[本を読む]
「らしさ」にこんがらがって
「らしさ」を求められる時の心の引っかかりやわだかまりを描く小説が、ジャンルを問わずよく見られるようになった。特に「女らしさ」「男らしさ」などのフレーズはもう半ば死語、エクスキューズなしに使ってるやつは前時代的価値観の持ち主として表現される事も多い。
しかしそれでも、「らしさ」の呪縛が世の中から消えたわけではない。『消失』は、米国で住み込みのお手伝いさんがいて別荘を所持する家庭で生まれ育った作家兼大学教授のセロニアス(通称モンク)が、やけくそで書いた心にもない「らしい」小説で大ヒットを飛ばしてしまい、実存の危機に陥る物語だ。
モンクが書いた「らしさ」とは、ずばり「黒人らしさ」。普段はギリシア哲学を純文学的解釈で描くような非常にハイブロウで難しく、そしてちぃとも売れない小説を書いているモンク。しかし若手の作家がゲットーでハードな暮らしをする黒人少女の姿をスラングたっぷりで綴った小説が「黒人らしい」と世の絶賛を浴びたことで、「もっと黒人らしい小説を書いたら」と促されてしまう。
「らしさ」とはステロタイプ、偏見の一類だ。モンクは黒人だが、世の中が黒人に勝手にイメージしている「らしさ」―ラップ、ギャング、麻薬など―には縁のない生活を送ってきた。他ならぬ当事者がその「らしさ」は商品化された差別と偏見であると訴えても、時には同胞からすら鼻白んだ態度を取られてしまう。この克明に描かれた板挟み、読んでいる自分もまさに米国で暮らす黒人を取り巻く物事を何も知らなかったんだなと突き付けられる。
私生活のトラブルが重なり金銭的な問題も起こり、モンクは先のヒット作よりさらに過激な、コテコテに「黒人らしい」小説を書きあげ別名で発表してしまう。最初はアンチテーゼのつもりだと
王谷 晶
おうたに・あきら●作家





