[特集インタビュー]
ハレよりもケの食事のほうが奇跡
四歳のときに光を失ったシーンレス(全盲)の三宮麻由子さん。仕事と生活の拠点を得て自立した生活を送るも、コロナ禍で買い物に行けなくなり八方塞がりに。試行錯誤を重ねて宅配サービスを使い始め、さまざまな食材と出会い、新しい道具と付き合いながら、日々の食卓を整えていきます。食べることは喜びであると同時に、「自身と対話することでもある」と書く三宮さん。『奇跡の食卓』には、自分なりの丁寧な暮らしが瑞々しく綴られます。刊行を機に、親交のある阿川佐和子さんとの対談をお届けします。
構成=砂田明子/撮影=大槻志穂

ぜいたくな食事じゃないからこそ
阿川 お久しぶりでございます。
三宮 よろしくお願いいたします。『鳥が教えてくれた空』を集英社文庫から出したときも、阿川さんに対談していただいたんですが、あれは二〇〇四年でした。
阿川 そんなに前でした?
三宮 もう四半世紀前です。でも、その後、何度か食事に誘っていただいたり、最近はLINEを交わしたりしているからか、あまり久しぶりという感じがしないのですが。
阿川 『鳥が教えてくれた空』を、私はNHKの番組で知ったんです。もうね、感動して、落ち込んだときにこの本を読むと元気になると、あちこちで喋っていまして、いまだにテレビや講演などで喋りまくっています。
三宮 うれしいです。
阿川 だから私は三宮さんに、お礼をしなくちゃいけない立場なの。この新刊に、『つや姫』のことを書いていただいていますが、遅きに失していたわけです。
三宮 とんでもないです。阿川さんがテレビコマーシャルに出られていた山形県のお米『つや姫』を送ってくださって、本当においしくいただきました。おにぎりを握りたくなるお米です。
阿川 こちらこそ、お酒をいただいたこともあって、いやいや違うだろうと。
三宮 阿川さんのようなグルメな方には何をお送りしたらいいかわからなくて、お酒になってしまうんです。
阿川 そのセリフ、今日は三宮さんにお返しします。頭が良くて、何に対しても行動力と好奇心と探求心にあふれていらっしゃることは昔から知っていたけれど、食に対して、これほどとは。
三宮 何をおっしゃいますやら。
阿川 ご本を読んで、科学者か、キミは! と何度も叫びましたよ。もちろんシーンレスという状況があるから、安全面や衛生面についてよく調べなくちゃいけない。でも三宮さんの探求心はそういうことを超えている。足で稼ぎ、口で確かめ、手を使って試し、人に聞き、ネットを駆使し……感服いたしました。
三宮 いえ、ぜいたくな食事じゃないので、なんとかおいしくしようと思って、あれこれやってるだけなんです。
阿川 そういうのを、ぜいたくな食事っていうんですよ。
三宮 ありがとうございます。
阿川 自立されてどれくらいですか?
三宮 十五年です。最初のころは実家と行ったり来たりで、甘ったれ状態だったんですが。
阿川 もうそんなに。そもそも親元を離れて一人暮らしを始めようと思ったのは、どういうきっかけだったんですか?
三宮 小さいころから両親に、いつかは面倒みられなくなるから、結婚してもしなくても、一人で生きていけるようになってねと言われていたんです。言われなくてもやるもんっ、と思っていたんですが(笑)、通信社でニュース記事翻訳の仕事を始め、エッセイの仕事も増えてくると、帰宅時間が不規則になってきたんです。夜遅くなると危ないので、駅近の物件がいいなと。それから私はピアノを弾くので、グランドピアノを置ける家でないといけない。そういう条件を満たす家が見つかるまで十年くらいかかってしまって。
阿川 でも見つかった?
三宮 はい。それも実家から近く、信号を渡らないで駅まで行ける物件が見つかりました。私以上に、父と母が気に入って、ここしかない! と。
阿川 それは、奇跡の引っ越し!
