[対談]
「異世界に来た!」東京の味にカルチャーショックを受けました
南インド料理店「エリックサウス」の総料理長をつとめながら、レシピ本からエッセイまで、文筆家としても大活躍。なにより自身が〝食いしん坊〟で、食べることに並々ならぬ情熱を注ぐ稲田俊輔さん。新刊『東西の味』では、東と西に代表される日本の「おいしさ」の地域差に迫ります。うどん、蕎麦、餃子、ラーメン、から揚げ、お好み焼き、醬油に味噌……みんな大好きなあの味は、なぜこんなにも地域によって違うのか。歴史と地域性、偶然と必然が紡ぐロマンあふれる物語に浸るとともに、腹ペコになる一冊です。
新刊の刊行を記念して、稲田さんが会いたいと熱望した吉田類さんとの対談をお届けします。人気テレビ番組『吉田類の酒場放浪記』(BS‐TBS)でおなじみの酒場詩人、吉田類さん。稲田さんによる、類さんへの熱いプレゼンから対談が始まりました。
構成=砂田明子/撮影=露木聡子

「吉田類検索」と「吉田類分類」
稲田 僕は長年、「吉田類研究家」を自任してきました。初対面で恐縮ですが、長年の研究成果のごくごく一部を発表させていただきたいと思います。
吉田 はい。よろしくお願いいたします。
稲田 トピックが二つありまして、一つは「吉田類検索」という検索技術を開発しました。開発と大袈裟に言いましたが、Google検索で「地名」+「吉田類」と入れるといい店が一発で発見できる、というものです。私は地方出張によく行くんですが、見ず知らずの土地に行って困ったときも、この検索技術を使うとちゃんと出てきます。すみません、この発表は敬称略で失礼します。
もう一つが「吉田類分類」という居酒屋分類法です。これは「
吉田 そうなるでしょうね。
稲田 そうですよね。で、ここからが本番、「有類類」についてです。吉田類が来店する可能性のある店が「有類類」に入るわけですが、ここはさらに二つに分かれます。「有類類
吉田類検索は非常に便利で常々お世話になっているだけに、便利すぎて使うのが悔しいときがあるんですね。そういうときは知らない土地でも自分の嗅覚だけを頼りに酒場を探します。僕もそこそこベテランなので、ここはいい店だろうなというのは空気というか、言語化できない何かでわかるようになってきて。
吉田 僕はそういうのを「酒場オーラ」と呼んでいます。
稲田 それです! 酒場オーラを感じて店に入るんです。で、予想通りいい店だと気分よく飲んで、途中でお手洗いに行ったりすると、吉田類の色紙を発見したりする。未類目だと思っていたら既類目だったのかと。しょせん、俺も類の
一方、色紙を発見できなかった場合は、店を出て、念のため吉田類検索をします。出てこなかったらしめたもので「有類類未類目」であることが一旦確定します。知り合いにどこかいい居酒屋ないかなあと聞かれたときは、ここを紹介するわけです。「吉田類もまだ見つけてないんだけどね」と全力でドヤ顔して。ですから「有類類未類目」をいかに探し当て、そこに通うかは、僕にとっての重要なテーマであるということをお伝えして、今日の発表は以上とさせていただきます。
酒場を見分ける「酒場オーラ」とは?
