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対談/本文を読む

関口 尚×小澤 實
関口 尚『芭蕉はがまんできない おくのほそ道随行記』(集英社文庫)
松尾芭蕉と旅、俳句の魅力

[対談]

松尾芭蕉と旅、俳句の魅力

二〇二三年から二四年にかけて本誌に連載され、昨年集英社文庫として刊行された関口尚さんの『芭蕉はがまんできない おくのほそ道随行記』が、二〇二五年度の「WEB本の雑誌 北上次郎オリジナル文庫大賞」を受賞しました! これを記念して、集英社文庫編集部でおこなわれた俳人・小澤實さんとの対談の冒頭より一部をご紹介します。

構成=砂田明子/撮影=織田桂子

「閉じていない」俳句に魅せられて

──(進行役:江口)受賞のお祝いを兼ねて、今日は関口さんと、文庫の解説を書かれた小澤先生に、この作品について、芭蕉と旅について、それから俳句そのものの魅力についてもお話しいただけたらと思っております。司会は、関口さんの取材に同行してきた集英社文庫編集部の江口が務めます。まずは関口さん、受賞、おめでとうございます。

関口 ありがとうございます。北上次郎さんは本当にお世話になった方で、世間的にはあまり評価をもらえなかった僕の小説を読んでくださり、書評を書いてくださったことがありました。とても嬉しかったです。北上さんにもこの作品を読んでいただきたかったな、という気持ちがあります。

──選評は「本の雑誌社」のHPに発表されていますが、北上さんのDNAを受け継ぐ選考委員たちに激賞されています。

関口 本当にありがたく、嬉しいです。小澤先生にすばらしい解説を書いていただいたおかげでもあります。読売文学賞を受賞された先生の『芭蕉の風景』(上・下)を読ませていただきましたが、先生と同じように、僕も『おくのほそ道』を全部歩いたんです。江口さんと、担当編集者と。

小澤 それはすばらしいですね。『芭蕉の風景』はもともと旅雑誌「ひととき」などでの連載だったのですが、原稿を書くときは、必ずその場に行って考えるようにしていました。

関口 この本には、芭蕉の句とともに先生の句を載せられていますよね。面白い試みだなと。

小澤 芭蕉の句とともにというのが、すごくプレッシャーでした。でも、今になってみると、やっておいてよかったなと思います。

関口 そもそも芭蕉との出会いはいつですか?

小澤 信州大学に行きまして、井原西鶴を研究する東明雅先生の指導を受けたんです。大学三年生のときの演習が『おくのほそ道』で芭蕉を好きになり、卒業論文は「芭蕉の季語」をテーマに書きました。その後、もう少し俳諧を勉強したいと思って成城大学の大学院に行ったんですね。憧れの尾形つとむ先生に師事し、ものすごく勉強になったんですが、自分には研究者は無理だと感じ、実作を中心に生きていこうと思って現在に至るという感じです。

関口 実作はいつから始められたのでしょうか。

小澤 大学時代、東先生は連句に夢中で、「信大連句会」を催していらしたんですね。教室では非常に厳しい先生が、連句を巻く(つくる)ときはニコニコされていて、表六句(発句から六句まで)をすぎると日本酒をついでくれるんです。お酒につられて毎週連句会に出るようになったらそこで俳人の宮坂静生先生にお会いして、発句もつくってみないかと言われて。そのお誘いをきっかけに、毎週十句、二十句とつくって宮坂先生に見ていただくようになったのが出発点でした。以来ずっと、俳句に夢中でやってまいりました。

──初心者に向けて俳句の魅力を伝えるとしたら、先生はどう説明されますか。

小澤 いろいろありますが、十七音と短くて端的で、句全体を覚えられるところでしょうか。それぞれが句を思い出して、連想を広げていくことができます。
 それから尾形先生はご著書の『座の文学』に、俳句は孤独な営みではなく、「座」があったからこそ生まれたと書かれています。尾形先生のこの重要な主張が、関口さんの本によく表現されていると思いました。つまり芭蕉が一人だったら、『おくのほそ道』の句は残らなかった。曾良をはじめとするいろんな人たちとの交流の中で芭蕉の句は生まれてきたわけですが、それを小説という形で具体的に書いてくださって、大変嬉しく思います。

関口 小説を書くにあたり、僕は俳諧をいちから調べていったんですが、面白いなと思ったのは「閉じていない」ことです。小説は、著者が一人で書いて完結します。一方俳諧は、複数の人でつくったりしますよね。連句を三十六句の歌仙形式でやるにしても、本当は芭蕉がつくったんだけど、違う人がつくったことにしちゃおうとか、やっぱりこの句はよくないから違うのを入れようみたいな、全体を考えて融通を利かせるところもあって面白いなと。
 実際に芭蕉は、旅先で出会った人をはじめ、いろんな人と句をつくりながら東北を旅していた。そういう旅は面白かっただろうなと思います。

小澤 なかでも旅のパートナーが曾良だったから名句を残せた、ということを、この小説で魅力的に書かれたと思います。

クリスタルな精神性をもった曾良の登場に驚く

関口 実は『おくのほそ道』を小説にするにあたり、どういう方向性にするか、けっこう迷いました。曾良は幕府の隠密だったという話を書かれている方もいますし、あるいは今でいうBL系にするやり方もあるだろう。いや、東北を回りながら美味しいものを食べ歩く小説にしようかな、とも考えたんです。それがいちばん受けるんじゃないかと。芭蕉の句には食べ物がたくさん入っていますよね。

