[インタビュー]
ヒトラーの何が悪かったのか、
何が怖いのかということを
きちっと辿っていきたい
「洗面所の鏡の前で丁寧に
六百万人以上のユダヤ人を死に至らしめたとされる「ホロコースト」(ショアー)を指揮したとして歴史に悪名を残したアドルフ・ヒトラー。いまなおさまざまな角度から検証され続けているこの人物を、佐藤さんはどのように描いたのか。本書に込めた思いを伺いました。
聞き手・構成=増子信一/撮影=山口真由子

現代と地続きのヒトラーの政治
──一九九三年のデビューから、今年で三十三年。フランス革命、ナポレオンを経て今回はヒトラー。ヒトラーを書こうと思われたきっかけのようなものはあるのでしょうか。
これまでいろいろな国の歴史や人物を書いてきましたが、特にフランス革命、ナポレオンを書かなかったらヒトラーも書けなかったし、また書いたとしてもすごく薄っぺらいものになってしまっただろうという気がします。やはり、フランス革命からナポレオンという大きな歴史の流れを書くことで自分の考えも深まっていき、それがあったからこそ書くことができた、というところは間違いなくあると思います。
それに、ある事件、事柄が歴史になるまで百年かかるといわれています。第二次世界大戦が終わって昨年ようやく八十年でしたから、ヒトラーの時代はまだ歴史にはなりきれていないのですが、小説として書くなら、そろそろいけるんじゃないかなという感触があって、今回取り組んでみたということです。
もう一つ、ここ十年ほどで以前に比べてヒトラーを書きやすい状況になったということもあります。現在、ウクライナやイランの戦争をはじめとして、以前では考えられなかったようなことが平気で起きている。今回書いてきて、いまの政治家の中にはヒトラーのやり方を真似ていると思われるような人もいて、ヒトラーは過去の人間ではなく、現代にも同じような人がいるのではないかという考えが常に頭を
──ヒトラーと現代の政治家とが繫がっている?
実は、ヒトラーを書きながら意外と時代の断絶を感じなかったんですね。ヒトラーというのは二十世紀前半の段階ではちょっと前衛的な人だったと思うのですが、二十世紀の後半ではある種のスタンダードというか、もしかすると、気づかないうちに多くの人がヒトラーのやり方を踏襲しているのではないか、と。
たとえば、国民に対してワンフレーズで動かしていくというのがあります。ヒトラー政権では〈Blut und Boden(血と土)〉という標語が打ち出されました。アーリア人の血が大事であり、それを増やすための土地は欠かせない、つまりは他の国土を侵略してもいいというフレーズですね。〈ブルート・ウント・ボーデン〉と「b」で頭韻を踏んでいるので、すごく耳当たりがいい。言葉の内容よりも響きでもって、国民をある種だましていく。なんとひどい手法だと思われるかもしれないけれど、ケネディの〈New Frontier〉にしても、オバマの〈Yes We Can〉にしても、短いフレーズで国民をワーッと盛り上がらせたわけですね。トランプの〈Make America Great Again〉だって、よく聞くと「エッ?」って思うような内容なのだけれど、そのフレーズが書かれたキャップを被ってはしゃぐ人がいる。その意味とは関係なしに、ワンフレーズで国民を虜にしてしまう。日本だって、ワンフレーズで行う政治というのはすごく定着している。
──小泉内閣の「郵政民営化」。
小泉さん以来そうですよね。そういうことに我々はどれだけ警戒心を持っているのだろうか。ヒトラーがやっていた手法だと思えば、そんなに浮かれていられないのですが、これまでは、ヒトラーを語ることがある種アンタッチャブルのようなところがあって、そういう繫がりが見えていなかったんですね。
今回ヒトラーを書いてみて、ヒトラーみたいな政治家はいまもいるのではないかという思いを強くしました。歴史上、前代未聞の大悪党みたいな感じでいわれていますけど、実際に彼がやったことをつぶさに見ていくと、第二次大戦後の歴史でも、ヒトラー的な人は何人もいたと思いますし、いま現実に世界の政治を動かしている人たちの中にもヒトラー的な人はいなくはない。もっといえば、ヒトラー直系の弟子なんじゃないかと思えるくらいの人が出てきているのではないかとも思いました。
