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大田ステファニー歓人『みどりいせき』(集英社文庫)を八木寧子やすこさんが読む

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シンプルで崇高なこと

 2023年第47回すばる文学賞、2024年第37回三島由紀夫賞受賞のデビュー作。最大の魅力は、緩急自在でのびやかな文体。描かれるのは人とのつながりと、そこに生まれるシンプルな愛。
 無気力気味な高校2年生・桃瀬翠ももせみどりが、小学校時代の野球仲間、バッテリーを組んでいたはるに再会。半ば巻き込まれてドラッグの手押し(違法取引!)に加担してしまう物語だ。学校社会のいびつなヒエラルキーや薬物の違法性は大声では語られない。偶然関わった主人公が、反発しつつも春やその仲間たちと馴染んでいく過程が、みずみずしく丁寧に描かれていく。次々と映像が立ち上がる場面。圧倒的な描写力は、冒頭から頭抜けていた。
 ひらがなと擬音の多用、ほとばしるリアルなスラング。ラップのリリック様の文章は、独特なリズムを孕む口語体だ。特に、ドラッグをキメている脳が見る光景は、読み手にも未知の感覚を発動させる。
「まわしたジョイントからのぼったけむりは空でくもんなる。すったけむりは血管をめぐる。はいたけむりは風にちらされた。それをながめているぼくがあらわれ、あらわれたことに気づいたぼくがあらわれる。むげんにぼくがあらわれる。」
 正しさ、友情、恋。見知らぬ大人が決めた意味を覆しながら日々を生ききる10代の姿は、うんざりするほどのしがらみや定義にまみれているこの社会を笑い飛ばす。彼らの葛藤や罪悪感も前景には現れない。文字通り心身をトリップさせる、その道行を追う冒険譚でもあるのだ。
 際立った観察眼と耳で、ミクロとマクロを行き来して小説世界をしなやかにくるむ著者。言葉から意味が剝がれ落ちてゆくが、ゲシュタルト崩壊の寸前で覚醒するような読書体験も甘美で心地よい。
 翠、女の子である春、歌のうまいグミ氏、陽キャのラメち。翠の母や春の兄、善意のクラスメート。登場人物はみな弱くて、時々強くて、集散を繰り返して生きていく。愛を叫び、死への恐怖に怯え、刹那の感情を重ねながら、社会や他者が規定した生きづらさや善悪ではなく、あくまで自身が受けたボールを信じて生きていく。こんなにシンプルで崇高なことはない。直球はこちらにも届く。

八木寧子

やぎ・やすこ●文芸批評家

『みどりいせき』

大田ステファニー歓人 著

2月20日発売・集英社文庫

定価704円(税込)

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