青春と読書 本の数だけ、人生がある。 ─集英社の読書情報誌青春と読書 本の数だけ、人生がある。 ─集英社の読書情報誌

定期購読のお申し込みは こちら
年間12冊1,000円(税・送料込み)Webで簡単申し込み

ご希望の方に見本誌を1冊お届けします
※最新刊の見本は在庫がなくなり次第終了となります。ご了承ください。

対談/本文を読む

ピンク地底人3号×本谷有希子
ピンク地底人3号『おもちゃの指輪がほしいねん』
二十年間演劇で培ってきた「身体を描き込む技術」を注ぎ込みました

[対談]

二十年間演劇で培ってきた「身体を描き込む技術」を注ぎ込みました

スーパーや書店で万引き犯を捕まえる保安員、通称「万引きGメン」のアカリはある日、カオルさんという女性に恋をする。アカリはカオルさんに宛てた長い手紙の中で、万引き犯との攻防とスランプ、カオルさんへの想いを打ち明けるのだが……。
長編小説『おもちゃの指輪がほしいねん』はピンク地底人3号さんの小説第二作。前作の『カンザキさん』は、初の小説でありながら、第四十七回野間文芸新人賞を受賞しました。劇作家・演出家としても活動する注目の新進作家です。
劇作家、小説家として活躍する先輩にあたる本谷有希子さんと、小説と演劇について語っていただきました。

構成=タカザワケンジ/撮影=露木聡子

「戯曲」と「小説」の言葉の違い

本谷 3号さんの舞台は以前、吉祥寺シアターで『燃える花嫁』(作:ピンク地底人3号、演出:生田みゆき)を拝見しました。今回、小説の『おもちゃの指輪がほしいねん』を読ませていただいて、舞台の言葉の質と小説の言葉の質がまったく違っていることに驚きました。「同じ人が書いたんだろうか?」と思うくらい、言葉の使い方が違っていたので、まずはそのことを今日、うかがいたいなと思ったんです。

3号 僕は戯曲でも毎回作風が違うので、同じ人が書いたとは思えないと言われることが多いんです。関西で演劇活動をしてきて二十年になるんですけど、この三、四年は、外部の劇団から戯曲の依頼を受けるようになりました。『燃える花嫁』もその一つです。

本谷 依頼されたお仕事ということは、ちょっとイレギュラーだったんですか。

3号 以前まではそうだったんですが、最近では外部提供はレギュラー化しています。というのも元々は作・演出を年に2回のペースでやっていたのですが、だんだん自分は演出家というよりも劇作家なんだと気が付き始めて。とにかく納得できる戯曲が書きたい。戯曲だけだったら自分の思った通りに書けるはずですよね。

本谷 戯曲の段階ではそうですね。

3号 あとは信頼できる方が演出してくれれば、どんな作品になってもオーケーみたいな感じに今はなっています。それに、お題をいただいて書くのも好きで、『燃える花嫁』の場合は「移民」という自分からは出てこないテーマでした。ただ、小説の場合はちょっと違っていて、自分の中にずっと溜まっていた「小説でしかできないアイデア」をストレートに吐き出したものです。

本谷 吐き出したものが何なのか聞きたいです。自分の中に溜まっていたものってどんなことでしょうか。

「小説だったら書けるかも」というアイデア

3号 演劇をやってきて、「舞台の上で表現するのは難しいな」というアイデアがいくつかあったんです。演劇でできないことはないと思うのですが、少なくとも僕には方法がわからないといいますか。それが小説を書くようになって「あの時のあのアイデア、小説だったら書けるかも」と思い出したものを吐き出している感じです。でも、それもあと二作くらいで底をつきそうなので、その次はどうすんねん、というのが、自分の中で怖くもあるし、楽しみでもありますね。

本谷 劇作でも自分の中から出てきたものを書いていたんですか。

3号 最初はそうでしたけど、だんだん外部に求めるようになって、簡単に言うとめっちゃ取材するようになりました。他者というか、自分以外の人に興味が向かうようになったんです。でも、小説はまだ自分ですね。

本谷 今回の小説に出てくる、万引き犯を捕まえる「保安員」の細かい描写、あれはリサーチですか?

3号 いえ、これは僕自身のバイト経験です。前作の『カンザキさん』もそうですけど、小説ではまだ自分の経験がもとになっています。本谷さんは二〇〇二年から小説を発表されていますよね。二十年以上書かれているわけですけどどうやって書かれているんですか?