結局、政治というのは言葉、理念なんですね。ヒトラー以前はそれを主に文字で表現していたわけです。そうすると、識字層以外の人たちは政治に参加できなかった。ところがヒトラーの時代にはラジオが登場して、ヒトラーはそのラジオを実に巧みに利用した。つまり聴いている人たちは、話の内容が正しいか、正しくないか、あるいは自分がこの人物がいっていることに賛成できるか、できないかということよりも、声や演説の技術で、支持・不支持を判断するようになる。映像になれば、そこに身振り手振りも加わって、ヒトラーのパフォーマンスは圧倒的な支持を得ていく。もちろんそれは本来の民主主義からは離れていますが、先ほどのワンフレーズも含めて、現代の政治家の一部にはヒトラーのやり方をより発展させていっているように見える人もいます。ヒトラーはまだまだ終わっていない、まさに現代と地続きであるということを、書いていて改めて思いました。
民主主義の中で生まれた独裁者
──第一部の『戦後篇』では、戦争帰りのヒトラー上等兵が、演説のうまさを買われて政治家に転身、そこから首相になるまでが書かれています。意外だったのは、首相就任までの手続きが議会政治の枠内で行われていることです。
ヒトラーはよく独裁者だといわれますが、実は民主主義のシステムの中で独裁制をつくっていくんです。もちろん強引なところもありますが、違法なことはしていない。常に合法的な手続きを踏んでいて、選挙の実践によって国民の支持も取り付けていく。その意味では、ヒトラーはまさに民主主義から出てきたわけです。
逆にいえば、先ほどいったような、現在の民主主義のシステムの中からヒトラーのような人物が再び出てくるという怖さもある。ですから、単純にヒトラーは悪者であるというレッテルを貼って終わるのではなく、何が悪かったのか、何が怖いのかということをきちっと辿っていくことが必要なんです。にもかかわらず、その辺の経緯については、これまで専門の歴史書以外ではあまり書かれてこなかった。今回は、そこをフラットに書くことで、ヒトラーはこういう人だったんだ、こういうことをやったんだということをちゃんと伝えようと思いました。
──政治家としてのヒトラーの特質は?
ヒトラーの資質として優れていたのは、軍人や貴族といった既存の権威に割と臆せず向かっていったところだと思います。たとえばヒトラー以前の歴代の首相たちは、かつての公爵や伯爵たちにはなかなか強い命令はできない。また、憲法では文民統制がいわれているけれども、軍のお偉方にはどうしても気を遣わなければいけない。そこをヒトラーは、そうした既存の権威に臆せず国家の道具として彼らを使い切れたというのは、やはりすごいと思いますね。
──これまで主にフランスの歴史を書かれてこられましたが、今回ドイツ史を書かれてみていかがでしたか。
ドイツ史のほうから歴史を見ることでいろいろな発見がありました。一番驚いたのは、
たとえば、戦中の日本について書くときに「ジャップ」という言葉で書かれていたら、公平な歴史だとは思わないわけですよ。ドイツ史に関しては、それを平気でやっていたんだという驚きがまずあった。そこから自分のヒトラーおよびドイツに対する見方には、戦後の日本、特にアメリカという戦勝国の側の見方が強烈にあり、そこを取り除かないことには、いいところも悪いところも含めて、何も見えないだろうというところから始めました。
──ヒトラーというと、どうしてもチャップリンの『独裁者』のイメージが強くあります。
映画の中でチャップリンが真似たみたいに、
顔も、チャップリンが戯画化したちょび髭の滑稽なイメージがありますが、本の中でも書いたように、ドイツ皇帝のヴィルヘルム二世に似ていたという説もある。ということは、同じくイギリスのヴィクトリア女王の孫であるロシア皇帝のニコライ二世、イギリス王のジョージ五世にも似ていることになる。要するにヨーロッパの君主顔なんですね。当時の人たちはヒトラーにそうした印象を持っていて、それもああいう熱狂を生んだ一因かもしれない。
──第一部では、有名なピアノメーカーの社長夫人であるベヒシュタイン夫人をはじめとする女性たちのアイドル的存在だったと書かれています。
ヒトラーって、いま風な言い方をすればマザコン的なところがあって、そういった意味でも年上の女性や自立した女性に対しては結構受けがいいし、彼女らと付き合う術も持っていたのだと思います。ところが、対等な相手や伴侶として付き合うことになると急にうまくいかないというか、どうしていいかわからなくなる。そういう人間としての複雑なところも書いてみたいところでした。
この時代を生きていた人間の目から
ヒトラーを捉え直す
