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星野博美『野馬追で会いましょう 相馬の馬文化と震災後の日常』(集英社新書)
馬に乗るとタイムスリップして、昔の人の気持ちに近づけるんです

[インタビュー]

馬に乗るとタイムスリップして、昔の人の気持ちに近づけるんです

『島へ免許を取りに行く』(集英社文庫)で、馬との出会いを書き、『馬の惑星』で馬を訪ねてモンゴル、スペイン、トルコへの旅をつづった星野博美さん。最新刊の『野馬追で会いましょう 相馬の馬文化と震災後の日常』は、福島県相馬地方に伝わるお祭り、相馬そうま野馬追のまおいをテーマにしたノンフィクションです。浪江町なみえまちでの出会いから、相馬野馬追の歴史と現在、相馬の人々が経験した震災と復興へと話題を広げたこの本はどのように書かれたのでしょうか。星野さんのお話をうかがいました。

聞き手・構成=タカザワケンジ/撮影=露木聡子

〝周縁〟だから見えてくるもの

──『野馬追で会いましょう』は、『馬の惑星』の続編にあたります。馬を描いたノンフィクションとしては『島へ免許を取りに行く』が始まりでした。集英社のウェブマガジン「学芸の森」での連載のうち、前半の海外編が『馬の惑星』で、今回は日本国内編ですね。

 ウェブマガジンの連載は、担当編集者と横浜の馬の博物館に行ったのが始まりでした。最初は海外における馬と歴史と文化を書こうと思っていたんですが、ちょうど新型コロナウイルスのパンデミックが始まってしまって、打ち合わせも対面でできなくなりました。仕方なく多摩川の川べりに二人で間を空けて座って、川に向かってしゃべったりしていたんですよ(笑)。新たにどこかに取材に行くこともできなくて、過去の旅を中心にモンゴル、スペイン、トルコの話を書いたんです。コロナが一段落したら次は日本を取材したいと思うようになり、まず考えたのが相馬野馬追でした。
 二〇二〇年はコロナの感染拡大でまだ行けなくて、翌年の二〇二一年、東京オリンピック開幕の翌日に行きました。オリンピックが無観客開催だったように、野馬追でも人がたくさん集まることにかなりぴりぴりはしていたんですが、幸い、いろんな方に出会うことができて縁がつながっていったという感じです。

──相馬野馬追は福島県の相馬地方で毎年開かれているお祭りです。甲冑を身に着けた侍姿の人たちが馬に乗って行列したり、疑似合戦をしたり、神社での儀式があります。東日本大震災の年も規模を大幅に縮小して開催され、そのニュースで知った方も多いと思います。それから十年経った相馬野馬追を描いたのがこの本だとも言えますが、総大将が出陣する相馬市ではなく浪江町へ行かれていますよね。

 浪江町か相馬市か、出発前日まで迷いました。どちらかというと中心は相馬市なんですが、迷って迷って、真ん中はやめようと。

──星野さんの作品の愛読者はよく知っていると思いますけど、周縁から(笑)。

 絶対そうなるんですよ。中央を避けてしまう(笑)。

──そのおかげで報道や観光とはひと味違う風景が見えてきました。

 そうだといいんですけど。そのときは別に周縁のほうがいいだろうという考えではなくて、総大将はいろんなメディアがインタビューするに違いないし、そもそも私、実は侍もあまり好きじゃないんですよ。自分がすっと入れるのは端っこからだろうという、そんな思いでした。

──端っこということで言えば、馬が入口という視点も面白いですね。相馬野馬追を題材にした報道や作品の多くがフォーカスするのは、侍のかっこうをした人たちや、お祭りそのもの。一方、星野さんは「馬」から入って人やお祭りに関心を広げていきます。