三宮 だったんですが、そこから、冷蔵庫の前で途方に暮れる毎日が始まりました。引っ越した直後、母が山ほど食材を買って冷蔵庫に詰め込んで帰っていった後で、どうしたらいいんだろうって。
料理本を週一、二冊は読んでます
阿川 実家では料理はしていなかったんですか。
三宮 まったく。手伝いもしていなかったし、家では包丁さえ持ったことがなかったんです。学校の合宿で生まれて初めてジャガイモを切ったら、見事に手をざっくり切ってしまって。
阿川 キャー。
三宮 今でも食材を切るのは上手くないです。
阿川 スライサーは使わないの?
三宮 母から禁止令が出ています。自分の手と食材の位置が確実にわかるので、まだ包丁のほうがいいんですよ。
阿川 実は私もね、スライサーはちょっと苦手なんですよ。手を切りそうで。
三宮 阿川さんでもそうなら、私は無理ですねえ。
阿川 最初に作った料理は何でした?
三宮 ご飯を炊くことから始めて、次はお味噌汁かな。とりあえず野菜でも何でも入れて煮れば出来上がるから。
阿川 でも火を使うのも怖くない?
三宮 IHクッキングヒーターなので、なんとかなっています。IHにしたのはシーンレスの先輩のアドバイスを受けて。
阿川 そういう方がいるのは心強いね。
三宮 はい。自立の先輩はじめ、会社の人や友人、母からも教えてもらって、できることが増えていった感じです。
揚げ物など、やらないこともありますけど。
阿川 いや、もうすぐやる気がする、三宮さんなら。だってこの本を読むと、三宮さんの探求心はすごいもの。調理法も、食材も、調理道具もどんどん新しいものを取り入れて。
三宮 実は私、今日の対談を待っていたかのように、新ネタができたんです。
阿川 なになに?
三宮 「重ね煮」ってご存じですか?
阿川 豚肉とキャベツを重ねて煮る、みたいなやつ?
三宮 そう思ってたんですよ、私も。その「重ね煮」は違って、陰陽の考え方に基づいた順番で食材を重ねていくんです。太陽に向かって上に伸びていく「陰性」の野菜を下に置いて、土に向かって下に伸びていく「陽性」の野菜を上に重ねていく、という調理法なんですが、阿川さんもご存じない?
阿川 なにそれ! ぜんぜん知りません。この本に書いてあることも知らないことだらけだったけど……。
三宮 私はこれまで、火の通りにくいものを下に置いていたんですが、この概念をひっくり返されました。「重ね煮」では一番下がキノコで、その上に葉物野菜、次に根菜を置く。肉や魚は一番上。好きな食材でいいんですが、陰陽の順番が重要なんだと。早速、ルーティーンのスープを、この順番でおそるおそるやってみたら、野菜の味も、スープの味も、まったく別物が出来上がりました。
阿川 すごい。どこで習ったんですか?
三宮 野菜ソムリエさやさんの本(『野菜ソムリエさやが教える 超かんたん!重ねて煮るだけレシピ』)を読んだんです。調べてみたら、食養料理家の小川
阿川 歴史が古いのね。料理本もよく読まれるんですか?
三宮 図書館が音訳してくれたものをダウンロードして、毎週、一、二冊は読んでます。
阿川 なんと。次は料理本書けるな。
簡単&おしゃれ阿川さんの「すり流し」レシピ
阿川 「重ね煮」を教えていただいたお礼に、私のレシピもいいですか。
三宮 うれしい! 教えてください!
阿川 少し前に、野菜料理がおいしいと評判のお店に行ったんです。その日、私は胃の具合がちょっと悪かったんだけど、その店で出てきた「大根のすり流し」を食べたとたんに元気になったの。以来、すり流しに凝ってて。
三宮 どうやって作るんですか?
阿川 大根でもカブでもいいんですが、最初は大根でやったかな。大根を蒸して、柔らかくなったらミキサーに入れて、インスタントの鰹だしを加えてギュイーン。だし昆布も細かく切って入れてギュイーン。何でもいいんですよ、干しシイタケでとったスープの残りがあればそれも入れてギュイーン。片手鍋に移して火をつけて、ちょっとコクが足らなかったらチキンスープの素を加える。あれば生クリーム、ないときは牛乳をちょっと入れて、塩コショウで味を調える。自分で言うのもなんだけど、これがとってもおいしいの。いろんな野菜でやってます。
三宮 お馬鹿な質問で申し訳ないんですが、ポタージュとはどう違うんでしょうか?