吉田 面白いなあと思ってお聞きしました。僕はほぼ日本中を回っていますし、名乗らないで帰る店も多いから、「未類目」でも行っているお店はやっぱりあるだろうと思いますね。
稲田 やはりそうですか。
吉田 ただね、店を探そうと思って探したことはあまりないんですよ。地方に行っていい店ないかなと思ったときは、たとえば酒屋さんで訊きますね。いい酒を卸している店を知ってますから。あるいは地元の新聞記者に訊く。そうやってポイントを絞ってますね。そうするとほとんど間違いないんだけど、違うなと思ったときは別の視点で見ます。それは歴史ですね。古いほうが僕にとって面白いのと、長くやっている個人店はいろいろと試行錯誤して、長くお客さんのニーズに応えているわけですから、それなりのよさがあるということです。
稲田 なるほど。それからさきほどおっしゃった「酒場オーラ」でも店を見分けていらっしゃる。
吉田 そうですね。オーラというのは抽象的な表現なんだけど、盛り上がっている店はだいたいうまいということです。これは豪華とも違って、経験がないとわからない感覚かもしれませんね。経験と、それから幅ですね。僕は若い頃、パリを拠点にヨーロッパを放浪し、飲み歩いていました。パリと日本の酒場文化は全く違うものなんだけど、この〝幅〟が、酒場を見るベースになっています。
稲田 外からの目線、遠くからの目線があるから見えてくるものがあるということですね。
吉田 そういうことですね。
東京は異世界、「煮込み」に驚く
──〝外〟や〝遠く〟の視点は、さまざまな土地で暮らした経験のある稲田さんにも備わっていて、新刊『東西の味』に発揮されていると感じます。
稲田 僕は九州(鹿児島)出身で、大学進学を機に関西へ移って卒業後も含めてしばらく住み、それから名古屋に自宅を持って、東京でもしょっちゅう仕事をするようになったんです。西から徐々に東に向かっていったから、味の違いをドラスティックに体験してきたわけですが、東京に来たときに、一番カルチャーショックを受けました。「異世界に来た!」と。知っているようで知らない味が出てくるんです。おでん屋さんでも、今は関西風のおでんを出している店が増えましたが、昔からの店だと真っ黒なおでんが出てくる。構成は慣れ親しんだものなんです。大根、練り物、たまご。味付けだって昆布だしに醬油、みりん、砂糖と全部知ってる味なのに、トータルとして、全く知らない味だった。そういうことが、煮物でもきんぴらでも、蕎麦でもうどんでも、いろんな料理で起きて楽しくてたまらなかったんです。
吉田 全く同じですね。僕が東京で驚いたのは下町の味、「煮込み」です。最初に見たとき、これ、食べられるのかな?と。僕は高知出身で、関西は、肉を煮込まないですよね。すき焼きのように「焼く」はあるんだけど「煮込む」はあまりないから驚きました。何だかわからない内臓がいっぱい入ってるし。でもこれがおいしかった。煮込みの内臓は牛であったり豚であったりするんですが、東京では戦前から食べられていて、戦後になると、米軍が食べた肉の余りが内臓で、安価だったから下町を中心に庶民に広がったという独特の歴史があるんです。
稲田 僕も「煮込み」には驚きました。まず何に驚いたかといえばメニュー名が「煮込み」なんです。最初、何の煮込み? と思ったんですが、東京の人には説明不要なわけですよね。基本的には豚の白もつの煮込みが多くて、店に入ったら最初にそれを頼むと。常に鍋でぐつぐつ煮込まれているから、温かい料理がいきなり出てくる。いいなあと思って。
吉田 東京の下町といえば煮込み、それからチューハイです。これも米軍が飲んでいたハイボールを真似て、でもウイスキーは高いから焼酎にして、下町の大衆酒場に広がっていった酒ですね。こういう東京の広さというか多様性に驚いて、僕は当時住んでいた
これまでも全国を回ってきましたが、最近は意識的に地方に行っています。僕は山が好きで登山をしますから、地方でも時間があれば山に登って、下りたら一杯やるんです。その土地にしかないものはやっぱり面白くて、先日は一週間沖縄に行って、魚や料理とともに泡盛を楽しみました。消毒しすぎまして、まだちょっと喉が回復しないんですけど(笑)。
