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新連載/本文を読む

吉田悠軌「お母さんの怖い話~妊娠・出産・子育てをめぐる怪談」
②彼女たちの受胎告知

[新連載]

②彼女たちの受胎告知

 私の仕事は怪談を聞き、語りなおすことだ。人々の不思議な体験談を取材し再話する「実話怪談」の活動を、もう二十年以上も続けている。ただ私は男性で、自らの身体をもって妊娠や出産を経験していない。女性ほど直接の当事者として、それらを「しない」選択や「できない」悩みに曝されたこともない。たとえ専門分野の怪談であろうと、妊娠・出産にまつわる女性たちの体験談を、男の私が扱ってよいのだろうか。違和感を覚える人は一定数いるはずだし、それはまったく妥当な感想だ。なのでこの連載では、私と「子」との関係について多少なりとも触れておくべきかと思う。
 私には二人の子どもがいる。といっても母親はそれぞれ別だ。一人目の子は二十数年前、同じ大学に通っていた女性との間に生まれた。大学三年の春にパートナーの妊娠が発覚し、お互い学生の身分で結婚。秋の終わりに娘が誕生した。夫婦ともども二十歳での出来事だから、現代日本人の平均よりはずいぶん早い。さらに四年後に離婚もしたので、自慢ではないが若くしてバツイチの経歴まで得ている。
 だいたい察しがつくだろうが、その懐妊は計画したものでも、子を強く望んだ結果でもなかった。「できたなら産むか、まあなんとかなるだろう」。私も彼女も、ただひたすらに気楽だったのだ。学友たちにも「いざとなれば生活保護を受ければいいから」と公言していた。今なら高確率で炎上しているところだ。当時の社会にSNSがなくて本当に良かった。
 その娘も無事に成長し、現在は社会人として働いている。だから実際になんとかなったともいえるし、三歳の時に家庭が破綻したのだから、実際にはなんとかならなかったともいえる。私は私で、離婚により妻子と離れ自殺ばかり考えていた時期に怪談と出会い、またもや考えなしにその活動を始め、流されるまま現在に至っているというわけだ。
 とはいえパートナーから妊娠を知らされた瞬間は、私だって大いに驚き困惑した。元妻本人が受けた衝撃は、その比ではなかったはずだ。おそらく誰にとっても、たとえ周到な準備の上だとしても、妊娠を知ることは人生の一大事だろう。ましてやそのしらせが、思わぬかたちで届けられたとしたら。聖母マリアは、突然現れた天使に身に覚えのない受胎を告知されてしまった。そこまで劇的でなくとも、命の宿りにまつわる奇妙な体験談は、私のもとへ数多く寄せられている。
 まず非常に多いのは、夢が妊娠を暗示するパターンだ。

 チネさんは双子の妊娠が判明した当日、まさに双子を産む夢を見ていた。いわば予知夢ということになる。
 ただし彼女自身はその夢をまったく覚えていない。後になって夫から自分の言動を教えられたのだ。検査当日の朝、夫に向かって「双子を産む夢を見た」と力強く宣言していたんだよ、と。しかしチネさんは夢だけでなく、そんな話をした記憶すらもない。

 これは特殊なケースだが、予知夢にまつわる体験談のほとんどが「当たった夢だけ覚え、外れた夢は忘れてしまう」確証バイアスによるものかもしれない。または妊娠初期の微妙な身体変化が、夢に反映されたとも考えられる。もっとも、すべての体験がそうした解釈で説明しきれるわけではない。

 ハルカさんは幼い頃からずっと同じ悪夢に悩まされてきた。夢の中で自分は出産を行っている。だが生まれたのは小さくて赤黒い雛鳥のような生物で、外に出たとたん泣き声もあげず死んでしまう。
 そんな夢を三十年間、月に一度は見続けていた。そしていつも子を失う哀しみで目を覚ましていた。
 二〇二五年一月一日。年越しの夜勤明けから眠りについたところ、また例の夢へと誘われた。どうせこの子も死ぬのだろう。いつもの夢だと自覚しながら、醒めた意識でそう思っていた。しかし今回だけは違った。生まれ出たのは玉のような赤ん坊だったのだ。
 数日後、体調不良を感じて病院に行くと、思わぬ妊娠が発覚した。そして八月に切迫早産ながらも元気な娘が生まれ、今では夢とそっくりな元気な子に育っている。あれほど頻繁に繰り返されてきた悪夢は、それきり一度も見ていないそうだ。