本谷 えっ。そんなに昔から書いてました? 怖い(笑)。でも、私は今でも、毎回「小説ってどうやって書くんだっけ?」と模索しながら書いています。一度書いたら飽きてしまうから同じようなものは書けないし。ただ、3号さんと違うと思うのは、私は最初に「アイデア」や「結末」を決めて書いたことが一度もないんです。

3号 さらな状態からですか?

本谷 そうですね。それしかやったことがない。

3号 ということは、言葉が浮かんで、その言葉が次の言葉を呼んで書いていく感じですか?

本谷 そうです。書いては捨て、書いては捨ての繰り返し。そのプロセスの中で「私が本当に書きたかったのはこれだ」という芯が見えたら、そこを拾い上げて、周りの余計な部分をそぎ落とします。

3号 小説も戯曲もですか? 戯曲の場合、プロットを先に出さないとプロデューサーがキャスティングできないですよね。

本谷 戯曲も同じです。昔、「プロットがあるとみんなが助かるから一回書いてみて」と言われて、プロットを書いてその通りに芝居を作ったことがあるんです。でも、出来上がったときに「二度とプロットは書かない!」と思いました(笑)。スタッフやキャストは仕事がしやすかったかもしれないけど、私はみんなを助けるために芝居を作っていない。ごめんなさい。
 あらかじめ決まった設計図をなぞるだけの行為に、身体がどうしても納得できなかったんです。プロットをなぞる行為の意味が分からなくなってしまって、自分は何のために芝居を作っているんだろうと思ってしまいました。なので、私はプロット否定派なんですよ。

3号 そうなんですか!

本谷 だから今日、お聞きしたかったことの一つが、この小説にはプロットがありましたよね、ということ。物語がすごく綺麗に着地しているから。

3号 いや、それが、あらかじめプロットを考えていたわけではないんですよ。

本谷 え、プロットはなかったんですか?

3号 ないんです。「この流れなら、こう着地させる」という身体的なバランス感覚で書いています。最初にぼんやりあったのは「ミイラ取りがミイラになる」というイメージだけでした。主人公の保安員の女の子が、万引き犯を追っているうちに……という展開を考えていたんです。
 でも、書き進めるうちに「いや、この子は絶対に万引きなんかしないな」とキャラクターが勝手に動き出して、結局、今の形に収まりました。

「建造物的な小説」と「生き物的な小説」

本谷 そうなんですね。意外ですけど、分かるような気もします。私は小説を、頭でカチッと設計された「建造物的な小説」と、どう転ぶか分からない「生き物的な小説」に分類する癖があるんですが、私はプロット否定派なので、前者の建造物的な小説にはあまり惹かれないんです。でも、3号さんの作品は、綺麗な構成を持ちながらも、なぜか嫌な感じがしなかった。建造物と生き物のミックスだなと思いながら読みました。物語が勝手に呼吸しているように読めたのが不思議だったんですが、キャラクターが勝手に動き出したことに従ったからなんですね、きっと。
 私は創作の三原則として「説明しない」「作為的にならない」「偽善的にならない」というのを掲げているんです。フィクションである以上、作為をゼロにすることは無理ですが、あとちょっと作為的になったらアウトという一線があると思っています。3号さんの小説は、作為のさじ加減のセンスが絶妙だなと思いながら読んでいました。

3号 それはやっぱり二十年演劇をやってきた経験だと思います。最初の十三年くらいは失敗の連続でしたから(笑)。でも、まだまだです。本谷さんの『セルフィの死』を読ませていただいたとき、物語の筋ではなく、言葉そのものの推進力で読ませる圧倒的な深さを感じたんです。僕もそう書きたいなと思っているんですが、難しい。本谷さんの中で言葉のことを意識していらっしゃいますか。

本谷 意識してますね。建造物的な小説って、言葉が「意味を伝えるための道具」になりがちだなと思っていて。例えば「彼が来ないから彼女は不安になった」と書けば意味は伝わりますが、私には面白くない。言葉を意味を運ぶものとして使わずに、どうやったら同じことを伝えられるんだろうっていうのを考えていて、私がたどり着いた答えは、感覚とか身体について書くことです。
 例えば、「スマホを見る。スマホを置く。もう一回スマホを見る」と書くことで、不安という言葉に終わらないものが伝えられるかもしれない。

