[今月のエッセイ]
万年筆とわたし
軽井沢を舞台にした「銀河ホテルの居候」シリーズも四巻目となった。物語の中心にあるのは千色のカラーインクで自由に手紙を書ける「手紙室」。ここで使うのはおもにつけペンだが、四巻には万年筆が登場する。
ふだん原稿を書くのはPCだし、連絡はメールやメッセージ。紙に文字を書くよりキーボードを叩くことの方が圧倒的に多いが、わたしも万年筆は何本か持っている。手書きのときはたいてい万年筆だ。万年筆は書き心地がいい。ペン先を紙に当ててすべらせればインクが流れるように出てくる。だから書いていて疲れない。
それに、万年筆で書いた文字はなんとなくきれいに見える。癖があっても、いい意味の個性のように感じられる。なぜかはわからない。世の中に「理由や理屈がわからなくてもほんとうのこと」というのはいくらでもある。
わたしが最初に万年筆を使ったのは中学生のとき。文豪たちが万年筆を使っていたらしいと知って、自分も使ってみたくなったのだと思う。いっしょに
ちなみにわたしの父・
先のやわらかいペンだからあれだけの分量の文字を書けたのだろう。父の書く文字は太く、画数の多い文字はそれっぽくごまかして書いていたらしい。筆名のなかにある「鷹」の文字も、ふるとりの横のにんべんは書いているときと書いていないときがある、と言っていた。交換用に同じペンを常に大量にストックしていて、使い終わったペンは引き出しにためこんでいた。引き出しいっぱいになったところで、これだけ使ったんだ、と満足そうに捨てていた。
わたしも社会人になると気軽に買える水性ボールペンを使うようになり、やがてPC一辺倒になり、手紙も年賀状も書かなくなり、万年筆のことはすっかり忘れてしまっていた。それが十年ほど前、再び万年筆を手に取る機会があり、書き心地のよさに改めて感動した。書くこと自体が心地よく、意味のない文章を紙いっぱいになるまで書き続け、なんでこんなにいいものを忘れていたのか、と驚いた。そうして次第に、常にその万年筆を持ち歩くようになった。
原稿はPCで書くが、校正でゲラに赤字を入れるときは手書きである。赤インクを入れたペンはなかったから赤の水性ボールペンを使い続けていたのだが、本一冊分のゲラを見るためには何本かペンを使う。まとめ買いはするけれど、作業中に切れて、泣く泣くコンビニに買いに出たこともある。それに、使い終わったペンが机の上にどんどん溜まっていく。父の引き出しを笑えない。
あるとき、もしかしたらわたしがいちばん手書きで文字を書くのは校正の作業なのではないか、と気づいた。校正の作業は
それでもう一本万年筆を買って、赤インクを入れることにした。最初は数千円の品物にした。それでもじゅうぶん書き心地がよく、校正の作業が楽しくなることはなかったが、手は疲れなくなり、頻繁に赤ペンを買う必要もなくなり、ゴミも減った。その後、これだけ使うのだからもう少しいいペンを買おう、と思い立ち、赤字用だとわかるよう赤いペン軸の万年筆を手に入れた。
コレクターじゃないから、万年筆なんて何本も持つ必要はないと思っていた。だが、すべての筆記用具を万年筆に切り替えようとすると、実用的な意味で本数が必要になる。万年筆はそれまで使っていたものと別のインクを入れると詰まることがある。優雅に万年筆の手入れをする余裕はないから、結局一本のペンに同じインクを入れ続けることになる。
校正用には赤のインク。ふだん使うペンにはブルーブラック。書類に署名するには退色しない顔料インクがいいから、黒の顔料インク用のペンも必要だ。さらにニブ(ペン先)にも種類があり、ふだんは中字が好きだが、細かい文字を書くためには中細の方がいいし、本にサインするときは太字の方がいい。変わった色のインクを入れるペンも欲しい……。などなどあって、少しずつ本数が増えていった。
最近買ったものでよかったのが、セーラー万年筆の「

ほしおさなえ
作家、詩人。
1964年東京都生まれ。1995年、萩山綾音名義で発表した『影をめくるとき』が群像新人文学賞の優秀作に選ばれる。2003年より現在の筆名で活動。著書に「活版印刷三日月堂」シリーズ、「紙屋ふじさき記念館」シリーズ、「琴子は着物の夢を見る」シリーズ、『言葉の舟』等多数。