小澤 そうですね。美味しいものが好きだったと思います。お酒も大好きで。

関口 ですが、僕は国文学出身なので、『おくのほそ道』で芭蕉が何をしたかをきちんと書かないと、それは逃げなんじゃないかと思ってしまった。曾良の日記もあり、文献も残っているのに、それらをスルーするのはもったいないという気がして、こうしたちょっと変わった話になったんです。

小澤 それがとてもよくて、クリスタルな精神性をもった曾良の登場に、びっくりしました。明晰めいせきで、意識が冴え冴えとし、芭蕉のことを何もかも分かっている。新しい造形だと思いました。

関口 そもそも小説の作り方として、突出した天才よりも、天才のすごさを語ってくれる言わば凡人の視点で書いたほうが、物語が転がしやすいんです。それで曾良の視点にしたわけですが、曾良については史料がほとんど残っていないので、大部分が僕の創作です。
 ただ、曾良の日記や、芭蕉が残した言葉などから、誠実な人だというのは言われている。それから俳諧の評価が低いですよね。芭蕉の優れた十人の弟子を指す「芭蕉十哲」にも入っていません。もし、才能のある路通ろつうが旅の供をしていたら、どうなっていただろう。まったく別の『おくのほそ道』ができあがっていたはずだと考えると、俳諧が上手くない曾良だったというのは、非常に不思議で、面白いなあと。

──先生は曾良の句をどう感じますか?

小澤 素朴でいい句ですが、芭蕉がかなり補作したのではないかと思います。

関口 本来は芭蕉がつくったけど、曾良がつくったことにしようとか。

小澤 そういうことがあっただろうと。それだけに、関口さんの書かれた曾良が新鮮だったわけです。

関口 芭蕉から曾良に宛てた手紙を読むと、ものすごく率直に書いてますよね。あいつはダメだとか、砕けた文章で書いているので、二人はかなり打ち解けた関係だったんだろうと。それから曾良は、日記を読む限り、すごくマメな人です。あの記録性はすごいなと思って、そういうところから曾良のキャラクターをつくっていった感じです。

小澤 芭蕉についていえば、この小説では「改作」が大きな読みどころになっていますね。有名な〈古池や蛙飛こむ水のおと〉は、最初「飛ンだる」だった。それを改作して「飛こむ」になるわけですが、「飛ンだる」と「飛こむ」ではどう違うのか。関口さんが書かれている読みが深くて、目を開かれる思いがしました。

関口 ありがとうございます。必死に勉強して書いた甲斐がありました(笑)。

小澤 芭蕉は「改作」をしてまでいい句を残そうとしたわけですが、それは、俳諧を和歌に近づけるためだったと思います。定家や西行らによって育まれた和歌の古典性や伝統を、強く意識していただろうということですね。

関口 芭蕉は西行が大好きですよね。『おくのほそ道』の旅は、西行の足跡をたどるために始まった旅でもありました。

──旅は、芭蕉の俳句にとって重要な要素の一つだと思います。旅と俳句の関係について、先生はどうお考えですか。

小澤 旅というものが、「次の境地」を芭蕉に用意したところがあると思います。長く歩きながらいろいろ考え、そのうちに考えが熟成して、次のステージに行く、という感じです。とくに『おくのほそ道』を歩いたことで「かるみ」という境地に到達したわけですから、非常に重要な旅だったと言えると思います。

──関口さんはどうですか?

関口 俳諧をやっている当時の人は、芭蕉に限らず、みんな旅をしていました。みんなぶらぶらしてあちこち行っていて、移動距離でいえば、芭蕉より歩いている俳諧師はたくさんいるんだけど、旅が自分にとって重要だということを最も自覚していたのは芭蕉だったと思います。旅が自分にとっていい作用をもたらすものだと分かっていたから、魂が飛び出ていくくらい、旅に出たいと思っちゃう。そこが芭蕉の面白いところだと思います。

●全文は集英社文庫noteでお楽しみください。俳句も募集中です!
https://note.com/shueishabunko/n/nb52c6014f31b

関口 尚

せきぐち・ひさし●作家。
1972年栃木県生まれ。99年、茨城大学大学院人文科学研究科を修了。2002年『プリズムの夏』で第15回小説すばる新人賞を受賞して作家デビュー。07年『空をつかむまで』第22回坪田譲治文学賞、25年自身初の歴史小説『芭蕉はがまんできない おくのほそ道随行記』でWEB本の雑誌 北上次郎オリジナル文庫大賞を受賞。著書に『ブックのいた街』『虹の音色が聞こえたら』など。

小澤 實

おざわ・みのる●俳人。
1956年長野県生まれ。77年俳句入門。2000年「澤」創刊主宰。句集に『砧』『立像』(俳人協会新人賞)、『瞬間』(読売文学賞詩歌俳句賞)、『澤』(蛇笏賞・俳句四季大賞)など。著書に『俳句のはじまる場所』(俳人協会評論賞)、『芭蕉の風景 上・下』(読売文学賞随筆・紀行賞)など。現在、俳人協会副会長。讀賣新聞・東京新聞俳壇選者。

芭蕉はがまんできない おくのほそ道随行記

関口 尚 著

本誌連載作品

発売中・集英社文庫

定価1,056円(税込)

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