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新連載/本文を読む

窪田新之助「みちのく限界病棟」
①二つの事件

[新連載]

①二つの事件

 命を救うはずの病院で、命を奪う凶行が発覚した。精神科の入院患者が別の患者を殺したのだ。
 ただしそれだけなら、三面記事で何度か扱われれば、さして時間をおかずに世間から忘れ去られたに違いない。
 ところが、それは単なる殺人事件では終わらなかった。その陰でいくつもの不正がうごめき、別の大きな事件を引き起こしていったからだ─


「殺してやろうと思った」

 二〇二三年三月一二日の日曜日。青森県第二の都市である八戸はちのへ市は、いつも以上ににぎわっていた。
 市の中心街にあって、一五〇〇人以上を収容できる八戸市公会堂。この芸術文化の拠点で、一九四六年から続く老舗番組「NHKのど自慢」が開催された。ゲスト出演したのは吉幾三、純烈、王林ら。しかもテレビ放送開始七〇年を記念して、日本テレビの人気番組「行列のできる相談所」のメンバーも参加した。
 この日は近畿地方で春一番が吹くなど、本州では広く晴れて暖かかった。八戸も同様で、それもあってか、たくさんの人が街中に出ていた。
 そんな熱気と陽気に包まれた日の深夜。一転して、人々のきもを冷やすような事件が発生する。
 現場となったのは、八戸市公会堂から車で東に向かって約一〇分の住宅街にある、みちのく記念病院。青森県によると病床数が市内では三番目の規模の四一三(当時)を有する、地域医療の中核的な医療機関だ。全病床数のうち六割強の二七四が精神病床であり、認知症や依存症の重症患者らを数多く受け入れてきた。
 辺りがすっかり静まり返った同日午後一一時四五分ごろ。長期にわたる医療行為を必要とする患者が入院している「療養病棟」の二階で、突然大きな物音がした。
 病院内を巡回していた女性の看護師がそれを聞きつけ、すぐさま各病室を調べて回った。ナースステーションに近い病室の二〇七号室に入ったとき、思わず息をのんだ。
 ベッドの上で男性が顔面から血を流していたのだ。枕やシーツも血に染まっていた。
 血まみれになっていたのは、認知症を患って入院していた高橋生悦せいえつ(当時七三)。看護師が安否を確かめるために近づいて声をかけると、かすかな声で反応した。
 すぐ隣のベッドには、同じ部屋に入院する患者の佐々木人志(同六〇)が腰をかけていた。彼は、看護師からなぜこんな凄惨な事態が起きているのかを尋ねられると、あっけらかんとした感じでこう答えた。
「やったのは、俺だ」
 そして、こう続けた。
「殺してやろうと思った」

