱えて人々は虚無に生きる。そこで生じる葛藤や苦しみが、個々に寄り添う形で切々と描かれる。「希望」や「救い」は容易に出てこない。それでも家族や仲間への愛と祈りを抱く者たちの描写に引き込まれ、「0825」に殺され続けることの苦難と悲しみを私たちは少しずつ知るのだ。
作者はこれまで、紛争や難民のルポを書いてきた。初小説となる本作にも実際に起きた事件や実在の人物・組織への言及があるが、「それらを事実として主張する意図」はないと冒頭に記す。残虐さや苛酷な実情を伝えるルポとは違う表現が届けるものがある。物語化された意義は大きい。
私たちはロヒンギャを知る。信仰や民族などの違いが生むものを知る。読むうちに、様々な問いが立ち上がる。大義、正義、償い、
「暴力」の「対立」ではなく、「言葉」の「対話」を願う思い。
この物語は、「あの日の記憶に殺され続ける」者たちの息や体温を伝える「生」の証でもある。
八木寧子
やぎ・やすこ●文芸批評家





