[本を読む]
戦争をめぐる批評性を掘り起こす
世界中でおきている戦争の危機をどう捉えればよいか。文学研究の小森陽一氏と、歴史学専門の成田龍一氏が大江健三郎の『大江健三郎自選短篇』を一年かけて読み、大江作品を手がかりにこの問いへの答えを模索するというのがこの本の趣旨である。本書では、大江の戦争をめぐる批評性について、人間の「個別性」、抵抗としての「沈黙」、そして「あわい」という鍵概念が語られている。
まず、「奇妙な仕事」は大学の医学部のなかで「僕」「院生」「女子学生」が犬を殺すアルバイトをする物語であるが、犬殺しという戦争に付随する事象が語られている。小森は「僕」が「女子学生」として差別する意識を書き残そうとした大江の語り、成田は戦時に犬を処分することで作られた外套にそれぞれ注目している。小森によれば、命あるものが「数としてしか捉えられていな」かった戦時中に、大江は「死者の奢り」において兵隊の死体との「内的対話」を通じて「死者の個別性」を語っているのだという。
成田によれば、大江の戦争体験は、「権威主義的になった人間が暴力を振るい、人々、とくに弱いものを従わせ動員する不合理な出来事の連続として実感されていた」という。「不意の啞」では、権威を持つ外国兵の通訳に対して「黙る」少年を描いている。「人間の羊」でも、少年が屈辱的な被害を受けながらも、無理やり告発させられようとするときに沈黙する。また、近代の二元論に抵抗する大江は「性的人間」(他者との対立が生じない人間)と「政治的人間」(他者と抗争する人間)を二分するのではなく、その「あわい」に立つことを表現しているという。「個人的な体験」にも、主人公の自分の赤んぼうに対する個人的な関心と世界の危機への関心の「あわい」が描かれている。
山内久明氏をはじめ、大江にゆかりのあった、まさに歴史の証人たちと呼べる人と大江の関係性も語られている。核の時代について語っていた大江の作品を解きほぐしていく二人の鮮やかな妙手にただただ感嘆するばかりである。
小川公代
おがわ・きみよ●作家、英文学者