稲田 酒場における郷土料理的なものと、いわゆる地方グルメって違いますよね。
吉田 違いますね。
稲田 お役所が郷土料理として給食に導入するようなものともまたちょっと違う、酒場で出合うしかない食べものが僕は好きで、少し前に東北でそれを見つけました。「きゅうりの辛子漬け」という、きゅうりに、塩と砂糖と辛子の粉をまぶしただけの簡単なものが抜群においしかった! 名前は聞いたことがあったものの食べたのは初めてで、こういう発見をしたとき、地元の人に「おいしいですね」「珍しいですね」と言いたくなるんですが、言うと、そんな取るに足らないものを……と恐縮されがちなので、一人でニヤニヤして楽しむようにしています。
コシの讃岐うどん
柔らかい福岡のうどん
だしの京都のうどん
吉田 今回の本では、とくに、「うどん」の章が気に入りました。僕もうどん、大好きなんですよ。香川のコシのある
稲田 はい、わかります。
吉田 博多弁で濁点を発音しないから「うろん」なんですが、ここの柔らかくてコシがないうどんは、じんわりとおいしいです。まあ、僕の個人的な好みとしては香川のほうが好きなんですけど、どちらも東京にいるとなかなか食べられません。でも、「丸亀製麺」は食べ歩いてますよ。「酒場放浪記」の撮影が終わると、お
稲田 なるほど。意外と主食までは行き着きませんからね。
吉田 意外とそうなんです(笑)。「丸亀製麺」は店舗によって味が違うから、エリアごとのお気に入りを見つけています。麺職人さんとか店員さんによっても違いが出るんじゃないかと思いますね。丸亀と付くけれど丸亀(香川県)ではなく、兵庫県発祥の会社なんですけど、なぜここまで大成功したかといえばやっぱりおいしいからだろうと。
稲田 本当にそうだと思います。讃岐うどん、福岡のうどん、それから僕は京都のうどんも大好きなんです。
吉田 庶民的な大阪のうどんを上品にしたのが、京都の味だと思いますね。
稲田 大阪に比べると、京都は、だしに鰹をふんだんに使っています。大阪も鰹を使うんですが、昆布を超えない程度なんです。かたや京都の鰹は、昆布をポーンと超えていく。似ているようで全然違って、京都のうどんのキリっとした味わいに
吉田 大阪は庶民の範囲を超えない。京都は超えるんです。
稲田 なるほどなるほど。好きな味は割と似ているはずだけど、超えようとするか、超えずに踏みとどまるかの違い。すごくよくわかります。これは良し悪しではなくあくまで好き嫌いの話ですが、僕は、京都のうどんが一番好きですね。
吉田 本に出てくる他の料理でいうと、ラーメンも好きですし、餃子も好きですね。羽根の付いた餃子もおいしいし、宇都宮餃子が人気なのもわかるんだけど、僕が好きなのは土佐の餃子です。もともと屋台で営業していた安兵衛という店で、今は東京にも2店舗あります(めぐろの安兵衛、えびすの安兵衛)。
稲田 どういう特徴があるんですか?
吉田 ジューシーでおいしいのはもちろんなんですが、大きさがちょうどいいんです。餃子は大きさで味が変わってくるんですよ。ここのは大きすぎず小さすぎず絶妙。福岡の一口餃子は、おいしいけどちょっと物足りないし、大きすぎると食べにくいしね。大きさが、僕の好みにドンピシャということです。
稲田 そうですか。僕にとっての一位は「餃子の王将」の生姜餃子なんですが、餃子はけっこう地域性がありますよね。
吉田 ありますね。
稲田 名古屋には、三日月みたいな形の、味の強めの餃子があります。すでに味が完結しているのに、外食に濃い味を求める名古屋らしく、ちょっと甘いタレをつけて食べるんですよ。僕は「名古屋餃子」と呼んでますが、名古屋の人はこれを特徴的と思っていなくて、懐かしい味だね、くらいの感覚のようです。ローカルグルメの面白さだなあと思います。
究極の味は国を越えて似てくる
吉田 甘めのものは確かにおいしんだけれど、なるべく甘めじゃないものを、お酒とは合わせるようにしています。甘さが勝ってしまうんですね。お酒と合う味というと、だし味です。そもそも僕の故郷の土佐は「だしの国」なんですよ。戦国時代に土佐に下向した一条家が京都のだしの味を伝えたといわれています。