身体拘束から逃れたかった

 裁判資料によると、殺人の動機は身勝手で自己中心的なものだった。
 佐々木は二〇二二年七月、アルコール依存症の治療などを目的に入院した。みちのく記念病院の関係者(以下、病院関係者)によると、彼は末梢循環不全で足が不自由なため、車椅子を使っていた。ただ、這うなどして自力で移動することもできた。
 佐々木の外見を言えば、事件の前には痩せていた。また、人相が悪く、病院内での評判は芳しくなかった。「なんか怖い感じがするので、とにかく目立っていました」(病院関係者)
 佐々木の評判が良くなかったのは盗癖もあったからだ。ほかの入院患者の時計やバッグ、食べものなどを盗んだ。そのたびに看護師により、頭側のベッド柵にひもで両手を縛り付けられるなどした。
 入院患者に対するこの身体拘束について、精神保健福祉法の第三六条第一項では精神科病院の管理者に対し、〈医療又は保護に欠くことのできない限度〉において認めている。ただ、病院関係者は「みちのく記念病院では身体拘束が日常的に行われ、違法な身体拘束も常態化していた」と証言する。
 佐々木は、身体拘束を嫌い、事件を起こす少し前から退院したがっていた。それは、後の凶行を踏まえれば、切望というほどに強い思いだったに違いない。
 二月一七日には看護師長と面談し、「退院して一人暮らしをしたい」と伝えた。だが、車椅子での一人暮らしは難しいとみた看護師長から「暖かくなった時期に病院関連の介護施設へ移動しましょう」と提案され、我慢する。
 ところが、佐々木は再び窃盗を働いた。そのため三月一一日、看護師からまたもや身体拘束を受けることになった。しかも、それは以前より厳しいやり方だった。
 もはや入院生活には耐えられない─。佐々木が苦痛から逃れる手段として思い付いたのが、相部屋の隣人を殺すことだった。
 病院関係者によると、佐々木が入院していた部屋は、いびつな形状で、その広さからすれば収容人数は三人が適切である。ただ、事件当時は、そこに佐々木と高橋を含め計四人が詰め込まれていた。
 裁判資料によると、そのなかから佐々木が高橋を狙い撃ちにしたのは、高橋が〈隣のベッドを使用して〉おり、なおかつ〈身体が不自由そう〉であることから、もっとも容易たやすく殺せると判断したからだ。
〈身体が不自由そう〉というのは、このときに高橋が身体拘束されていたことを意味する。病院関係者は私の取材に、「高橋さんはおむつ交換のときに暴れるので、そのたびに身体拘束をされていた。ただ、事件当日はおむつ交換が終わってからも、ずっと身体拘束をされていたんです」と証言している。
 翌一二日深夜、佐々木は例の恐ろしい計画を決行する。
 まずは、自らの床頭台とうしょうだいに保管していた歯ブラシと電気シェーバーを取り出した。床頭台とは、病院や介護施設のベッドサイドに置いて、その戸棚や引き出しに日用品を収納しておく家具を指す。
 そして午後一一時四五分ごろまでの約一時間に、彼は次のような段取りで動いた。
 巡回の看護師が自身の病室から出たのを確認すると、自分のベッドから高橋のベッドに移動した。病院関係者によると、二つのベッドの距離は五〇センチほどと至近である。佐々木が車椅子を使った形跡はないというので、おそらくは地面に一度も足を付けずに乗り移ったに違いない。
 佐々木はすぐさま、あお向けで寝ていた高橋の身体に乗っかり、その前頸部を両手で押さえつけた。首を絞めて窒息死させようとしたのか。ただ、このときには身体拘束されていた高橋に抵抗され、いったん諦めた。
 続けて佐々木は高橋に対し、電気シェーバーのきわぞり刃を胸部に押し当て皮膚を切開しようとしたり、それを頸部に押し当てて頸動脈を切断しようとしたりした。これまた、いずれもうまくいかなかった。
 そこで思いついたのが、歯ブラシの柄を顔面に突き立てることだった。それで目を集中的に突き刺せば、脳まで達し、殺せるかもしれない、と。
 佐々木は異常な執念をもってこの凶行を実行した。高橋の左のまぶたに歯ブラシを突き当てると、強い力をかけた。その後は何度も突き刺し、そのたびに鮮血が飛んだ。それは、頭蓋骨の最も深い部分「頭蓋底」を突き破るほどの苛烈さだった。
 佐々木は思いを遂げると、自らのベッドに戻った。やがて駆け付けてきた看護師によって、彼はベッドごと病院のホールに移動させられる。そして両手をひもで縛って拘束されると、「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きわめいた。
 一方の高橋はたちまち看護師の手で応急処置を受けた。だが、顔面からの流血が激しく、止まることはなかった。一三日午前三時ごろには、頭に巻かれたガーゼをはがそうとした。放っておけば点滴が外れる可能性があるため、看護師によって両手両足をベッドにひもで固定される。
 容態が急変したのは午前六時ごろ。すぐさま看護師により酸素マスクを装着させられた。午前八時ごろには心肺停止状態になり、蘇生処置が施された。だが、呼吸は止まったままだった。
 まもなく死亡したことが確認された。死因は頭部と顔面の損傷に伴う頭蓋内損傷と失血だった。
「身体拘束が嫌で、殺人をすれば病院を出られると考えた」
 後に青森地方裁判所で開かれた裁判員裁判に被告人として出廷した佐々木は、凶行に及んだ動機についてこう述べた。
 弁護側は被告人が心神喪失の状態であったことを主張したものの、認められなかった。佐々木は二〇二四年七月一日に懲役一七年の実刑判決を受ける。こうして殺人事件のほうは一つの決着をみせた。


