[本を読む]
この本、哲学史のくせに、世界の見方を変えてくるぞ
2020年代、世の中は便利になったのに、何となく息苦しい。その感覚は「疎外」と呼べるかもしれません。疎外とは、人間が作り出したモノや制度に、逆に支配されてしまう事態を指す哲学的概念です。たとえばお金がそれで、交換手段から獲得それ自体が目的になり、お金なしには生きられなくなっています。
本書は疎外という概念の歴史を辿り、疎外は人間の社会や活動にとって避けられないのか、それとも疎外のない社会はありうるのかを考察します。いわば、疎外を切り口にした哲学史であり、よく知られた思想にもユニークな説明が与えられます。
とくに鮮やかなのが、社会契約論の再解釈。ホッブズやロック、ルソーの契約は権利の譲渡=自己の疎外であり、「大事なものを失う代わりに新たな力を得る」という神話的構造を持つことを明らかにします。そして、疎外を哲学の中心概念としたのがヘーゲルであり、弁証法(止揚)にも疎外からの回復という契機が見えてきます。
こんな風に回復を含めた普遍的な過程として疎外が語られてきた歴史に対し、マルクスは異議を唱えます。回復されない疎外もあると。その疎外が資本主義、資本家と賃労働者からなる社会の仕組みになっているのだと。また、一般的な哲学史ではまずお目にかかれないルカーチやフロムが登場し、彼らのマルクス理解を検討するのは貴重な記述です。
以上のような筋ですすむ本書は、入門書と銘打たれつつも、議論は精密、要点は明快。それでいて、定番の解釈を更新する場面が何度もあります。これは疎外論が著者の専門領域だからですが、しかしそれをアピールする素振りもないところがカッコいい。
哲学史的な内容を中心に書きましたが、本書の役割は単に教科書的な知識を伝えるだけではありません。むしろ、読者に自分の状況を見直す視座を与えてくれる本です。一度読んだら世界の見え方が変わる、それが本書を読む最大の効用です。
ネオ高等遊民
ねおこうとうゆうみん●日本初の哲学YouTuber





