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孤独がつらなるファミリーツリー
一本の樹が植わっている。群生せずに、ひっそりと。伸ばした根は頑丈な足のようで、だから移植されたのはずいぶん前かもしれない。でも、その淋しい佇まいからは土地への馴染めなさが感じられる。生命力のある孤独な樹。この短編集に描かれた人物たちを見ていて、そんなイメージが浮かんだ。
冒頭で引かれるのは、韓国文学の翻訳家である斎藤真理子の詩だ。そこから着想を得て書かれたという最初の作品には、大学受験のためにソウルに上京した仲良しな二人の少女がでてくる。ルチアはすぐ都会に馴染み、恋愛にも積極的。一方、アンナはバスの下車さえもうまくできず、疎外感を隠せない。彼女は後年、当時を振り返って〈一人じゃなかったとしても、人はいつも自分だけの孤独を抱えている〉と語る。こうした自分という存在のかけがえのない小ささを、作者は全編とおして歌いあげるのだ。
夫とニュータウンに移住した妻が、〈この世の果て〉のような環境で過ごす一人の時間に生を絡めとられる「フランス語初級クラス」でも、かつてW杯の熱狂を一緒に味わった男性に密かな恋心を抱いていた女性が、それからの九年間をアメリカで孤立しながら生きた彼と再会したことで再びすれ違いを経験する「スペインの泥棒」でも、作者はそこにある侘しさを安易に取り繕うことはしない。
あるいは、家庭の崩壊から避難するべく異国に渡った親子が心の隔絶を嚙みしめる「Tアイランドの夏の芝生」や、おっちょこちょいな女性が編み物に
しかし読者は、最後の小説までたどりつき、作者が世界から取り残された彼女・彼らの物語を一つのファミリーツリーとして縫い上げていたことを知ると、孤独の原風景が塗り替えられる感触を得るだろう。
そこでは〈自分だけの孤独〉が孤絶していない。そのかけがえのなさを守るようにして、一本の樹の全体像を作者は美しく、温かい色あいで描く。練度の高い言葉がその奇跡を可能にしている。
長瀬 海
ながせ・かい●書評家