──第二部は、国会議事堂放火事件によって独裁を強めていくところから第二次世界大戦へ向かっていくまでを、第三部は、ポーランド侵攻からヒトラーの死までが描かれています。全体を通してヒトラーの視点以外にも、ゲッベルスやヒムラーなど側近たちの視点が織り込まれていますが、第二部の途中からヒトラーユーゲント(エン・エスの下部組織で、党員になる年齢に達しない十歳から十八歳までの少年の組織)から後に親衛隊に入隊するハンス・ノルトバウアーという青年が登場し、彼の視点が最後まで重要な役割を果たしていきます。
第一部は、ヒトラーを等身大の人間として描いていくことでスタートするのですが、公人あるいは政治家としてのヒトラーは、やはり別の人の目を通したほうが書きやすいと思って、ゲッベルスやヒムラーといった、後にヒトラー政権を支えていく側近たちの視点を織り込んでいきました。第二部以降は、ハンスという無名の若者を出すことによって、この時代を生きていた市井の人間の目からヒトラーを捉え直せるのではないかと考え、その視点を入れました。
──アウシュヴィッツなどの強制収容所におけるユダヤ人の問題が、ハンスの目を通して語られています。
いわゆるホロコーストに対して、ヒトラー自身がどこまで自覚的だったかという問題もあるのですが、現実にはあれほどの惨事が起こっていた。そのギャップを埋めるためにも、ハンスという一般の若者の目が必要でした。
──ハンスのモデルになるような人がいたのですか。
特定の人物ではありません。戦後、かつての親衛隊員たちの回想録のようなものがいくつか出ていますし、当時の親衛隊の若者たちが写っている写真もたくさん残っている。ヒトラーの時代というと暗い時代だと一面的に捉えがちですが、それらの写真を見ると、みんな
ハンスが生まれたザールブリュッケンは、フランスやルクセンブルクと国境を接するザールラント地方の都市です。ザールラントは本来ドイツに属していたのですが、第一次大戦の敗戦によって、国際連盟の管理下に置かれた。さらに歴史を遡れば、ナポレオン戦争のときにフランス領に編入された。そういう土地に生まれたということが、ハンスに大きな影響を与えているわけですね。
ある意味では、ナポレオンもヒトラーも最終的には国を負け戦に引きずり込んだということでは同じなのですが、片や英雄と讃えられ、片や史上最大級の悪党と非難される。何が評価を分かつのかといえば、やはりホロコーストですね。ハンスも、最後にホロコーストに関わったということで裁かれる。ヒトラーもその点においては決して許されることはない。それだけホロコーストの持つ歴史的な意味は大きいわけですね。
ただ、現代でも国民の中のあるグループをあえて槍玉に上げることで政権を維持する、あるいは批判することで人気を取ろうという政治家がいないわけではない。ヒトラーがもっとも批判された要因さえ、もしかしたらまた繰り返してしまうかもしれない、そういう怖さもあると思いました。
現に、ヒトラーに関する本は、いまでも毎年出ています。日本だけじゃなくて、もちろんドイツ語でも出ているし、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語でも出続けている。今度の本を書くに当たって、かなりの資料を読みましたが、とても全部は追い切れませんでした。これだけ世界中でコンスタントにヒトラー関係の新刊が出続けていることの意味はどういうことだろうというのは、書きながら思っていました。
ぼくは、いま五十八歳で、もうすぐ五十九歳になりますが、会社勤めの同級生たちはそろそろ退職という雰囲気になっています。自分は作家だから関係ないと思っていたのですが、「ああ、そうか。俺もこの先もう何十年もないな」ということで、書くべきものは書いておかなければいけないという意識があります。その一冊がヒトラーで、最後まで書き切れたのでホッとしています。

佐藤賢一
さとう・けんいち●作家。1968年山形県生まれ。
東北大学大学院でフランス中世史を専攻する。93年『ジャガーになった男』で、小説すばる新人賞を受賞してデビュー。著書に『王妃の離婚』(直木賞)『小説フランス革命』(毎日出版文化賞特別賞)『ナポレオン』(司馬遼太郎賞)『チャンバラ』(中央公論文芸賞)『傭兵ピエール』『二人のガスコン』『オクシタニア』『女信長』『新徴組』『ラ・ミッション 軍事顧問ブリュネ』『遺訓』『最終飛行』『家康と七人の忍び』等多数。