 私の場合は完全に馬目的でした。でもハードルはあって、震災のことが気になっていました。私は震災が起きたときに何もしてないし、被災地に通ったわけでもないので、現地の人たちから震災の体験を聞き出そうとしていると思われるのがすごく怖かったんです。相馬野馬追に行き始めたのが二〇二一年で、震災からちょうど十年たったタイミングだったこともあり、無関係の私が「震災の時はどうだったんですか?」と聞きに来たとは思われたくありませんでした。気軽に触れていいテーマではないので、正直言うと震災に触れるのは怖かったです。でも、お会いした方々が自然に震災の話をしてくださったんです。

ロングセラーの秘訣はマイナーチェンジを繰り返すこと

──震災で危機を迎えた相馬野馬追がどうやって復興し、継続することができたのかも『野馬追で会いましょう』を読んで初めて知りました。私たちがイメージする伝統文化って、ずっとそこにいる人たちが変わらず保ち続けてきたようなイメージがありますが、土地を離れた方たちや、外から来た人たちの力も大きいんだなと。

 すごく好きな話があるんです。何十年も前からあるロングセラーのお菓子がありますよね。たとえば亀田の「柿の種」などの。ああいうお菓子は消費者が気づかないくらいのマイナーチェンジを繰り返しているそうなんです。常に時代のニーズに合わせて変化し続けているけれど、昔と同じだと思って味わっている。それがロングセラーの秘訣だと聞いたことがあって、野馬追はまさに「柿の種」と同じだなと思いました。

──ちょっとずつ変えて生き延びる。

 そう。時代に合わせないと絶対に無理が出ます。みなが農家で、馬と暮らして畑を耕していた時代といまとでは何から何まで違う。相馬野馬追はマイナーチェンジを繰り返してきたからこそ、震災という大打撃にも対応できたのかなと思うんですよ。格式張って、よその人を受け付けない、絶対この流儀でやるんだということだったら、こんなに長く続かなかったと思うんですよね。

──変えるという点では、モータリゼーションの浸透で馬がいなくなったのに、お祭りの最中、馬を車で移動させているというのも時代の変化への対応だなと思いました。

 それ、私が一番ウケたところです。馬を車に乗せるんだ、歩かせればいいじゃんと。でも、大した距離じゃなくても必ず馬を車に乗せて移動させるんですよ。車で運んだほうが早いから。恐らく文通整理などが大変なのだと思います。
 そのおかげで、相馬野馬追の期間は、相馬地方の駐車場は全部予約済みで、コンビニやドラッグストアの駐車場も全部、馬運車でいっぱいになります。

──すごい光景ですね。

 初めて見るとぎょっとします(笑)。それを誰も不思議に思わずやっているのが面白いんですよ。すべての駐車場に甲冑を身に着けた人と馬がいるんですから。大所帯で参加している人たちは、馬を運ぶ馬運車が巨大なので、ドラッグストアの巨大駐車場を使い、二人ぐらいで参加している人は、知り合いと交渉して駐車場を借りたり。あらゆる駐車場に甲冑姿の人と馬がいる不思議なワンダーランドです。

──取材中にも変化がありましたね。女性は未婚で二十歳未満しか参加できないというルールが二〇二五年度から撤廃されました。

 去年、初めて成人女性の参加が解禁になったんです。参加したのは八人だけだったそうですけどね。新聞で読んだのですが、出場したある女性は、いつか出られる日が来ると信じて結婚せず、ずっと事実婚で通してきたそうで、そうか、そんなに情熱を持っている人がいたんだなと思いました。

野馬追とモンゴルのナーダムの共通点

──星野さんが出会った浪江町の平本家の人たちも野馬追に熱い思いを持っていますよね。それも「政治の与党野党で言ったら、野党」と自任していて、反主流的なポジション。地縁、血縁以外の人たちも受け入れているところがまた現代的で、伝統文化に関わる人々のイメージを変えてくれます。

 そういう人たちだから私のことも受け入れてくれたんですよね。初めて見た騎馬行列の後で、誰に声をかけようかと思っていたときに、馬上にいる乗り手の女の子がすごく魅力的でした。その女の子、高校生の今野愛菜あいなさんは凜としていて素敵だったんですけど、馬の引き手を務めていたお父さんの潤一さんは柔らかい人で、「一緒に来る?」って。その一言を待ってました、みたいな。