阿川 いい質問です。私も調べました。ベースと出来上がりの違いで言うと、和風だしで、素材感が残っているざらざらしたものがすり流し。チキンストックを使って、ミキサーでとろとろに
三宮 和風ポタージュみたいな感じですね。
阿川 そのとおりでございます。熱々でもおいしいし、冷蔵庫で冷やして、冷たいスープとして飲んでもいけます。
三宮 いいですね、おしゃれですね。
阿川 おしゃれというか、簡単なのよ。
三宮 阿川さんは必ず、自分の味にアレンジされますよね。以前、一緒にお食事したときに感動したんです。炒めご飯みたいなものが出たときに、何かをかけようと阿川さんが言われるのを聞いて、そのまま食べないんだなと。
阿川 ごめんなさい。加工癖があるんです。昔からそうなの。エンゲル係数の高い父だったので、家族を連れて、たとえば中華料理屋さんに行きますよね。昔は大きなお皿でドンとくるから、丸いテーブルをぐるぐる回してみんなで分けて食べるでしょ。あっという間に具がなくなってソースだけの状態になった皿を、お店の人が下げようとすると、家族全員が「待て」と。この中にご飯を入れて食べるのが楽しみなんだからと。全員がそう思っている、ヘンな家族でございました。
家でも、何を作っても自分好みに加工したくなるんですけど、私のすり流しは三宮さんにオススメできるかなと思ったんです。ミキサーはありますか?
三宮 バーミックス(bamix)があります。
阿川 何でもあるのね、本当に。
三宮 道具に頼らないと私は何もできないので。
阿川 ものすごく道具を使いこなされていて。保温調理鍋、私はこの本で初めて知りましたよ。
三宮 いえ、使いこなせない道具もあって、その一つが圧力鍋なんです。どうしてもやりすぎて煮崩れてしまって。
保温調理鍋だとうまくいくようになりました。
阿川 サーモス(THERMOS)のものがいいんですね。
三宮 私にとってはそうですね。サーモスオタクと言われています(笑)。
玉ねぎが落ちているかをアプリが教えてくれる
阿川 スマホやネットの機能の進化も、三宮さんの自立の支えになっているんですね。商品のパッケージに記された成分や賞味期限の文字が、かなりの精度で読み上げられるようになっていると。
三宮 進化はすごいです。以前は、賞味期限はどうしても読めなかったんですが、今は9割方、読めます。さらにAIの登場で、写真を分析して教えてくれるアプリが出たり。
阿川 どうやって使うんですか?
三宮 この前、キッチンで小粒の玉ねぎを落としたんです。二つ拾ったんだけど、これで全てかどうかが私にはわからないので、そういうときにキッチンの床を撮影してアプリに送ると、「キッチンの床に小さな
阿川 なんと! そういう時代になっているのね。一方で、宅配を届けてくれる担当者さんとの交流も書かれていますね。三宮さんがシーンレスだと知って、ケアしてくれるんですか。
三宮 そうですね。ありがたいです。
阿川 やっぱり人との交流も大事ね。
三宮 宅配つながりで、一つ、感動の話をしていいですか。
阿川 もちろんです。
三宮 愛用している宅配サイトで、あるときから無印良品のカレーを扱ってくれるようになったんです。大好きなのでうれしかったんですが、辛さのマークが載ってなかったんですよ。絵(画像)ではあるんだけど、私たちが読める状態ではなかったんです。
阿川 甘口とか中辛とか激辛とかね。
三宮 そう。0辛から6辛まであるんですが、知らずに激辛を食べたら人によっては大変なことになるじゃないですか。私は、辛さマークがあると知ってたから、電話で聞けたんですが、マークがあること自体を知らない人はそうできないので、テキストで読めるようにしてくださいとメールしたんです。
阿川 偉い。消費者の声を送ったのね。
三宮 しばらく音沙汰なかったので対応なしかなあと思っていたら、二か月後くらいに返事をいただきました。検討しているのでもう少しお待ちくださいと。そうしたら、本当にテキストで「〇辛」と表示されるようになったんです。
阿川 ステキ~パチパチパチ(拍手)。
三宮 時間がかかっても、声を届けるのは大事だなと思いました。
阿川 ホントね。使っている人じゃないと、気づかないこともあるでしょうからね。
厳しく躾けてくれた母への感謝
阿川 この本で初めて知ったことがたくさんあるんだけど、これもそうです、食卓の状態を時計の文字盤に見立てる方法。
三宮 クロックワイズですね。
阿川 シーンレスの方にはこうやって伝えるとわかりやすいんだなと、教えられました。お皿の十二時の位置にはこれがあって、九時にはこれがありますよと。
三宮 そう言っていただけるとうれしいです。啓蒙的な意識で書いたわけではないんですが。
阿川 だからいいんですよ。テーブルマナーという点では、和食より洋食のほうがラクなんですって?
