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童門冬二『小説 小栗おぐり上野介こうずけのすけ 日本の近代化を仕掛けた男』(上・下 集英社文庫)を木内 のぼりさんが読む

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幕末を支えた“異端者”の足跡を追う

 小栗おぐり忠順ただまさは江戸末期の幕臣にして、日本の近代化を見据え、数々の新事業を推し進めた人物である。長きにわたる安泰の歴史の上にあぐらをかき、旧弊な組織運営に徹したとの印象が強い当時の幕府にあって、半ば力尽くで、横須賀製鉄所を起工し、洋式銃陣を取り入れ、兵士を育成した。本書は、己の信念を曲げることなく働き続けた小栗の、孤軍奮闘の足跡を追った小説である。
 開国以前、唯一の開港場であった長崎に近い西南雄藩が、早い段階から異国の技術や文化に接し、これを取り入れてきたのに比して、幕臣たちはなお刀槍の鍛錬に終始していた。外交においても、為替レートをはじめ異国側の強弁に屈する始末。そんな中、日米修好通商条約批准のため、米国に渡った小栗は、近代化の必要性を強く意識し、帰国後実践していくのである。
 この小説が、いわゆる組織内での出世物語に終わらないのは、役職に違和を覚えるやすぐ役を辞す、または罷免される、という小栗ならではの「仕官ループ」にるところが大きい。面白いのは、役を外れたのちも、気になる仕事とあれば構わず務め続ける点。盟友であり、幕臣随一のフランス通、栗本鋤雲じょうんと交流し、フランス式銃陣を取り入れるきっかけとなったメルメ・デ・カションとの親交を深めるなど、閣内の人間関係にのみ右往左往することなく、確かな展望をもって広い交流を行っていた。一方で、対馬を占拠しようとしたロシア軍との折衝など、異国の圧力に屈することない胆力も彼は併せ持っている。
 評伝でありながら歴史解説書としても綿密な、童門冬二ならではの描き方が、小栗という幕臣にあっては異端な、しかし歴史の流れの中で見ると、有能で先見性のあった男の真価を浮かび上がらせている。小栗は、明治期に中央政府が為した近代化をどう見たろうか――そんな想像を禁じ得ない、彼の活躍を知るに必読の書なのである。

木内 昇

きうち・のぼり●作家

『小説 小栗上野介 日本の近代化を仕掛けた男』(上)

童門冬二 著

8月21日発売・集英社文庫

定価(上)968円(税込)

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『小説 小栗上野介 日本の近代化を仕掛けた男』(下)

童門冬二 著

8月21日発売・集英社文庫

定価(下)1,034円(税込)

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