[特集インタビュー]
その一言が謎を呼ぶ
日常生活から生まれるミステリー
二〇一一年にアガサ・クリスティー賞を受賞し、デビューした森晶麿さん。今春刊行の『あの日、タワマンで君と』も増刷を重ねる中、最新刊となる連作短篇集『
聞き手・構成=文芸編集部/撮影=露木聡子
── 主人公は俳人・虚池空白と、その友人の編集者・
最初はホラーの予定だったんです。映画の『ミッドサマー』みたいな感じをやりたくて。それに自由律俳句を結びつけてみたのですが、どうもうまくいかなかった。なぜか。素材の個性を無視して、料理をしていたからでしょうね。本来、ジャンク飯を作る素材じゃないのに、それを目指した結果、おかしな創作料理が出来上がったというか。そこでもう一回、自由律俳句という素材を生かすのなら、どういう書き方がふさわしいのかを冷静に考え直すところからリスタートしました。
── ホラーを捨てて、自由律俳句ありき、になったんですね。自由律俳句は、もともとお好きだったんでしょうか?
そんなにたくさん読んでいるわけではないのですが。現代だと、せきしろさんとかは、好きですね。
そもそも五七五という定型があるのに、わざわざ自由律にするのは何で? という興味もありました。でも、
そこから「自由」とは何ぞやというテーマも生まれてきました。人間関係、恋愛も、自由をキーワードにしていくと、分解していくことができるんじゃないか。
── 確かに、この作品にはいろんな恋愛の段階、形が出てきますね。片想いや両想い、結婚、不倫、幸不幸も様々です。
自由律俳句というキーワードをうまく使って、好きだとか、くっついた、成就したとか、別れたとか、そういうことだけではない、恋愛も含めた人間関係の深みに行けるんじゃないかとも思いました。
それと、文学フリマでも、俳句や短歌のコーナーは人気ですし、句集や歌集も結構売れているという印象がありましたね。若い人が、Xでもどんどん自分の句や歌を発表しています。僕は
でも逆に、小説家が俳句や短歌、詩に進出する例は、あまりありません。一言の強さというものを考えた時に、俳句や短歌ほどの一言の強靭さを小説家が書くのは、やはり難しいのではないか。小説は全体を説明する長い文章で成り立っていますから。そう思った時に感じた悔しさも原動力の一つです。自由律俳句をテーマにした小説だったら、一行の強度を俳句に近づけられるんじゃないかと思った。一文一文の強さに、ちょっと挑戦してみたかったんです。
子育ては創作の役に立つ
── 〈野良句〉にはどれも謎が潜んでいますね。
ええ。ハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」という有名な短篇があるんですが、あれをベースにしてみました。謎の一言から全てを推理するというそのスタイルが、一番シンプルでいいんじゃないかと思った。単行本に収めた幾つかの作品の中で、どれか一つをそのスタイルにした作家は多くいたと思いますが、連作短篇の全話をそれで通すというのは、今までなかったんじゃないかなと思います。
それから、僕は今まで、日常の謎や、恋愛ミステリーをやってきたので、その延長線上でやるのが一番いいかなとも思いました。だから、まず「謎の一言」にはどういう種類があるのかを分析して、うまく均等に全六話に要素がばらけるように考えていったんです。
── 初出は「小説すばる」での連載ですが、最初に六話全部のアイデアを考えてから書かれたのでしょうか?
