[今月のエッセイ]
5ちゃんねるは「足の裏」
2019年に上方で講談師になってから、欠かしたことのない習慣がある。
5ちゃんねるの「伝統芸能板」の「講談」のスレッドを見ることである。最低の悪癖。
書き込みをしたことがないのが、せめてもの救いだ。
「講談総合」という愛想もクソも無いタイトルのスレを、ほぼ毎日チェックしている。
入門したときには「講談総合2」というスレだったのだが、今は「講談総合7」。計算してみると、僕が入門した2019年3月3日以来、一連の講談総合スレには合計5551回の書き込みがある。そして、僕の名前「玉田玉山」は一度たりとも出てこない。
最初は情報収集のつもりで見始めた。でも、そのうち、自分の名前が出てこないのが寂しくなる。話題になっているのは、基本的には東京の講談師ばかり。悔しい。
入門3年目あたりからであろうか、この講談総合スレに名前を書かれたい、という目標、いや、呪いが生まれた。
でも、全60話で語りを務めた『講談風大河ラジオドラマ「弁慶記」』がギャラクシー賞で優秀賞、放送文化基金賞でラジオ部門最優秀賞を取っても、「水曜どうでしょう講談」という人気テレビ番組をテーマにした講談で全国を回って喝采を浴びても、開高健ノンフィクション賞で最終候補に残って選評が出ても、大和ハウスプレミストドーム(旧札幌ドーム)での講談の仕事が決まっても、結婚しても離婚しても、まったく以て書き込まれるということはない。
講談総合スレでは、相変わらず東京の講談師のことばかり話題になっている。
神田
いや、食えてるよ! スマホを持ってワナワナ。
「食えてる! 我が名は玉田玉山! 玉田
書き込んでやろうと思ったこともある。
無論わかっている。5ちゃんねる。書かれないほうがいい。そのほうが絶対に健康。
「5ちゃんねるで、書き込まれている自分の名前を見て、元気もらってます」っていう人、見たことない。
でも、どうしても、こんなことを5ちゃんねるで書き込みをしている諸氏に言うのもアレなのだが……振り向いてほしいのだ。
昔の寄席は厳しかったと聞く。
若い芸人が出てきたら、常連さんはそっぽを向く、どころか桟敷席に寝転んで、足の裏を口演している芸人に見せつける、ということがあったそうだ。「まだお前の芸は聴く価値がない」と客席から態度で発信する。それを悔しく思った芸人たちは、少しずつ芸を磨く。腕が上がってくると、客たちは起き上がり、目を向けてくれるようになり、そしてついには拍手をし、ひいきになってくれる……。
僕はずっと、5ちゃんねるに足の裏を見せられ続けてきた。まだ書き込む価値がない、と判断され続けている。いろんな方法で振り向いてもらえるように努力した。そして、いまだに振り向いてもらえない。
でも、努力しているうちに幸運にもだんだんと仕事が増えていく。ステージが上がっていく。収入も増えていく。
そして気づけば天下の集英社さんから原稿依頼をいただいて、本まで出すことになった。もしかするとここまでやってこられたのは、5ちゃんねる講談総合スレの黙殺があったからかもしれない。
僕は、あなたたちに認めてほしい一心でここまで来ることができました。
ありがとう。黙殺してくれて。
でも、やっぱりそれでも、いつかあのスレッドで玉田玉山の名前を見てみたい。
僕は講談総合スレッドに恋をしています。
僕の修業時代から今に至る8年間を描いた著書『ここからが面白くなってくるわけでございますがッ ポンコツ弟子の上方講談修業戦記』が出たらもう、書き込み常連の皆さんもそうでない皆さんもぜひ読んでいただいて、そのうえで講談総合スレを覗きに来てください。ディスプレイの向こうには、きっと「今日こそは!」と鼻息荒く画面を見つめる僕がいることでしょう。
これからもよろしくな講談総合板。僕の講談師人生、ここからが面白くなっていくんだ。
もう、黙殺なんてさせないからな。
玉田玉山
たまだ・ぎょくざん●講談師。兵庫県生まれ。2019年3月に講談師四代目玉田玉秀斎に入門、講談師となる。入門すぐから新作講談を手掛け、自分の人生を語る私講談『玉田玉山物語』や『水曜どうでしょう講談』『政治・選挙講談』『阪神タイガース講談』など、手掛けた数は400本以上。





