[本を読む]
3・11と水俣
「貨幣による豊かさ」の限界を問う
「水俣と同じだ」と思った。
本書は福島県
私は何を、水俣と同じだと感じたのだろうか。基盤には、日本列島の海と山の豊かさがある。海辺の水俣には、漁師たちが
一方、飯舘村は中山間地の高原にある村で、日本で最も美しい村のひとつと言われている。村の面積の七割以上を占める山々には、米や多種の野菜、山菜やキノコが実り、色とりどりの花が咲く。養蚕や葉タバコの栽培、そして酪農や畜産業にも力を注ぎ、「飯舘牛」はブランド牛にまでなった。
人々はそれぞれの地域を大切にしながら力を尽くし、そこで十分に生きてきたのである。それ以上を望んだこともなかった。しかし水俣では人も動物も胎児も次々と激烈な病になり、漁は成り立たなくなった。一方、東日本大震災に見舞われたとは言え、飯舘村は山の中だ。津波で被災するような場所ではない。「あぁ、ちいっとばかり揺れたようだなぁ」というのが、大久保文雄さんのその日の言葉だったという。しかしその四日後、福島第一原発2号機から漏れ出たと思われる放射性物質が雨とともに飯舘村に降り注ぎ、計画的避難区域となる。つまりは、村を出て行かねばならなくなったのだ。文雄さんは最期まで村とともに生きるために、自死に及んだのではないか?
チッソと原発。どちらも列島の実に豊かな自然環境と、それを基盤に何百年も続いてきた共同体の生産の日々を、たった一つの企業が破壊してしまった。貨幣による豊かさとは、自然と共に暮らすより「確か」で「恒久的」なものだと思わされてきたが、実ははるかに脆いものだった。こんなことがおきるたびに私たちはそれを実感している。
田中優子
たなか・ゆうこ●法政大学名誉教授、江戸文化研究者





