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藤原賢吾『筑紫哲也と自由の森大学 「文化によるまちおこし」に挑んだ人々』(集英社新書)を佐高 まことさんが読む

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地域おこしへの問題提起の書

「足下を掘れ そこに泉が湧く」とニーチェは言ったが、文化によるまちおこしは足下を掘る運動だろう。しかし、それはいつも成功するわけではない。その数少ない成功例の「自由の森大学」の軌跡を著者は掘りおこした。そのために著者は三人の主人公を設定した。筑紫哲也、原田啓介、渋谷正芳である。
 筑紫の故郷の大分県日田ひた市に一九九四年から展開された自由の森大学運動は日田駅前の車座集会から始まった。筑紫はそこで「都会に長い間出稼ぎに行った者がたまに帰ってきて、変わらないほうがいいなどと言うのは勝手もいいとこだ。オレたちはちったあ変わりたいんだよ」と袋叩きにされる。しかし、筑紫はひるまなかった。何を変え、何を変えないかを含めて、筑紫と日田の若者たちがぶつかりあったことが自由の森大学の成功の秘訣だろう。
 筑紫は左利きだった。それが自らを「少数派」だと意識させ、容易に多数派つまりは体制派に従わない気質をつくる。私は日田市が二〇〇一年に別府競輪の場外車券売り場「サテライト日田」の設置許可の無効確認と取り消しを求めて国を提訴した件に注目した。日田市は設置許可が憲法が謳う「地方自治の本旨」に基づく「まちづくり権」を侵害すると訴えたのである。その訴訟の弁護団長の寺井一弘を筑紫は当時の日田市長に紹介した。この訴訟と自由の森大学運動は連動しているだろう。地域おこしとは何か、文化とは何かを考えているから、こうした動きが出てきたのだと私は思う。
 各地の市民大学とはケタ違いの多くの参加者を集めた自由の森大学を支えた原田や渋谷の苦労は並大抵のものではない。それらを活写しながら、著者は地域に於ける文化運動の可能性を探っている。惰性で続けなかったのもいい。
 筑紫は「きちっと終わろう」と言い、二〇〇六年、十二年の活動に終止符を打った。「それぞれの地元に帰り、そこでどう花を咲かせ実らせるのか」と続けた筑紫の言葉に象徴されるように、これは新たなる問題提起の本である。

佐高 信

さたか・まこと●評論家

『筑紫哲也と自由の森大学 「文化によるまちおこし」に挑んだ人々』

藤原賢吾 著

発売中・集英社新書

定価1,155円(税込)

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