三宮 そうですね。和食は皿数が多いので難しいです。クロックワイズは西洋式で、アメリカに留学したときに学んだんですが、アメリカにいたときのほうが食事はラクでした。マナーの違いに加えて、アメリカ人はいろんな意味で大らかで、彩りが悪いとか、よそい方が雑だとかをあまり気にしないというのもあって。
阿川 ご自宅ではお母さまの食事の
三宮 だから食事は全然楽しくなかったですね。でも、そのおかげで、今は楽しいです。会食を楽しめるレベルまで教育をしてくれた母には感謝しかありません。
阿川 今は自宅の食卓も、人と囲む食卓も大事にされていて。
三宮 もちろん自宅が基本です。阿川さんのように外で作ってもらうことは稀なので。
阿川 私も意外に作ってますよ。やっぱりね、コロナ禍で変わりました。しかも一人だったら手を抜くけれども、亭主という動物がうちにいるようになると。
三宮 愛する方がいらっしゃるとね。
阿川 なんとか毎日三食作るようになって、もしかして私、料理が好きかもしれないと思うようになってきたの。
三宮 あれほど食や料理を深めていらっしゃる阿川さんでも、そういうふうに気づくんですか。奥深いですね。
阿川 いえいえ、食い意地ははってるけれど、質素に生きておりますよ。三宮さんはいかがですか。自立して自分で食事を作り、お弁当を作り、時々会食もあるという生活を送るようになった最近の食事の在り方はどんな感じ?
三宮 自炊を始め、さらに宅配で産地や生産者の方、届けてくれる方を意識するようになるとますます、食事って奇跡だなと実感します。今、世界にはいろんな困難がありますよね。翻訳の仕事で悲しくなるニュースを訳したあとにランチを食べると、スープ一杯であっても、なんてありがたいんだろうと身に沁みます。私はすべての食事に感謝していて、「いただきます」は最高の言葉だなと。ハレの食事よりもケの食事のほうが、ずっと奇跡なんじゃないかと思っています。
阿川 本当にそうですね。三宮さんのさらなる進化をまた聞かせてくださいね。
三宮 今日はありがとうございました。

三宮麻由子
さんのみや・まゆこ●エッセイスト。
東京都生まれ。4歳の時、病気のため失明。上智大学文学部仏文科卒業後、同大学大学院博士前期課程修了。外資系通信社でニュース記事翻訳に従事。デビュー作『鳥が教えてくれた空』で第2回NHK学園「自分史文学賞」大賞受賞。『そっと耳を澄ませば』で第49回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。エッセイに『世界でただ一つの読書』『四季を詠む 365日の体感』『わたしのeyePhone』等。絵本に『おいしい おと』『でんしゃは うたう』『バス はっしゃしまあす』等。

阿川佐和子
あがわ・さわこ●作家、エッセイスト。
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。TBS『情報デスクToday』『筑紫哲也NEWS23』ほかでキャスターを務めたのち、執筆を軸にインタビュー、テレビ等で幅広く活動、俳優業もこなす。著書に『ああ言えばこう食う』(檀ふみとの共著、講談社エッセイ賞)『ウメ子』(坪田譲治文学賞)『婚約のあとで』(島清恋愛文学賞)『聞く力――心をひらく35のヒント』『阿川佐和子のきものチンプンカンプン』『吾も老の花』等多数。





