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月村了衛『テロル』を豊﨑由美さんが読む

[本を読む]

日本社会を蝕む黒い構造

 現実に起きた事件を題材にとる作品は多いけれど、月村了衛の『テロル』ほど大きなインパクトをもたらすフィクションもそうはない。
 主人公〈おれ〉は三上みかみひろし31歳。生まれてすぐ両親が離婚し、母親も三上が高校卒業前に死亡。さまざまな仕事を転々とした挙げ句、非正規社員として警備会社に勤務している。頼れる肉親も、恋人も友人もいない。そんな孤独な男が「テロリズム」「テロリスト」についての思考に沈潜するきっかけになった事件が、宗教二世・松原まつばら瑛爾えいじ36歳による元総理大臣射殺事件なのである。
 事件の映像に強い衝撃を受けた三上は、少しでも松原への理解を深めようと宗教二世のための交流勉強会に参加し、そこで沼井ぬまい健人けんとと意気投合。2人で松原瑛爾の研究会を立ち上げ、そこに(ジャニーズ事務所を彷彿とさせる)ジュナイブ事務所の被害者を名乗る市東しとう純也じゅんやも加わる。その後、三上は警備会社の元同僚でユーチューバーに転身した桑田くわたから、彼が作っている「元総理暗殺の真相 あの教団とは無関係だった」をはじめとするヘイトと中傷とデマにまみれたフェイク動画は、SNSの大量投稿と同じでオーダーがあってやっているという仕組みを聞き出し、自分が成すべきはその最初の発注者の正体を暴くことだと決意するのだけれど―。
 世間から「インセル」「弱者男性」「チー牛」と揶揄される底辺男性のひとりだった三上が、誰もできない“偉業”を成し遂げた松原に心酔し、自分も松原のようであらねばならぬと思い定め、考え行動する。その過程で作者は、国が国民を欺き、格差や差別を助長し、我々は我々で明らかなデマに簡単に踊らされといった、日本社会を蝕む黒い構造の数々を明示し、批判していく。そうした批判は三上を通して放たれるので、読者には悲鳴のように鋭く突き刺さるのだ。
 物語終盤、さまざまな経験を通して認識を深めた三上は自分なりの「テロリスト」「テロリズム」の定義を獲得し、松原との一体化を果たす。その光景がもたらす空虚と絶望に思わず共感を覚えてしまう自分が、わたしは怖い。

豊﨑由美

とよざき・ゆみ●書評家、ライター

『テロル』

月村了衛 著

5月26日発売・単行本

定価2,035円(税込)

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