[インタビュー]
名画の歴史と背景を知り、
時空を超えて旅をする
旅は画家にどのような影響を与え、絵画をどのように変えてきたのか。
『怖い絵』シリーズで知られる中野京子さんが、旅をテーマに名画の歴史や背景をひもとく『旅から生まれた名画』が刊行されました。聖書に描かれた旅から、勇敢な騎士の旅、人を運ぶ馬や鉄道の変遷、内面へと降り立つ心の旅、そして、人生をしめくくる旅まで。物理的な移動のみならず、世界の見え方が更新される「旅」がもたらす光と影、出会いと別れ、危険と隣り合わせの冒険の醍醐味を、古今東西の西洋絵画二十編を通じて綴ります。有名画家から、知る人ぞ知る隠れた名画までが登場するのも本書の読みどころ。名画に浸り、旅へと誘われる新刊の刊行を機に、中野さんにお話を伺いました。
聞き手・構成=砂田明子/撮影=中林 香

旅の始まりにふさわしい、
三博士の「旅程」
──中野さんは「仕事」をテーマにした『名画の中で働く人々「仕事」で学ぶ西洋史』(集英社文庫)を出されています。今回のテーマは「旅」。どのように選ばれたのでしょうか。
きっかけは旅好きの「鉄ちゃん(鉄道ファン)」の編集者さんからの提案でした。すぐに、いいアイデアだな、と思ったんです。いつの世も、旅行記や小説など、旅は多くの芸術を生んできました。絵画もまたその例に漏れず、たくさんの名画が生まれています。
──「旅」に思いを巡らす冒頭の文章が印象的です。旅行とは違って、知らない世界へと歩み出すのが旅であり、旅人だと。
修学旅行はあっても、修学旅ってありませんし、自分探しの旅とはいっても、自分探しの旅行とはいわない。目的地とスケジュールを持つ旅行に対して、過程自体が重視されるのが旅だと思います。旅は危険がつきまとうぶん、ロマンをかき立てられるし、広がりがありますね。私も旅は好きで、高校時代、一人で北海道をまわったのが最初の一人旅でした。
──旅のロマンがこの本にはあふれています。最初の絵は『旅の途上の東方三博士』(ジェームズ・ティソ)。東方の三博士とは『新約聖書』に出てくる人物で、イエス・キリストが誕生したときに東方からやってきて礼拝し、贈り物を届けたとされる学者たちです。
最初はこの絵にしようと決めていました。連載時に、章立てを時代順にしようと考えていたんです。でも時代順は途中でやめてしまったし、単行本にするときに章の順番を変えたりもしたんですが、この絵が始まりであることは変わっていません。これ、とても斬新な絵なんですよ。「東方の三博士」を描いた名画のほとんどは、ひざまずいて幼子イエスを拝む礼拝シーンを描いています。でもティソは、ラクダに騎乗し、キャラバンを組んで神の子のもとへ向かう三博士の旅程、という珍しいシーンを描いた。三博士のイメージを刷新する絵である上に雄々しくてカッコイイので、旅の始まりにふさわしいと思いました。

『旅の途上の東方三博士』ジェームズ・ティソ
1886~94年 不透明水彩・グラファイト・紙 20.2×29.2cm ブルックリン美術館(アメリカ)/提供:アフロ
──絵画の選定も、画家の選定も、バラエティに富んでいます。ティツィアーノ、ゴヤ、ドガ、ターナーといった有名画家のみならず、「知る人ぞ知る画家の名画も楽しんでほしい」と「あとがき」に書かれています。
今回はけっこうロシアの絵を取り上げました。その一つが「子供の旅」の章で紹介した、アレクセイ・ステパノヴィッチ・ステパノフの『鶴が飛んでゆく』です。ロシア内奥部の、貧しい村の子供たちが、鶴の渡りを見上げている。知らない世界へと飛び立っていく鶴の群れを見て、子供は旅の一歩を踏み出そうとしている……そんなシーンが、写実的に描かれています。ロシアには良い絵がたくさんあるのですが、日本ではまだまだ知られてないんですよ。ソ連時代は自由に旅行ができず、向こうの絵画を観られない時期が長かった影響があるのだろうと思います。
──カバーもロシアの絵ですね。ヴィクトル・ミハイロヴィチ・ヴァスネツォフの『空飛ぶ絨毯』。ロシアの民間伝承をもとにした絵で、凜々しい皇子が火の鳥とともに、美しい空飛ぶ絨毯で帰国するシーンが描かれています。
