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インタビュー/本文を読む

井上荒野『アクリル』
人はみな、物語になりたがる

[インタビュー]

人はみな、物語になりたがる

「自分で立てた問いを解き明かすために小説を書いている」という井上荒野さん。最新刊『アクリル』は、平凡な男・卓郎が妻・美幸の推し活によってゆっくりと狂っていく物語。すでに数多の作家に書かれた「推し活」も、井上さんの手にかかればまったく新しい側面が見えてくる。本作に立てた問い、そしてたどり着いた答えとは─。

聞き手・構成=清 繭子/撮影=藤澤由加

妻の推し活を夫視点で見てみたら

──本作の語り手は、小さな広告代理店の営業として働く卓郎。フリーライターの美幸と結婚し、それなりの人生を歩むつもりが、美幸は2.5次元ミュージカル「YO!YO!学園」にのめり込み、月岡つきおか千景ちかげという俳優が演じる「霧谷きりたにビョルン永劫えいごうのアクリルスタンドを夫婦の寝室にまで持ち込むようになって……。クールなイメージがある井上さんと「推し活」の組み合わせが意外でした。

 何かを無我夢中で推すということが自分にないからこそ、「推し活」を取り巻く人間の心理に興味を持ったんです。この小説を書くにあたって、実際に推し活をしている女性たちに話を聞きました。遠征したり、グッズを買い込んだり、年間何百万も推し活に使う本格的な人たちで、驚くことばかりだったのですが、いちばん気になったのが彼氏やパートナーはそれについてどう思っているのか、ということ。彼女たちからは「もちろん認めてくれています」「推しに向ける気持ちとパートナーに向ける気持ちは全然違うので」といった答えが返ってきたのですが、これ、パートナー側にも聞いてみたいなあと思ったんですよね。それで、妻の推し活を夫視点で書く、というアプローチを思いつきました。

──卓郎と美幸だけでなく、じつは女性のメル友と心を通わせていた卓郎の父や、危篤の父を捨てる母、美幸の推し活仲間の泰恵とその夫の白城しらきなど、様々な夫婦関係が描かれます。

 結婚って結構野蛮なことだと思うんですよね。全然違う人生を生きてきた人たちがたまたま出会って、一緒に暮らすようになって、結婚すれば夫婦というものになって、子どもを作って。でも、その人の過去も、思い描いている未来も、それぞれの中にあるじゃないですか。それが一緒に暮らしてうまくやっていくって、相当すごいことやってるよな、って思うんです。うちはうまくいっている夫婦ではあるんですけど、それでも時々、この人は誰だろう、なんで今この人と一緒にいるんだろう、って不思議な気持ちになるんですよね。
 今作も卓郎と美幸が夫婦という関係性だったからこそ、とんでもないところまで物語が転がっていったような気がします。

──美幸の面白味がなくてあか抜けないところが自分にちょうどいいと感じていた卓郎が、美幸の推し活が暴走していくにつれ、美幸という物語が、より特異で面白くあってほしいと願うようになります。

 以前、インタビューで「自分で立てた問いを解き明かすために小説を書いている」と答えたことがあったのですが、今回で言えばその最初の問いは「妻が推し活をしている夫はどういうふうにその妻のことを見ているんだろう」という単純なものでした。そこからプロットを立て、卓郎がどんな男なのか考え、最初の一、二話を書いたあたりで担当編集の方が「どうして卓郎は美幸と離婚しようと思わないんですかね」って言ったんです。そうだよね、どうして美幸から離れないんだろう……と考えていったら卓郎はじつは自己実現をしたがっていたんだ、ということにたどり着きました。
 人ってみんな、「自分だけの人生を生きている」という確信を求めているんですよね。人よりいい学校を出ているとか、お金を稼いでいるとか。そういうことがその確証になる人たちもいるでしょうし、私だったら小説を書くというのが、それ。
 卓郎は努力してもそこそこまでしか行けないことを自覚していて、その範囲内で、それなりのお嫁さんをもらって、子どもを作って、ある程度のお金を稼いで幸せに暮らす、それが最良の人生だと思って生きてきた人。けれど無精子症のために子どもができないということがわかる。じゃあ、どういうふうにすれば僕は幸せになれるんだろう、と考え始めるわけです。
 これはある種、恋愛にも似ている。なんであんな男と付き合ってるのって人から言われても、「でもあの人こういうとき優しいし」とか「この間こうしてくれたし」とか自分で自分に言い聞かせて突き進んでいっちゃうじゃないですか。同じことが卓郎にも起きていて、美幸の推し活がどんどんひどいことになっていって、夫婦の寝室にもアクスタを置くようになったり、仕事辞めたり、卓郎のお金を使い込むようになっていくんだけど、それすらも物語にして自分を納得させようとする。なんとかして幸せな物語に。私はこのグロテスクな、幸せへの希求を書きたかったんだ、と気づきました。