 こうした予知・予言が赤の他人から発せられると、さらに怪談めいたエピソードとなる。

 二〇二六年、これも一月一日の出来事だ。カナさんは夫や友人たち数名とカフェに集まり、新年会を催していた。
「友人夫妻が途中で帰るので、お見送りのため店を出たんですが」
 そこで「あー」という声に呼び止められた。見れば、ボロボロの服を着た老人が「あーあー」と、右手の人差し指を突き出しながら近づいてくるではないか。後ろを振り向いたが誰もおらず、明らかにその右手はカナさんを指している。
「一瞬緊張したけど、危ない人ではなさそうでした」
 どうやらろうあ者のようだ。老人は穏やかな笑顔で立ち止まると、やはり右手を使って、腹が膨らんでいるジェスチャーを示してきた。またこちらを指差し、また腹の前で半円を描く。何度か同じ動作を繰り返した後、老人は微笑みを崩さず立ち去っていった。
「なにあれ、私が妊婦さんだって言いたかったの?」「酔っ払いに絡まれただけじゃない?」いっさい心当たりのないカナさんと友人夫妻は、苦笑いしながらそう話し合った。
 はたして一ヶ月後、カナさんに妊娠の陽性反応が出たのである。着床のタイミングはちょうど老人と遭遇した頃だから、本人にすら自覚のない変化を言い当てたことになる。
「それだけでも不思議なことですが……。一緒にいた友人が、二週間後にまた、例のお爺さんに出くわしてるんですよ」
 先ほどのカフェの隣町にて、やはり笑顔で呼び止められたのだという。すると間もなく、友人の懐妊が明らかになった。出産予定日はカナさんにやや遅れた日取りとなるそうだ。
「さすがに偶然じゃないぞと驚きました。ただ私たちの県は、そういう勘の鋭い人が沢山いるところなんですよね」
 カナさんたちが住んでいるのは沖縄本島。確かに他県と比べ、いわゆる霊能者のような不思議な感覚を持つ人々が多く、またそうした人々が受容されやすい土地柄である。

 やや変わり種の話を、もうひとつ。

 社会人となったクミさんが大阪で独り暮らしをしていた頃。その日はお盆休みで、和歌山の実家へ帰るため市バスに乗り、天王寺駅を目指していた。いつも環状線を使っているのに、なぜこの時だけバスを選んだかは自分でもわからない。
 車内は混み合っていた。途中でお婆さんが乗り込んできたので、自分の席を譲ってあげる。しばらくしてその席の一方が空き、横に詰めたお婆さんの隣へ座りなおしたところ。
「あなた親切にしてくれたから、ひとつ伝えたいことがあるんだけど、いいかしら?」
 ゆったりとした口調で、お婆さんが話しかけてきた。
「信じられないかもしれないけど、あなたは将来子どもを一人授かります。生涯でその子だけ。だから大切にしてね」
 はあそうですか、とクミさんは応えた。他人からの唐突な断言に驚いたし、見当違いな予想だとも感じた。自分は昔から子沢山の人生に憧れている。なんとも頓珍漢なことを言われてしまったものだ。
 五年後、クミさんは男児を授かった。さらに子を産むつもりだったし、これから楽しい未来だけが待っていると思っていた。しかし夫婦喧嘩ばかりの毎日が続き、息子が五歳の時に離婚。以降は新しい縁もなく、やがて筋腫により子宮を全摘出することとなった。
 お婆さんの予言は的中したわけだ。
 ただ振り返ってみると、それは与えられるべくして与えられた言葉だったのかもしれない。
 当時、夫との関係が崩れていく中で、追い討ちをかけるような悲劇が重なった。最愛の母親が鬱により自死してしまったのだ。
 離婚と母の死で心の拠り所を失ったクミさんを、息子はずっと支えてくれた。幼い頃から大人の事情を理解する子で、ただ一人の家族として寄り添い続けてくれた。
 そんな彼も十八歳となり、今年の春から大学へ通っている。
「生涯でその子だけ。だから大切にしてね」
 あの時あのバスに乗ったおかげで、迷うことなく一人息子と生きてこられた。今となっては、そんな風に思えるのだ。