素敵な絵でしょう。飛行機を手にしてもなお、空を飛びたいというのは人類の憧れだと思います。ただ不思議なことに、日本では、たとえば畳などの道具や乗り物を使って空を飛ぶという民話を聞いたことがないんです。私が知らないだけかもしれませんが、日本人は、道具を使って鳥のように飛ぶよりも、自分が鳥になりたいという願望が強いのかなと。だからこそ「空飛ぶ絨毯」にエキゾチックな魅力を感じるわけで、そうした文化の違いも絵から感じていただけたら嬉しいです。
風景画家がこぞって描いた「横の線」
──「旅」を様々な角度から捉えているのも本書の魅力です。〈恋は、それ自体が旅のようなもの〉という一文から始まる「恋の旅」の章では、『エデンの園』(ヒュー・ゴールドウィン・リヴィエール)が取り上げられています。
信頼しきって相手を見上げる女性の笑顔が、この絵を忘れがたいものにしています。私の好きな絵ですね。
──二人の恋の旅の行く末を予想されていますね。ハラハラしながらも、心温まる未来予想図でした。
ハッピーエンドじゃないと可哀そうすぎますから(笑)。この絵は一九〇一年、ヴィクトリア朝最後の年に、イギリス人のリヴィエールによって描かれています。描かれている二人が結婚し、穏やかな家庭を営んでいたであろう時期に、未曽有の戦争、つまり第一次世界大戦がはじまった。そうした時代背景を踏まえながら、想像を膨らませました。

『エデンの園』ヒュー・ゴールドウィン・リヴィエール
1901年 油彩・キャンバス 123×94cm
ギルドホール美術館(イギリス)/提供:アフロ
──旅の移動手段たる「馬」「船」「鉄道」の絵も紹介されています。移動手段の変化は、旅に劇的な変化をもたらしましたが、なかでも「鉄の馬」と呼ばれた蒸気機関車を、風景画家はこぞって描いたと。
私たちは鉄道のある風景を当たり前と思っていますが、最初はものすごく異物感があったと思うんです。それまで山や丘陵や川といった自然の曲線と対立する建造物といえば、大聖堂のような「縦の線」でした。そこに、実に未来的な「横の線」がつくる景色があらわれた。風景を一変させた真っすぐなレールと、その上を猛スピードで動く鉄の塊を、どう表現するか。風景画家にとって、チャレンジし甲斐のあるテーマだったに違いありません。
──鉄道とともに出現したのが、「駅舎」です。駅舎には大勢の人が集まるからこそ、何かしら事件が起きる。そうした人間模様が子細に描かれた「絵を読む」面白さを、丁寧に解説されています。
この本では、オーストリア=ハンガリー二重帝国時代、ウィーンにあった「北西駅」が描かれた『ウィーン北西駅への列車の到着』(カール・カーガー)を取り上げました。駅舎といえば、モネの『サン・ラザール駅』が有名ですが、観たことのある方が多いだろうし、私も他の本で書いたことがあるので、今回は別の絵にしようと。ドイツ語圏の絵というのも珍しいだろうと思ったのです。当時は階級社会でしたから、列車内にもそれが反映されていました。一等車の貴族、二等車の中流階級、三等車の労働者階級が顔を合わせることはなかったということです。しかしそうした区分けが溶解する駅では、さまざまな物語や事件が生まれます。ちなみに西洋絵画は左から右へと読みといていくので、日本の縦書きの書籍とはちょっと相性が悪いところがありますね。
このように馬、船、鉄道までは画家のイマジネーションを刺激したのに、飛行機を描いた名画はほとんどないんです。小説や映画にはなっているけれど、乗客や空港を含めて、絵画には描かれていない。すでに写真の時代になっていたということもあるでしょうし、列車や船に比べて、飛行機は席に座ったらほとんど移動しないからかもしれません。実は当初、この本のラストを飛行機の絵でしめようと考えていたのですが、そういうわけで、別の絵になりました。
──ラストの章は「旅の終わり」で、ラストの絵はエドワード・ホッパーが自身の旅の終わりを描いた『二人のコメディアン』。人生をどうしめくくるかを考えさせられる絵です。
アメリカ人のホッパーは、近年、人気が出てきましたね。あまり描き込まない作風で、ハードボイルドのような雰囲気があって、観る人は何も説明されないからこそ、自分で物語を編み出さねば落ち着かない気分にさせられる。そういう力が、ホッパーの絵にはあると思います。他にもアメリカの絵画をいくつか選んでいます。できるだけたくさんの国の絵画を観ていただけたらと。
絵画が教える教訓
①早まってはいけない
