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谷川俊太郎『谷川俊太郎てのひらの詩集 ベスト190』(集英社文庫)を尾崎真理子さんが読む

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再発見の喜びを誘う

 よく知られる名編を集めたアンソロジーとは、ちょっと違う。
 谷川俊太郎という比類なく多産で、長命を全うした詩人のすべての年代の詩集から、数々の代表作はもとより、無名の詩までを丁寧に採集した独自の「ベスト190」は、新鮮で起伏に富んでいる。
 ソネット(十四行詩)を得意とし、「10行以内の詩だけでも数百編ある」(巻末解説)という谷川の、15行以内の作品ばかりが選ばれているのだが、あらためて一つずつ、てのひらに乗せるようにしげしげと眺めていくと、「やっぱり、いいな」「すごくいい」「え、こんなのがあったんだ!」「記憶しておきたい」……と発見は尽きず、時間を忘れて味読してしまう。
 通底するのは無限の宇宙、永劫の自然、それに対して有限の時間の中の、今この一瞬にたたずむ人間のさびしさ、かなしみ。だからこそいっそう輝く、生きて在るよろこび、だろうか。谷川はじつに70年以上も、そのポエジーを自在に言葉にしつづけた。
『六十二のソネット』(1953年)中の「1 木蔭」で、「とまれ喜びが今日に住む/若いの心のままに/食卓や銃や/神さえも知らぬ間に」とうたったのは、22歳の夏だった。『私』(2007年)に収録された「Where is HE?」では、70代半ばを越えた谷川が先にった誰かをいたんでいるのだが、その詩は今の、私たちの谷川への哀惜の想いを見事に先取りしてもいた。「姿が見えていた夏/声が聞こえていた秋/肩をたたくことのできた冬/そして二度と来なかった彼との春//だが彼はいまもなお繰り返し訪れる/沈黙の彼方から音を連れて/私たちの耳に」
 選者のテイエンユアン氏は谷川作品の中国語への翻訳者でもあるから、本書の収録作はやがて漢字圏の大勢の読者へ届き、東洋における谷川俊太郎のスタンダードとなる可能性も秘めている。「そして詩は/言葉の胞衣えなに包まれて/生と死を分かつ川の子宮に/ひっそりと浮かんでいる」(「詩人がひとり」=『詩に就いて』2015年)と、谷川自身はさしたる野心を抱いていなかっただろうけど、その詩群は、いよいよ国境も時代も越える詩の大河を、遠くまで悠々と伝播していく予感がする。

尾崎真理子

おざき・まりこ●文芸評論家

『谷川俊太郎てのひらの詩集 ベスト190』

谷川俊太郎 著

発売中・集英社文庫

定価748円(税込)

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