殺人事件が起きた病室207号室

隠蔽工作

 時計の針を高橋の心肺が停止していたころに巻き戻したい。このとき、病院内では別の事件が密かに始まっていた。殺人の隠蔽工作だ。
 病院側は高橋の死亡を確認すると、遺族に電話をかけ、「転んだ」と虚偽の説明をした。それとともに死因を「肺炎」とする死亡診断書を作成している。
 精神科を有する病院には、出入り口が常に施錠され、患者が自由に出入りできないように管理された「閉鎖病棟」が設けられている。佐々木は事件後、ここに隔離された。
 看護師が医療現場で実践した過程を書きあらわす「看護記録」も改ざんされた。事件をありのままに記していた内容は、「徘徊中顔面をぶつけたようで数ヵ所の打撲・外傷あり。血だらけになっている」と誤魔化された。すでに触れた通り、この傷を負ったときの高橋は身体拘束を受けていたので、病院内を徘徊できるはずもない。
 病院側は県警に通報することもしなかった。医師法第二一条が、死体の異状を認めたときには、二四時間以内に所轄警察署に届け出ることを義務付けているのに、だ。
 いぶかしんだのは遺族である。その一人、木下一男(仮名)が遺体と初めて対面したときの驚きを振り返る。
「死亡診断書を見て、『えええっ』ってなったな。こげな外傷がありながら、死因が肺炎なんつうことがあるのかいって。むかし流行ったテレビドラマで『恐怖のミイラ』って知ってる? じゃあ、『月光仮面』は? 要は身体中が包帯でぐるぐる巻きにされていたのよ。しかも身体中の穴という穴から出血しているようで、包帯は真っ赤っかだったね。かなり厚めに巻いていたのに、それでも滲んでくるんだ。私が到着するまでにも、包帯は何度か取り替えたみたいだけど、それでもね……」
 事態が動き出したのは一三日の午後六時過ぎ。勤め先の対応に問題を感じた病院関係者が、青森県警察八戸警察署に通報したのだ。
 これを受けて県警は高橋の遺族に、遺体を司法解剖に回したいと相談する。遺族はこれを承諾し、一六日に予約していた火葬を取り止めた。
 弘前ひろさき大学で執り行われた司法解剖により、高橋の本当の死因が暴行による頭部や顔面の損傷だと判明した。こうして病院で殺人の隠蔽工作がされていた事実が明るみになり、警察による捜査が始まっていく。

巨大化した医療法人

 一連の事件は、私にとってしばらくの間、日々のニュースで流れる数多あまたある事件の一つに過ぎなかった。それが突然気になり出したのは、二〇二四年に刊行した前著『対馬の海に沈む』(集英社)の複数の読者がSNSで、なぜだか私にこの事件を取材してほしいとつぶやいているのを、たまたま見かけたからだった。
 同著は、長崎県対馬つしま市の農協に勤める男性が二二億円超という巨額の共済(保険)金を不正に流用した事件について、その真相を追及したノンフィクションである。
 当該農協の職員だった男性は、不正が発覚した後、自らが運転する車で海に飛び込むという不可解な死を遂げた。
 当該農協は、事件のすべての責任は男性にあるということで片づけた。
 だが、私が取材を進めると、実に多くの組織や人が事件に関与していたことが明らかになった。
 みちのく記念病院の事件について少し調べてみて、事件とその隠蔽が病院という閉鎖的な空間でなされたという点では、対馬という離島で起きた事件と同じだということは確かめられた。読者がつぶやいたのも、きっとそんな単純な理由からだったのかもしれない。そしてそれだけなら、私が八戸に出向くことはなかった。
 ところが私は興味をひかれることになった。それは、殺人の隠蔽を謀ったとされるのが、みちのく記念病院を経営する石山たかし(六二)とてつ(六一)という兄弟だとわかったからだ。
 事実なら、兄弟のどちらかが、どちらかを、止めることはできなかったのか。そもそも、すぐに警察に通報すれば、重大な事件にならずに済んでいたはずである。
 みちのく記念病院について調べてすぐに、もう一つ気になって仕方ないことが出てきた。同病院の運営母体の杏林会きょうりんかいだ。一九九〇年に創立されたこの医療法人は、青森のみならず、岩手や宮城、さらに首都圏や東海地方にも進出している。おまけに、手がけているのは医療のみならず介護と福祉にも及ぶ。
 みちのく記念病院のおおもとは、石山兄弟の父石山隆一りゅういちが漁師町で開業した個人病院だという。それが、なぜこれほど巨大な医療法人にまで成長することができたのか。そのことと、石山兄弟による殺人の隠蔽行為とは、何か深い関係があるのではないか。二人が真に隠したかったことは、この問いの向こうに潜んでいるのではないか。
 事件が発覚してから二年以上が経ったころ、私は本格的に取材を始めることにした。

写真●筆者提供

窪田新之助

くぼた・しんのすけ●ノンフィクション作家。
2004年JAグループの日本農業新聞に入社。国内外で農政や農業生産の現場を取材し、2012年よりフリーに。著書に『データ農業が日本を救う』『農協の闇』、共著に『誰が農業を殺すのか』『人口減少時代の農業と食』など。『対馬の海に沈む』で第22回開高健ノンフィクション賞を受賞した。

『対馬の海に沈む』

窪田新之助 著

単行本・発売中・定価2,310円(税込)

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