 受胎を知らせてくるもの。その最多事例は天使ならぬ「子ども」で、ほとんどが自分の幼い子となる。三歳の娘が公園の砂場で「ママのお腹に赤ちゃんがいるの」と友だちに話していた、または三歳の息子が保育園で同じことを言いふらし、保育士やママ友から身に覚えのない懐妊を祝われてしまった。いずれのケースも直後に妊娠が発覚したことは言うまでもない。また、どうしてわかったのかと子どもに尋ねたところ、「だっているじゃん!」と当たり前のように言い切られたという点も共通している。

 ジュンさんはある日、四歳の息子が懸命に紙を折っているのを見かけた。鶴などの決まった型ではなく、ただ適当に山折り谷折りを繰り返しているようだ。なにを作っているのか訊けば、「赤ちゃんのオモチャだよ」との返事。友だちの家に新生児が生まれたのだろうか、などと思っていると。
「赤ちゃんいるよ、男の子だよ」
 息子はそう言ってこちらの腹を指し、また折り紙を再開した。やはり数日後に懐妊が判明、男児を出産したそうだ。

 不思議な告知をしてくるのは五歳未満の幼児ばかりだ。まだ現世に慣れきっていない子はあの世との繫がりが強く、だからこそ「向こう側」から赤ん坊が来たことを感知できる。こうしたイメージは現代人だけでなく、昔の人々も持っていたようだ。言葉を発せない乳幼児が動作によって受胎を伝えてくるとの俗信は、古くから日本各地で言い伝えられている。
 最も有名なのは「股のぞき」。乳幼児が両足の間から頭を逆さにして覗くと、その母親は次の子を授かったといわれる。「上の子の足腰が安定する頃が、次の妊娠可能時期だから」とも説明されるが、これは近年作られたもっともらしいコジツケだろう。そもそも股のぞきは上下前後を逆さまにすることで怪異・異世界を見るしぐさだ。そのため狐や幽霊など化物の正体を見破る方法でもあった。幼な子の股のぞきは、あの世から来た魂を見つめている、と考えられてきたのだ。
 あまり知られていないが、「股くぐり」もこれと似ている。

 トモミさんは三兄妹の母親だ。八年前の夜、四歳の次男が足元に駈け寄り、こちらの股の間を這って通り過ぎたことがある。可愛いお遊びだなと微笑ましく眺めていた、次の瞬間。
「ママのお腹から、女の子がこっち見て笑ってるよ」
 振り返った次男からそう告げられ、ホラーが苦手なトモミさんは心底怖くなった。自分に女児の幽霊がとり憑いているのではないか、と想像してしまったのだ。その後も股をくぐられては「女の子が手を振ってるよ」と言われたり、タバコを吸っていると「女の子がイーッて顔してるよ」とたしなめられたり。連日繰り返される次男の言動に、かなりのストレスを募らせていたそうだ。
「最近怖いのよ……あの子、霊感があるのかな」
 たまりかねて夫に相談したところ、「股くぐり」の俗信を教えられた。乳幼児が母親の股をくぐるのは懐妊の前兆なのだという。股のぞきは知っていたが、そんな迷信もあるのか。夫の勧めで半信半疑のまま検査してみれば、驚いたことに予想外の妊娠判定。しかし性別までは当てられないだろうと、ベビー用品は男女兼用のものを揃えていたのだが。
「五ヶ月目に女の子と診断された時は、さすがに信じざるをえませんでした。股くぐりって本当なんですね……」

