[採録]
歴史に仮託して現代人の心情や行動原理を書く。それが私の歴史小説であり歴史小説観です
北方謙三さんが〝人生の集大成〟と明言する一大歴史巨編『森羅記』シリーズ。第一巻『
構成=砂田明子/撮影=相馬徳之(千代田スタジオ)

──イベントは北方さんのひとり語りからスタート。
こういう会は久しぶりで、今日は楽しみに来ました。以前は定期的に、読者108人との「北方
今日は何でも聞いてください。質問というのは一対一の真剣勝負。怖いけど、面白いですよ。
日本人の不屈さを書く
質問の前に、新しいシリーズについて少しお話しします。『チンギス紀』は「紀」、『森羅記』は「記」です。『チンギス紀』は一人の物語ですが、『森羅記』はたくさんの人の物語、つまり群像だから「記」なんですね。たくさんいる登場人物のうち、主人公の一人が日本人で
この松浦水軍や、
これまで、つらい物語も書きましたが、最終的には楽しめるもの、読んでよかったなと思えるもの、誰にでもわかるものを書きたい。小説というのは小学生とまではいわなくても、中学生が読んでもわかるものでなくてはならないんです。同時に、本当は誰にもわからないのが創造物です。そうしたものを目指して最後まで書き上げますから、皆さん、今後サイン会などで、「完結させてください」は禁句ね(笑)。死ぬと思われてるんだな、と思いますからね。

夜中、書けない自分を斬る
──ここからは質疑応答の一部をご紹介します。
Q いつか
全然考えていません。長編は『チンギス紀』でやめるつもりだったから。終わったころには立ち上がることもできない状態で、
それでも書こうと思ったのは、『チンギス紀』を終えると、その先が見えたからです。蒙古では帝位争いがあって、クビライが皇帝になる。クビライが何をしたかといえば元寇で、そのときに対抗するのが北条時宗である。時宗の親父やじいさんの時代から大陸の脅威が受け継がれてきた状況のなかで、もしかしたら本当の日本人を書けるかもしれない、と思ったんです。初めから書こうと思っていたと言えたらよかったかもしれませんが、時宗を書こうと思ったのは、『チンギス紀』の後ですね。
Q 『破軍の星』以来のファンです。当時と今と、歴史小説の捉え方、書き方、思いに違いはありますか?
全くありません。まず歴史小説を書くと往々にして、何年何月何日に何々があったとか、この騒乱はこういう意味があったとか、歴史解説を書きたくなるもので、現に書いている作家もいます。そういう書き方の頂には司馬遼太郎さんがいて、その山を越えるなんて、とんでもないことです。
私はそうした歴史小説を書いていません。歴史学にも基づいていません。何を書いているかといえば、要するに、ハードボイルド小説なんです。描写で物語を紡いでいく。そして、書いているのは現代人です。歴史に場所は借ります。歴史的な事象も借りる。歴史に仮託して現代人の心情や行動原理を書くのが私の歴史小説であり歴史小説観で、これは『破軍の星』の頃から今にいたるまで、全く変わっていません。
Q 「
当然ありますよ。まず万年筆。これは仕事の道具だから手の延長みたいなものです。それから日本刀を持っています。夜中に、畳表を丸めた巻き藁をじっと見るんです。じっと見ていると、自分自身に見える瞬間がある。その瞬間、日本刀でスパッと斬るわけ。よし、書けない自分を斬った、さあ書こうと、机に向かうとまた書けない自分がいるんだ(笑)。そういうふうに精神統一したいときに日本刀を見たり、斬ったりします。
Q 先生が愛用されている万年筆、「
ちょっと待ってね。「黒旋風李逵」をお見せします。
(現場で披露&歓声)
前はこれで原稿を書いてましたが、使っているうちにペン先が太くなってくるんです。そうすると一字一字が潰れるから、今はサイン用にしています。

愛用の万年筆を掲げる
「ブラディ・ドール」シリーズは私にとっての「梁山泊」
Q 今年、先生のファンになりまして、皆さんに追いつこうと、一心不乱にたくさんの作品を読んでいるところです。私は仕事柄、食品に興味があるんですが、先生の作品には現代の日本にはない美味しそうな食べ物がたくさん出てきます。いちばん食べたいものは何か、お聞きしたいです。
『森羅記』は海の物語だから、日本人がよく食べる魚がたくさん出てくるのとは違って、『チンギス紀』は、羊しか食べてないわけ。で、生の羊肉にかけて食べるとほっぺが落ちそうになっちゃうという調味料を書いたんです。選ばれたやつしか食わせてもらえないという秘伝のタレ。それを自分で作ってみたい。新しい読者になってくれてありがとうございます。
Q 今の時代、男として生きるってどういうことでしょうか。
そういうことを難しく考えない。だけど、一言だけ言いましょう。簡単だよ。約束を破らない。卑怯なことをしない。二つだけ守れば大丈夫。約束を破らないと決めた瞬間に、いい加減な約束はできなくなるんだよ。卑怯なことをしないと決めた瞬間に、ヘンなことはしなくなる。そうやって背骨を持って生きていれば、人生間違うことはありません。頑張れよ。
Q 先生のご著書の中では「ブラディ・ドール」シリーズと「約束の街」シリーズが好きで、気持ちが落ち込んだときに読み返しては元気づけられています。先生の中でこれらのシリーズにはどのような重きが置かれているか教えていただきたいです。
初期に書いた「ブラディ・ドール」は男たちが集まってきて命を削る物語で、これは私にとっての「梁山泊」なんだね。たとえば藤木というキャラクターは、『水滸伝』の
そろそろ時間が迫ってきました。皆さん、小説があってよかったと思いませんか。創造物は、生きるためには必要ないけれど、人間らしく生きるためにはあったほうがいい。私はそういうものを書いている自負があるし、これからもできる限り力を尽くします。今日はこんなにたくさん来てくださって、優しい皆さんと話ができてとても嬉しかったです。また会いましょう。


北方謙三
きたかた・けんぞう●1947年佐賀県生まれ。
中央大学法学部卒業。70年、同人誌に発表した「明るい街へ」が雑誌「新潮」に掲載され、デビュー。81年『弔鐘はるかなり』で単行本デビュー。83年『眠りなき夜』で第4回吉川英治文学新人賞、85年『渇きの街』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。2004年『楊家将』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝』(全19巻)で第9回司馬遼太郎賞、07年『独り群せず』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝』(全15巻)で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。13年に紫綬褒章を受章。16年「大水滸伝」シリーズ(全51巻)で第64回菊池寛賞を、17年同シリーズで第6回歴史時代作家クラブ賞特別功労賞を受賞。20年に旭日小綬章を受章。24年『チンギス紀』(全17巻)で第65回毎日芸術賞を受賞。『三国志』(全13巻)、『史記 武帝紀』(全7巻)ほか、著書多数。






