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東えりか 著、下山 達 医学監修・解説『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』を久坂部 羊が読む

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かけがえのない記録

 スポーツジムで汗を流していた夫が、激しい腹痛を訴えて緊急入院し、診断がつかないまま三ヵ月、不安と苛立ちに苦しんだ後、ようやく判明したのは「原発不明がん」という聞いたこともない病名だった。しかも、余命はわずかと言われる。
 こんな過酷な状況があるだろうか。妻は夫の回復を祈って懸命に情報を集め、あらゆる手段を講じようとするが、コロナ禍による面会制限、病院の年末年始休暇、おまけに病棟の引っ越し、医療者の不手際、連絡ミスなどの不運が重なる。
 あづまえりかさんの『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』は、読む者を慄然とさせるほど凄まじい家族看護の記録である。本書に綴られたあまりに気の毒な状況に、医療者の端くれとして、歯がゆい思いと申し訳なさを禁じ得なかった。患者と医療者のギャップが作り出す不幸を、一刻も早く解決しなければ、同様の苦しみは繰り返されるだろう。何事にも運不運はあり、医療が予定通り進むのは実は「幸運」なのだが、患者側はそうは思わず、不運が紛れ込むと不安、怒り、苦しみが湧き上がる。医療者はもっと最悪の事態を伝えるべきだが、自己否定・医療不信にもつながるのでなかなか言えない。
 本書は医療の現実を伝えつつ、治療を断念し、在宅での看取りを覚悟する過程を冷静に書き記すことで、人の最期の迎え方について、重要な示唆を与えてくれる。多くのことをあきらめざるを得ない中で、いちばん大切なものを選び、精いっぱいそのことに専心する。
 東さんが夫と自宅で過ごした十八日間は、かけがえのない時間になったはずだ。治療にこだわって最後まで病院で時間を無駄にせずにすみ、ほんとうによかったと思う。原発不明がんにかぎらず、がんや難病で不安を抱えている人は少なくないはず。本書は心の持ちようだけでなく、具体的な支援やサービスも明記され、だれもが迎える最期について、得がたい情報と癒やしを与えてくれる。

久坂部 羊

くさかべ・よう●小説家、医師

『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』

東えりか 著/下山 達 医学監修・解説

10月24日発売・単行本

定価2,200円(税込)

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