[本を読む]
シンプルで崇高なこと
2023年第47回すばる文学賞、2024年第37回三島由紀夫賞受賞のデビュー作。最大の魅力は、緩急自在でのびやかな文体。描かれるのは人とのつながりと、そこに生まれるシンプルな愛。
無気力気味な高校2年生・
ひらがなと擬音の多用、
「まわしたジョイントからのぼったけむりは空でくもんなる。すったけむりは血管をめぐる。はいたけむりは風にちらされた。それをながめているぼくがあらわれ、あらわれたことに気づいたぼくがあらわれる。むげんにぼくがあらわれる。」
正しさ、友情、恋。見知らぬ大人が決めた意味を覆しながら日々を生ききる10代の姿は、うんざりするほどのしがらみや定義に
際立った観察眼と耳で、ミクロとマクロを行き来して小説世界をしなやかにくるむ著者。言葉から意味が剝がれ落ちてゆくが、ゲシュタルト崩壊の寸前で覚醒するような読書体験も甘美で心地よい。
翠、女の子である春、歌のうまいグミ氏、陽キャのラメち。翠の母や春の兄、善意のクラスメート。登場人物はみな弱くて、時々強くて、集散を繰り返して生きていく。愛を叫び、死への恐怖に怯え、刹那の感情を重ねながら、社会や他者が規定した生きづらさや善悪ではなく、あくまで自身が受けたボールを信じて生きていく。こんなにシンプルで崇高なことはない。直球はこちらにも届く。
八木寧子
やぎ・やすこ●文芸批評家





