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宮下奈都『とりあえずウミガメのスープを仕込もう。』(集英社文庫)を、あわいゆきさんが読む

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一人ひとりの思い出をよみがえらせる

「ウミガメのスープ」ときくと、有名な水平思考クイズを思い浮かべるひとは多いだろう。ある男がレストランでウミガメのスープを注文し、一口飲んだあと自宅に帰り、自殺した—その理由を推測していくクイズだ。手がかりとなるのは、男がウミガメのスープに対してどんな思い出を持っていたか。私たちがその料理を目にしてもわからない、個人的な「記憶」を想像することが、解答につながる。
 エッセイ集である本書にも、作者にしか思い出せない「記憶」がいくつも詰まっていた。書かれているのは、食事にまつわる作者の私生活。そして最たる魅力は、誰しもが無関係ではいられない食事とその楽しさを、夫婦と三人の子どもからなる、きわめて個人的なエピソードとして書き連ねる自由な筆致だ。家族総出で漬ける梅、冬に食べる水ようかん、夫が作った豚汁など、この家族でなければうまれなかったエピソードであふれており、家族の団欒を微笑ましく読み進められる。
 それだけではない。たとえば作者が受験中の息子にカツ丼をつくろうとしてきっぱり断られたエピソードを読みながら、それじゃあ自分はカツ丼にどんな思い出があっただろうと、本作は私たちの記憶まで引っ張り出してくれる。作者の生活に触れ、自らの過去も想起する—二重に楽しめるようになっているのだ。
 また、本書には短編小説「ウミガメのスープ」が併録されている。イラストの公募展で受賞した女性がプレッシャーに苦しむなか、元気をだすために料理をしたらどうかと妹に勧められる物語だ。そしてタイトルの元ネタは、多くのひとが思い浮かべるであろう水平思考クイズ、ではない・・・・
 では、「ウミガメのスープ」は何を意味しているのか? その答えは直接読んで確かめてほしいが—タイトルからつい連想するイメージとの不一致は、同じ食べものでも一人ひとり別の思い出があり、それゆえに異なる景色を見せてくれることの証明にもなっていた。作者だけの景色を、ぜひ目の当たりにしてほしい。

あわいゆき

●書評家、ライター

『とりあえずウミガメのスープを仕込もう。』

宮下奈都 著

5月21日発売・集英社文庫

定価902円(税込)

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