3号 なるほど! 小説の言葉をどうすればいいのかに自分でも迷いながら書いているので、ヒントをもらったような気がします。

本谷 でも、3号さんの小説も確かに物語的な進み方ではあるんですけど、やっぱり身体の描写がものすごく入ってるんですよね。だから「え、二作目でもう気づいた?」みたいな驚きがありました(笑)。
 私が小説と戯曲の決定的な違いだと思うのは、そこに生身の役者の肉体があるかないか。戯曲は舞台になると役者の身体がありますが、小説は登場人物すべての身体を文章で一から立ち上げなければならない。『おもちゃの指輪がほしいねん』には、登場人物の息遣いや温度、汗の質感がちゃんと入っています。だから、するすると読めるのに心に残るんだと思います。それはたぶん、身体のことを意識されてるからだと思います。

3号 そうかもしれません。そもそも二十代の頃に万引きGメンのアルバイトをした理由が、万引きって演劇的だと思ったからなんです。万引き犯は周囲にバレないように、普通の客を装う演技をしていますから。
 僕には小説家としての経験値が皆無だったので、頼れるのは二十年間戯曲を書くことで培ってきた「身体を書き込む技術」だけだと思っていました。だから、配送員のバイトをした経験をもとにした一作目の『カンザキさん』でも、冷蔵庫の重さや汗の描き方にこだわりました。

身体を描くことで、血を流し込む

本谷 もう一つ、この小説には人間の心の機微が細やかに書かれていると思いました。

3号 本当ですか。嬉しいですけど、本谷さんに比べれば全然書けてないと思っていて。

本谷 私、書けないです、こんなに細かくは。人間の心を分かっていらっしゃる方なんだなと思いました。

3号 分かってるかどうかは分からないです。ただ、書くのは僕ですが、主人公のアカリが考えてることを書こうとはしています。アカリに血液を流し込みたい。だから身体の描写を意識して書いたんです。ちゃんと血が通ってないと駄目だから。
 でも、それだけだと破綻してしまうので、今までの経験で培ったドラマの枠組みの中にアカリに来てもらって、その中で、アカリの行きたい方向になるべく行かせる。うまくいくか分からないけど、みたいな感じで書いていました。

本谷 ハイブリッドなんですね。ドラマだけのものでもなく、ポストドラマというか、ドラマを否定しているわけでもない。両方入っているところが面白い。それは3号さんご自身が意識されていたんですね。

3号 実はハイブリッドを目指しています。僕が演劇をやっていた京都で、一時期、ポストドラマ演劇が流行はやったんです。役者がセリフに感情を込めず、あまり動かない。それがかっこよかった。僕も影響されたんですが、途中で変えようと思い始めて。

本谷 何で動かないんだろうって?

3号 そうですね。オーソドックスな会話劇をやってみようと試してみました。そうしたら、ちょっとポストドラマ寄りの会話劇になった。『おもちゃの指輪がほしいねん』にもその雰囲気があるのを本谷さんが感じ取ってくださっていたのかもしれません。

本谷 感じ取りました。私もこんなふうに人間の心の中を細かく書いてみたい、描写の密度を真似してみたいと思いました。私、面白い小説を読むと、自分でもちょっとやってみようと思うことがあって、この作品に関してもそう思いました。

3号 そんなふうに言ってもらえるなんて、すごく嬉しいです。今日、緊張しながらここまで来た甲斐がありました。僕自身としては、今はまだ、自分の中にある戯曲の技術で書いてるので、本谷さんがされているように、もっともっと小説の技術を身につけて、小説からしか出てこない言葉で書けるようになりたいですね。

ピンク地底人3号

ぴんくちていじんさんごう●劇作家、演出家、作家。1982年京都府生まれ。
同志社大学文学部文化学科美学芸術学専攻卒業。地上侵略を目論む怪人。2019年「鎖骨に天使が眠っている」で第24回劇作家協会新人戯曲賞受賞。2022年「華指1832」で第66回岸田國士戯曲賞最終候補。2025年初小説『カンザキさん』で第47回野間文芸新人賞受賞。2026年「明日を落としても」で第29回鶴屋南北戯曲賞受賞。

本谷有希子

もとや・ゆきこ●劇作家、演出家、作家。1979年、石川県生まれ。
2000年「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、主宰として作・演出を手がける。主な戯曲に『遭難、』(第10回鶴屋南北戯曲賞)『幸せ最高ありがとうマジで!』(第53回岸田國士戯曲賞)等がある。2002年より小説家としても活動。主な小説に『ぬるい毒』(第33回野間文芸新人賞)『嵐のピクニック』(第7回大江健三郎賞)『自分を好きになる方法』(第27回三島由紀夫賞)『異類婚姻譚』(第154回芥川龍之介賞)『静かに、ねぇ、静かに』等

『おもちゃの指輪がほしいねん』

ピンク地底人3号 著

発売中・単行本

定価1,815円(税込)

購入する

TOPページへ戻る