[本を読む]
人新世の破局に備えるフェミニズム
「人新世」という時代区分が提唱されてから随分経つ。時に「男新世」だと揶揄されもするこの概念をめぐって、本書は大胆な発想の転換を試みる。たしかに、その不十分さは明白だし、また、社会階層や国・地域によっても大きなばらつきが見られるけれど、人類史的に言えば、現代は女性解放が最も進み、男女平等が最も実現した「人類学的革命」の時代、すなわち「女新世」だと本書は宣言する。そこには、エマニュエル・トッドの統計学的な視点が活かされている。
その上で、この「女新世」を砂上の楼閣にしてはいけない、と著者は警告する。危惧されているのは、男性たちの復讐ではなく、現在のフェミニズムの方向性である。果たして、女性解放はイデオロギー的な「闘争」と「要求」によって実現したのか。いやむしろ、人類が種としてサヴァイヴする過程で改良してきた物質的な生活条件(インフラ)が整備されて初めて、女性たちは解放を手にしたのではなかったかと、著者はフェミニズムの「足もと」の再確認を呼びかける。
本書が強調するのは、性やジェンダーの意識革命という上部構造を下支えしている、出産・育児をめぐる医療・保健環境や産業技術の進歩といった下部構造の重要性である。他方、危惧されているのは、この下部構造を当たり前のものとして等閑視し、過度な理論化に力を注ぐ一部の仏フェミニズムに見られる方向性である。いくら理論を前衛的にしても、エネルギー資源や医療資源の枯渇といった地球規模の破局によって下部構造が機能しなくなったら、「女新世」はいともたやすく崩壊し、世界は女性解放以前の時代に、体力(最悪なのは暴力)を第一原理とする世界に逆戻りしてしまう。こうした現実的な危機意識が本書にはある。
地球温暖化やコロナ禍を経験し、ウクライナ、イランでの大国による資源戦争を目の当たりにしている私たちにとって、地球規模の破局に備えることは、もはやSFではない。その意味で、本書が呼びかけるフェミニズムの発想の転換は、人新世時代のあらゆるイデオロギー闘争のゆくえを考える上で、その闘争の根本的な意味に立ち返らせてくれるという点で、とても刺激的だった。
福島 勲
ふくしま・いさお●早稲田大学教授