稲田 酒を飲むからこそおいしい味ってありますね。ある宮城県の方が、世の中で言われているほど宮城の人はホヤを食べないよと言ったんです。それに反論した人がいまして。それは酒を飲まない人たちの世界観であると。酒を飲む宮城の人は、ホヤを食べまくってると。
吉田 僕はホヤを食べに、岩手まで行ったことがあります。太平洋側ですね。日本酒に合わせるのはこれしかないと思うような、えらいうまいホヤでした。お酒を飲む人は、イタリアンでもフレンチでも、酒に合わせて食べものを選ぶんですよ。だから飲む人と飲まない人では、求める味が微妙に違ってくるでしょうね。
稲田 そうですね。今回の本は「東西」という、エリアによる味のグラデーションや違いを書いたわけですが、これとは別に、酒を飲むか飲まないかによるグラデーションもあるということですね。
吉田 そうでしょうね。
稲田 それから今回の本には、入れられなかったトピックがたくさんあるんです。その一つが「煮込み」だったので、お話しできて嬉しかったです。
吉田 煮込みは本当に深くて、世界ともつながるんです。以前、「酒場放浪記」のフランス編(「吉田類フランス大紀行~美食と芸術を訪ねて~」)でリヨンに行ったんです。「ブション」と呼ばれる大衆食堂に入ったら、ここの定番が内臓料理なんですね。東京の煮込みとどう違うんだろうと思って食べたら、基本、同じなんですよ。店の女性が言うには、おばあちゃんの味なんだと。安い内臓を使ってみんなが喜ぶ料理を作ろうと思ったのが始まりだということで、成り立ちも東京と同じでした。おいしかったですね。
稲田 同じ味だというの、わかります。味付けが味噌か、塩とハーブかは、関係なくなるんですよね。インドにもあるんです。ソルポテルという煮込み料理があって、味付けはスパイスですが、東京の煮込みと似ています。
吉田 究極の味って、似てきません?
稲田 原始的な味と、ものすごく作り込んだ究極の味は、地域や国境を越えて似てきますね。その間にいろんなバージョンが広がっているのも豊かで面白くて。
吉田 煮込みの起源は大航海時代までさかのぼるそうで、ある店の主人は、遊びを兼ねてポルトガルに研究に行くと言っていました。
稲田 ポルトガルから中南米にも伝わっていますから、「世界もつ煮紀行」が書けそうですね。世界編と日本編で。
吉田 可能性が広がりますね。稲田さん、本当にいい食べ歩きをされていて僕も刺激を受けました。これからますます、いろんなところを回られるんでしょうね。
稲田 本人が楽しんでいるのは間違いないです。どこに行っても何かを発見したい、発見できなかったら俺の負け、くらいの気持ちでやってます(笑)。
吉田 この近く(神保町)だと、「兵六」行かれました?
稲田 いえ、行ってないです。
吉田 「既類目」ですが(笑)、しみじみと酒と料理が味わえるいい店です。
稲田 ぜひ、行ってみます。
吉田 次は酒場でお会いしましょう。
稲田 今日はありがとうございました。

稲田俊輔
いなだ・しゅんすけ●料理人、飲食店プロデューサー。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。多くの飲食店の立ち上げに携わり、2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理専門店「エリックサウス」を開店、総料理長。南インド料理ブームの火付け役であり、旺盛な執筆活動でも知られる。著書に『おいしいものでできている』『異国の味』『料理人という仕事』『現代調理道具論』『ミニマル料理「和」』『食の本 ある料理人の読書録』『ベジ道楽』等多数。

吉田 類
よしだ・るい●酒場詩人、俳人、イラストレーター。
1949年高知県生まれ。仏教美術に傾倒し、シュールアートの画家としてパリを拠点に活動。帰国後、イラストレーターに転身し、90年代から酒場や旅をテーマに執筆を始める。俳句愛好会を主宰し、俳人の顔も持つ。写真・登山・昆虫など趣味多彩。現在、レギュラーのテレビ番組に「吉田類の酒場放浪記」(BS-TBS)「にっぽん百低山」(NHK BS)。著書に『酒場歳時記』『酒場詩人の流儀』『NHK にっぽん百低山 吉田類の愛する低山40 三合目』等多数。