──それが星野さんの……。

 中国や香港で培った「人のお世話になる能力」(笑)。中国と香港でも、子犬のように困った顔をして、「誰か助けて」みたいな顔していると、何か一言声をかけてくれるんですよ。そうしたら「ありがとうございます」と言って素直についていく。そんな力が野馬追でも効果を発揮しました。

──星野さんは野馬追を見て、『馬の惑星』でお書きになっていたモンゴルの祭典、ナーダムとの共通点を感じたとお書きになっていますね。ナーダムはモンゴル相撲、弓射、競馬の三競技があって、もとはチンギス・ハーンが考えた軍事教練だったと。

 そうですね。ナーダムをもし見ていなかったら、いくら野馬追が、相馬藩が考えた神事の形を借りた軍事演習の一環だったと言われても、「へえー、そうなんだ」で終わっていたと思います。ナーダムと発想が同じじゃん! という発見がすごく嬉しかったですね。
 その後、『馬の惑星』にも出てくるノマド・ゲームズをトルコで見たんですが、それも発想が同じなんですよ。馬と弓とレスリング系の三つで構成されていて、騎馬民族はこうしてしょっちゅう訓練していないとだめなんだなとよくわかりました。
 野馬追には弓とレスリングはありませんが、発想はまったく同じ。馬は乗り続けないと人を乗せられなくなってしまうし、常に準備を怠らず、全世代の人が参加できるように、お祭りという形を借りて軍事演習を続けてきたんだなと。中央アジア、モンゴル、相馬、みんな同じこと考えるんだというのがすごく面白いと思いました。

「速さ」より「きれいさ」を競う琉球競馬の魅力

──『野馬追で会いましょう』には日本の馬と人間の関わりが書かれています。日本在来の馬と人間の関係が、明治の近代化以降、大きく変わる。軍用馬として大きく、強く、速くが求められ、洋種馬が主流になっていった。

 それで在来の馬が駆逐されてしまったんです。しかも消えたのはせいぜい戦後かなと思っていたら、百年前の時点でほぼいなくなっていたと知ってすごくショックでした。いまも日本の馬産業は競馬を中心に回っていますが、洋種馬のサラブレッドは、一般的な日本人の身体に合っていないんです。モンゴルやキルギスに行って馬を見ると「ああ、ここの土地の馬だな」と思います。その土地に住んでいる人と馬のサイズがぴったりなんですよ。
 日本で馬に乗ろうと思ったら、乗馬クラブで元競走馬を再び調教しておとなしくなった馬に乗ることになるんですけど、それは本当は、おかしなことなんですよね。競走馬は生まれてからずっと速く走れと教わってきたのに、第二の人生では絶対に驚くな、速く走るなと教えられるわけだから。それができない馬は乗馬クラブに入ることができても、人を乗せられない危険な馬という烙印を押されてしまいます。考えてみるとすごく身勝手な話なんです。

──『野馬追で会いましょう』を読んでいると、そんな馬をめぐるこの国の現実もいろいろと見えてきます。

 在来馬が残っているところもあります。先日、沖縄に琉球競馬を見に行きました。主に沖縄の在来馬が二頭で直線を走り、走り方のきれいさを競う競馬です。

──「速さ」ではなく「きれいさ」なんですか。

 そうなんです。それがすごくよかった。しかも速く走ってしまったら負けなんですよ。沖縄の動物園の広場で、傾斜がついている芝生を行って戻ってくるんですが、下りになると馬は勢いよく駆けたくなっちゃう。「駆けちゃ駄目、駆けちゃ駄目」ってみんなが見守っている中で、やっぱり思い切り走ってしまう馬がいる。司会も「ああー、残念、走っちゃった」(笑)。

──面白いですね(笑)。

 面白いんですよ。だけど、この子が走りたいなら走らせてあげようという人もいて、勝ち負けにあんまりこだわらないところもあるみたいです。馬に無理なことをさせているわけでもなく、すごくいい競馬だなと思いました。