 不勉強ながら、私もこの体験談の取材で初めて股くぐりの存在を知った。自分のSNSでアンケートをとってみると「祖母から教えられた」との回答が多く寄せられたので、各地に実在する俗信なのは間違いなさそうだ。ただ股のぞきと違って民俗系資料で取り上げられることが少なく、大著『日本産育習俗資料集成』にも岩手県の一例があるのみ。かたやインターネットで検索すれば、妊娠系のジンクスとして紹介しているブログや掲示板が多数ヒットする。どうも股くぐりへの注目度は、昔より現代のほうがずっと高くなっているようだ。
 かつて、股をくぐられることは危険な事態と考えられていた。仁王像や人形の股をくぐると無病息災で過ごせるとの信仰もあるが、これは力を貰う行為だ。逆に捉えれば、自分が「くぐられる」とエネルギーを吸い取られてしまうはず。
 福岡では人魂ひとだまに、沖縄では子豚やアヒルの化物に股をくぐられれば死ぬと伝えられている。沖縄のアカングヮーマジムンや奄美群島・徳之島のジルムンといった、赤子の霊も同様だ。これらが出る場所では両足を×印に交差し、股下を通過されないようにと戒められてきた。
 奄美大島の「耳切れ豚ミンキラウワ」は耳の無い子豚で、若い娘の夕間暮れの一人歩きを狙ってくる。これに股をくぐられると死ぬ、または性器を壊され腑抜けになってしまう。耳の無い子豚という姿、娘の股をくぐり性器を害する行動から、実は赤子の霊ではないかとの説もある。同群島のジルムンは死産した赤子・乳児を粗雑に葬ると化けて出るものだという。ジルムンは「赤子」と明示されるのに、こちらはなぜ豚に置き換えられたのだろう。勝手な私見だが、耳切れ豚の正体は死産ではなく間引きで殺された赤子ではないのか。その罪悪感と恐怖から、耳の無い子豚という隠喩めいた表現に換えられたのではないか……とも想像している。
 沖縄・奄美以外にも、スネコスリなど足にまとわりつく怪異は全国に数多い。たいてい狸やむじなや犬に似たものと説明されるが、群馬のオボ、佐渡島のウブ、愛媛のノツゴは明確に赤子の霊だ。この他にも耳切れ豚のような、獣として語られつつも赤子を暗示している事例があるかもしれない。ともかく足元を這う赤子は、恐怖の対象としても想像されてきた。
 比べてみると、現代の股くぐりはひたすらポジティブに捉えられている。「ようやく授かった子に、きょうだいが生まれるようにと祖母が母親の股をくぐらせた」など、敢えて子を促すケースも散見される。また最近では、子宝を望む女性が妊婦の股をくぐるといった験担ぎまで発生している。おそらく乳幼児や妊婦から、性器を通じて妊娠を促すなにかを感染させるイメージなのだろう。妊婦やその所有物に触ると妊娠しやすくなるという「妊娠菌」と同じ発想だ。
 こうした積極的行動は今回のテーマと同列に扱うことはできない。夢や異人やわが子からの受胎告知は、「向こう側」から届く不思議なメッセージに、ひたすら驚かされるだけ。妊娠とはあの世からこの世への授かりものだという世界観に立脚している。先述の怪談のようなアンコントローラブルな股くぐりであれば、これも同じ範疇に含まれるだろう。
 しかし「股くぐらせ」となれば話が違う。本来は受け身であるはずの受胎告知をコントロールし、妊娠のため能動的に利用しようとする試みだからだ。批判しているわけではない。こうした風潮には、晩婚化・晩産化に伴い昔より不妊に悩む人々が増えたという、社会状況の変化が反映されているのだ。
 私が元妻の妊娠の報せを受けたのは、当時同棲していた東高円寺のボロアパートだった。環七と青梅おうめ街道の交差点脇で、その時もトラックの轟音が絶え間なく響いていたはずだ。
 病院から戻ってきた彼女によれば、女性の医師にひどく冷たい態度をとられたという。子宮のエコー写真を見ながら、女医は「赤ちゃんに罪はないのにね」と呟いた。二十歳の学生カップルに中絶以外の選択肢はないと決めつけられたのだ。
 それを聞いて私は腹をくくった。なめるなよ、と憤慨した。自分たちの人生を、他人が勝手に判断することは許さない。
 産んでもいいよね。私がそう尋ねると、元妻も頷いた。
 あの女医はまさか私たちが出産を決意するとは思っていなかっただろう。しかしふと投げかけた言葉が結果的に逆の予言として成就した。また私も自分自身で決断をしたつもりだが、結局なにかに誘導されていたのではないか。女医個人の発言というより、もっと大きな向こう側からのメッセージに動かされたのでは。
 その受胎告知のおかげで、娘はこの世に生まれたのだ。


【参考文献】
『日本産育習俗資料集成』恩賜財団母子愛育会編 第一法規出版
「豚妖怪の考察―耳切れ豚の出自―」田畑千秋、『日本文化の深層と沖縄』所収/山折哲雄編 国際日本文化研究センター


イラストレーション●市川友章

吉田悠軌

よしだ・ゆうき●1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。
怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。実話怪談の取材および収集調査をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。著書に『日めくり怪談』『現代怪談考』『ジャパン・ホラーの現在地』(編著)『教養としての名作怪談 日本書紀から小泉八雲まで』『よみがえる「学校の怪談」』(編著)『裏山の怪談』等多数。

『よみがえる「学校の怪談」』

吉田悠軌 編著

単行本・発売中

定価1,540円(税込)

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