自分の「物語」を見せつけ合う現代

──美幸がハマっている「YO!YO!学園」はヨーヨーでバトルを繰り広げる男たちの物語で、ビョルンはスウェーデン人の船乗りを父に持ち、長い金髪を三つ編みにしてスウェーデンの国旗の色のリボンをしている……。とことん荒唐無稽に描かれていますね。

 編集者のみんなとご飯を食べているときに「YO!YO!学園っていうのはどう?」と言ったら、みんな乗っかってくれて「ラップに合わせてヨーヨーやるとか!」ってどんどんハチャメチャな設定になりました。馬鹿々々しければ馬鹿々々しいほど、それに真剣になる人たちの奇怪さが醸し出せるのでは、とハチャメチャなまま突っ走ることに。この小説のためにテニミュ(漫画『テニスの王子様』を原作とした2.5次元ミュージカルの先駆け)のファンクラブにも入ったんですよ。

──美幸が最初に持つアクスタが、2.5次元俳優の月岡千景扮するビョルンのアクスタ、っていうところがいいですよね。美幸が推しているのが、ビョルンなのか、月岡なのかはっきりしないところに「2.5次元を推す」ということの複雑さが表れていて、卓郎とともに読者も、やきもきさせられます。

 私も書きながら、美幸が本当に推しているのはなんなんだろう、と探っていました。「YO!YO!学園」が、原作、アニメ、2.5次元と、推す対象がたくさんあるコンテンツだからこそ、その中から美幸が選ぶものを見れば、美幸にとって何が大事なのかということがおのずと現れるはず、と。
 わかったのは、美幸にとっては「自分は今誰かのために一生懸命になっている」という、推すこと自体が大事だということ。つまり、美幸もまた自己実現の一種として推し活をしているんです。だから、月岡がプライベートで不祥事を起こしたとき、美幸は月岡のアクスタから、原作イラストのビョルンのアクスタにスッと鞍替えできるんです。

──秀でた容姿も特別な才能もない美幸は「何にもなれなかったからお母さんになりたかったの」と卓郎に打ち明けます。けれど、お母さんになるという自己実現が不可能になり、推し活にのめり込んでいく。そういえば、美幸の推し活仲間もみんな子どもがいません。

 単純に推し活って日本全国追っかけなきゃいけなかったりするから、子育て真っただ中には時間的に難しいと思います。けれど、子育てが一段落すれば、道は分かれていくんじゃないかな。子どもとの生活に満たされる人もいるだろうし、その生活が退屈になってきて推し活が再燃する人もいるだろうし。子どものあるなしにかかわらず、人はやっぱり何かしらで自己実現を求めるのだと思います。

──卓郎は推し活する美幸を推すようになり、彼女をどんどん物語化して、美幸ではなく、その物語を愛していくように見えます。それが、育児記録も恋愛模様も家族トラブルも、なんでもかんでもSNSにアップする現代人の姿と重なりました。