──沖縄の在来馬は何に使われているんですか。

 沖縄本島や石垣島、久米島などに牧場があって、馬に乗って集落を歩くとか、馬に乗って山を登ってグスク(城塞・遺跡)に行くとかということを地道にやり続けてきたんです。日本には現存している在来馬が八種類いますが、とくに頑張っているのが与那国馬です。もともと与那国の崖の上の草原などで暮らしていた馬たちなんですけど、四十年ぐらい前に何とか与那国馬を再生させようとがんばった人たちがいて、賛同した馬好きが日本全国からやって来たんです。その人たちがあちこちに散らばって牧場を始めて、少しずつ少しずつ与那国馬が増えていきました。その馬たちが集結して競うのが一年に一回の琉球競馬です。
 琉球競馬の二日前に久米島でちょっと乗らせていただいたんですけど、与那国馬と洋種馬とのあいだに生まれた子だったんですね。金髪の馬だったので、この子はどういう経緯で生まれたんですかと聞いたら、馬を放牧していたとき、メスの与那国馬が風来坊の洋種馬に恋をして、仔馬が生まれてからそれが分かったと。こういうのんびりした環境は、サラブレッドでは考えられないですね。

──『野馬追で会いましょう』は国内の話ですが、『馬の惑星』方面の海外取材もまだまだありますよね。

 そうですね。『馬の惑星』を出版した後に中央アジアに行ったんですが、キルギスもカザフスタンもよかったです。ユーラシア大陸では大昔から馬で移動し戦争をし、文化交流をしてきました。トルコに行ったときに、カルスというアルメニアとの国境に近い町で城壁に登ったら、ここはモンゴルにやられて陥落したと知りました。城壁から下の雪原を見ながら、あっちのほうからモンゴル軍が押し寄せて来たんだと。海に囲まれた日本と違って、目に見える国境線がないというのはすさまじいと思いましたね。

──星野さんの本を読んでいると、空間の横移動プラス時間を縦移動して歴史が見えてきます。一粒で二度、三度おいしいみたいなところが楽しみです。

 最初はそんなことは自分も意識してなくて、どうせそんなに人生も長くないし、これからどこかに行くなら、できるだけ馬のいるところに行きたいな、くらいの軽い気持ちだったんです。ただ、現代人は車や電車に乗り慣れているので、馬に乗るという行為自体で、タイムスリップできてしまうことに気づきました。昔の人はこうやって移動していたのか、こうやって峠を越えていたのか、こういう景色を見ていたのかというのを、必然的に体で感じる。そうすると、昔の人の気持ちに近づける。そのことに途中で気がついて、〝馬効果〟ってすごいなと思いました。
 以前、『コンニャク屋漂流記』で自分のルーツのことを書いていたときに、徳川家康がいた時代や島原の乱はついこの間だな、という感覚に陥り始めたことがあるんですけど、同じように馬に乗ると、さらに数世紀前まで─十二世紀、十三世紀にまで、どんどん遡れるんです。

──馬をめぐるシリーズはまだまだ続きそうですね。

 続いていきますね。これからも馬を追いかけて、いろんなところに行くと思います。

星野博美

ほしの・ひろみ●ノンフィクション作家、写真家。
1966年東京生まれ。『転がる香港に苔は生えない』で第32回大宅壮一ノンフィクション賞、『コンニャク屋漂流記』で第63回読売文学賞「随筆・紀行賞」・第2回いける本大賞、『世界は五反田から始まった』で第49回大佛次郎賞受賞。主な著書に『島へ免許を取りに行く』『戸越銀座でつかまえて』『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』『今日はヒョウ柄を着る日』『旅ごころはリュートに乗って 歌がみちびく中世巡礼』『馬の惑星』など。

『野馬追で会いましょう 相馬の馬文化と震災後の日常(集英社新書)』

星野博美 著

発売中・集英社新書

定価1,210円(税込)

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