[本を読む]
「地方女子」の大学進学を阻むものとは?
社会構造と主体の関係性を正面から見つめる
『なぜ「地方女子」は呪縛になるのか』。このタイトルは何を問いかけているのだろうか。「呪縛」という言葉がちょっとおどろおどろしい。ホラーものやミステリーを思い起こさせる。何しろ「呪われて縛られている」のだ。いや「呪って縛っている」のか。結構な息苦しさだ。落ち着いて辞書を
「呪縛」という言葉の国語辞典的な意味は、「まじないをかけて動けなくすること」「心理的な強制によって、人の自由を束縛すること」(小学館・デジタル大辞泉)となる。学術書の先例では、「母という呪縛」とか「『承認欲求』の呪縛」とか、私たちを内側から拘束している心理をキーワードで読み解いており、辞書の定義どおりといえよう。
本書はどうか。もちろんホラーではないし、心理的側面もとりあげるが、心理学の本ではない。社会構造と主体の関係性を正面から見つめた社会学の本だ。
地方に住む女子は、いかなる「心理的強制」によって、自由を束縛されているのか。この問いの前提になっているのは、地方に住む女子は大学進学率が低く、進学先が限定されているという事実だ。大学進学がライフキャリアの展開において重要な意味をもっていることは疑いない。
本書のもっとも重要な点は、地方に住む女子が直面する何らかの「心理的強制」に焦点を当てるにせよ、あくまでも社会構造がもたらすものとして解き明かすということだ。序章で、「大学進学しない人生の責任を本人が引き受けるべきだ」という「自己責任の呪い」が個人を縛ってしまうことに、著者は警鐘を鳴らす。
本書のメイン・テーマに即せば、地方に住む女子もまた進学に関わる岐路の選択結果について自分だけの責任として背負う必要はないのだ。私たちは社会システムによってさまざまに縛られながら主体的な選択をしている。個人の選択がどのような構造的条件で生み出されているのかを知ることが、認識の地平と思考の翼を広げ、私たちに自由をもたらす。本書を読むことが「呪縛」を解くカギとなるはずだ。
木村涼子
きむら・りょうこ●大阪大学教授