 今は自分を物語化しやすくなっていますよね。SNSを見ていて面白いなと思うのが、「電車の中でこんなにひどい目に遭いました」みたいなのが流れてくるじゃないですか。逆に「困ってる人を助けてあげた」みたいなちょっといい話も頻繁に流れてくる。その中に、「ああ、これ作ったな」って思うものがあるんですよ。小説家にはわかるんです(笑)。ああいう話って定型があって、その細部を変えて、自分に起きた話に作り替えちゃう。
 私はそのことの是非というより、それを書いてこの人は何を得るんだろう、ということが興味深い。今までは、せいぜい自分の頭の中の記憶を都合よく編集していたものが、今は話自体を乗っ取って、自分を主人公にして、しかもそれを公開して、見知らぬ人からたくさんいいねをもらう。
 これまで美幸の物語を推していた卓郎も、それでは飽き足らず、自分の物語を作ろうとします。その原動力もすべて、自己実現したいという欲求から来ているんですよね。

夢中になれない私たちへ

──卓郎も美幸もセックスが苦手です。そのことと生身の人間じゃない2.5次元を崇めるようになるというのは関係しているのでしょうか。

 それはあると思います。以前『錠剤F』という短編集を書いたときに編集者の方から、今の若い人の中にはパートナーに性的な欲望を抱くことが暴力だって感じる人がいるらしい、という話を聞いてすごくびっくりしたんです。
 それに、この二人って「これが幸せなんだ」っていう理屈で生きていく人たちなんですよね。でも肉体関係って理屈じゃないところがある。この二人が、セックスで仲直り、みたいなことができる夫婦であれば、ここまでの事態にたどり着かなかったかもしれません。

──卓郎は、推し活に身を燃やす美幸のことを「純粋」だと讃え、浮気を持ちかける女性に対しては、「純粋じゃない」と見下します。後半、「純粋」という言葉が何度も出てきますね。これも、現代のセックス離れと通じているのでしょうか。

 というより、これもまた自己実現の一つの形なんです。何かに心の底から真剣になれるということが、今すごく羨望されていると感じます。
 思えば、私もそうでした。父が見つけてきたある私立の高等部に入ったのですが、そこは油絵でも陶芸でもブラスバンドでも、自分の好きなことを何時間でもしていいという特殊な教育方針だったんですよ。けれど私は何を試してみても、みんなのように夢中になれなかった。そんな自分に当時はものすごくコンプレックスがあったんです。何か見つかれば、という父の期待も感じていましたし。成長するにつれ、何かに夢中になるということもまた一種の才能なんだなと思うようになって、そういうコンプレックスはなくなったんですけれど。

──卓郎は自分の人生を物語化している自覚があるから、美幸の「純粋」に憧れるのかもしれませんね。

「純粋」っていうのだって、ある種の思い込みじゃないですか。これが好きで好きでしょうがないっていう推し活自体、思い込みの部分がある。でも、そういうものなんですよね。
 タイトルを「アクスタ」ではなく『アクリル』にしたのは、いろんなイメージを重ねられるからなんですが、その一つに「偽物っぽさ」がありました。みんな、どこかで自分の偽物っぽさを自覚していて怯えている。だから懸命に物語を作ろうとする。でも、みんなそうしているんだよ、悪くないよ、という思いがあります。
 推し活にのめり込んでいく美幸も、その美幸にのめり込んでいく卓郎も、どんどんグロテスクになっていって、こんなの特殊なケースだ! 私はちがう! と思うかもしれませんが、それでもどこかしらドキッとする部分があるんじゃないかな。

──なるほど。この小説はじつはみんなを肯定しているのかもしれないですね。そうやって生きていく人間たちを。

 そうですね。私もこういうところあるよなって思ってくれたら大成功です。

井上荒野

いのうえ・あれの●作家。1961年東京都生まれ。
成蹊大学文学部卒業。89年「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞を受賞。2004年『潤一』で第11回島清恋愛文学賞を、08年『切羽へ』で第139回直木賞、11年『そこへ行くな』で第6回中央公論文芸賞、16年『赤へ』で第29回柴田錬三郎賞、18年『その話は今日はやめておきましょう』で第35回織田作之助賞を受賞。著書多数。

『アクリル』

井上荒野 著

7月24日発売・単行本

定価2,200円(税込)

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