②人の話を信じてはいけない
──旅の思わぬ「副産物」を描いた絵も楽しかったです。たとえばいつの世も、旅に〝出会い〟はつきもの。
『バッカスとアリアドネ』(ティツィアーノ・ヴェチェッリオ)ですね。ブドウと酒と陶酔の神バッカス(=ディオニュソス)は、旅の途中、電撃的にひとめぼれをする。その相手がアリアドネで、二人は幸せな夫婦になります。実はアリアドネは、駆け落ちした相手に捨てられ、死のうとしていたところだったんです。そこへ、前の相手よりずっといい男性が現れた。早まってはいけません、という教訓。
──今に続く副産物も生まれていますね。世界初のパックツアー(移動・宿泊・観光などを旅行会社がセットにして販売するパッケージツアー)が生まれた由来、勉強になりました。こういうところにビジネスチャンスがあるのかと。
面白いですよね。イギリスの伝道師が始めたんですよ。産業革命後、一八三〇年代から四〇年代にかけてのイギリスは、アルコール問題に悩まされていたんです。つらい肉体労働と低賃金に苦しむ人たちが安酒に逃げ込んでいたからですね。なんとかしたいと考えた伝道師の発想がユニークで、彼らがなぜ酒に溺れるのかではなく、なぜ自分は生活がつらくても酒に溺れないかと考えた。それは、伝道の仕事でいろんな土地に旅をするのが楽しいからだろうと。そこで彼は、酒よりも旅のほうが面白いことを体験してもらうために、今でいうパックツアーを安い値段でつくって参加者を募るんです。汽車に乗ってみたいと思っていた労働者たちが五百人も集まったというので、この本に載せた絵(『鉄道』より〈9忘れがたい旅〉オノレ=ヴィクトラン・ドーミエ)のように三等車はすし詰め状態になったでしょうが、そういうドタバタも旅の楽しみでしょう。その後、彼が立ち上げたのが世界初の旅行会社といわれる「トーマス・クック社」です。
──絵画には本当にたくさんの情報が詰まっている。それがわかると絵画はもっと面白くなるし、世界の見方が更新される。そういうことを中野さんの本は教えてくれます。
『怖い絵』を出したときからいっていることですが、日本では、絵画はただ感じればいいと考えられがちでした。一方で絵画の説明となると、タッチや構図といった技術的な解説が多かった。一般の鑑賞者にとっては、そうした観点よりも、絵画の背景や意味を伝えたほうが面白いだろうと私は思ったのです。絵画には、歴史や時代、画家の意図などが描かれています。背景となる知識をもって絵画を観ると奥行きが生まれ、たくさんのことが読み解けるようになります。絵画の描かれた時代と今を比べて、変わった点、変わらない点に気づくことで、ものの見方が広がるとも思います。この新刊も、そうやって楽しんでいただけたら嬉しいですね。
──まだまだ紹介したい絵はありますか?
もちろんあります。日本で意外と知られていない絵はたくさんありますし、絵って、突然発見されることもあるんです。面白い話があります。「怖い絵」展(二〇一七)で初来日した『レディ・ジェーン・グレイの処刑』(ポール・ドラローシュ)は、個人所蔵のため忘れられていた絵を、イギリスのナショナル・ギャラリーが買いとった。ところがテムズ河が氾濫したときに流されてしまった。といわれていたのですが、それを信じなかった学芸員が執念で探し続けて見つけ出したという歴史があります。まさしく名画に歴史ありで、彼の情熱のおかげで、私たちは目にすることができている。研究者は、自分の目で見て納得するまで、人の話を信じてはいけないということです。
あるいはものすごく傷んでいる絵を修復してみたらレンブラントの絵だった、ということが何年かに一度くらい起きるので、絵画の世界は面白いですよ。私は歴史も好きなので、これからも絵画と歴史を書いていきたいと思っています。

中野京子
なかの・きょうこ●作家・ドイツ文学者。北海道生まれ。
西洋の歴史・芸術に関する広範な知識をもとに、歴史や名画の解説書、エッセイを数多く執筆。2007年に上梓した『怖い絵』シリーズが好評を博し、17年に「怖い絵」展、22年には「星と怖い神話 怖い絵×プラネタリウム」を監修。著作は、人気シリーズ「名画で読み解く 12の物語」「名画の謎」「美貌のひと」のほか、『名画の中で働く人々「仕事」で学ぶ西洋史』『西洋絵画のお約束』など多数。