ええ。オンライン会議の一日前に、六話分のネタが一気に出てきました。実際、ほぼその通りに書いています。それぐらいの設計図が、なぜか会議の前日に浮かんできたという珍しい経験をしました。ただ、推理のアイデアだけで、まだ〈野良句〉自体はなかったので、それは仮にXと置いておきました。こういう事件が起きる、登場人物はこういうキャラクターでと外堀を埋めていったら、だんだんその野良句の内容が決まってきた。外堀を埋めることによってXが何かというのがはっきりしてくる、方程式を解くような感じです。
── 先ほどたとえられた料理も科学だといいますし、非常に分析的な、理性的な書き方ですね。
子供の高校受験で、数学を教える必要に駆られたのが一番影響したのかもしれません(笑)。だから、この二、三年で、書き方がずいぶん変わったんです。
デビューから十年ぐらいは、先に
── お子さんは四人いらっしゃいましたよね。
長女が二十四歳、長男が十九歳、次女が十四歳、次男が九歳です。長女は東京で写真をやっていて、長男はブラジルのサッカー留学から一時帰省中。下の二人はまだ家におります。
── 子育てが終わらないですね。
ええ(笑)。ただ、推理小説を何冊か読むよりも、数学のテキストを子供と一緒に解く方が、少なくとも僕にとっては、仕事の役に立ちました。因数分解を解いた時の快感が、推理から真相にピタッと辿り着いた時の感覚に、よく似ているんです。
── 作品を読んでいても、弁当を日常的に作っている方、料理をなさる方だなということが分かります。おにぎりやタコさんウィンナーが出てきますね。
料理を含め、子育ても大体僕がメイン、というと妻が怒るかもしれませんが、もう二十年以上、子育て中です(笑)。だから、子供を育てるって、どういうことなんだろうというのは、常に考えてきました。
基本的には、子育ても創作も、バスケのシュートでいうところの左手を添えるだけでいいのではないかなと思うんです。子育てなら、親が出しゃばらないで、子供がやりたいことをそっと見守る。もちろん、放りっぱなしではいけない。時にはそっと左手を添える。
創作も、物語を書く上では、あまりプロットをきっちりとしすぎないというか、そっちが出しゃばらないよう、その素材の中で言えることは何か、そこを優先する。
日頃からいろいろ考えて生きることが大事だろうなというのも同じです。そうすれば、プロットの段階で、この作品はこういうテーマでと作りこまなくても、こういう状況だったらこういうことを自然に言うだろうなと、すっと出てくるので、それをあまり押しつけずに生かすという感じです。
── 作中に出てくるムック本のタイトル『Nの歌を聴け』は、村上春樹さんの『風の歌を聴け』を想起させました。他にも好きな作家や作品があれば教えてください。
村上春樹さん、高校時代は後ろの席で、カーテンの陰に隠れて、ずっと読んでましたね。純文学を書いていた時期もあったんです。ポール・オースターや『存在の耐えられない軽さ』のミラン・クンデラも好きでした。女性の作家の方なら、川上弘美さん。女性の一人称などを書く際は、参考にしています。子育てに入ってからは、読書量は十代や二十代の頃に比べたら、かなり減ってしまいましたが、同じ作品を繰り返し読んだりしています。
── ちなみに、主人公の虚池空白という名前は、どこから出てきたんですか?
夏目漱石こと夏目金之助と、
── 子供のころから読書好きでしたか?
全然本を読まない子だったんです。それが中学三年の時に『ジュラシック・パーク』を見て、映画監督になりたいと思った。でも、先輩、後輩の関係が苦手なので、アシスタントや助監督をやりながら上がるのは無理だと思っていたら、『ジュラシック・パーク』の原作者のマイクル・クライトンが映画監督もやっていると。そうか、小説家になると映画監督にもなれるんなら、まずは小説家を目指してみようと思いました。
── 映画からだったんですね。
高校の授業中に、友達とルーズリーフにショートショートを書くようになって、今日はホラー、明日はミステリーとテーマを決めていたら、ミステリーを一冊も読んでないのに気づいて、まず江戸川乱歩を読み始めました。そこから横溝正史、木々高太郎、坂口安吾、高木
── 広告代理店ではどんなお仕事をされていたんですか?
タワマンのコピーライターです。億ション専門の広告を作っていました。モデルルームはしょっちゅう見ていたので、そういう意味では『あの日、タワマンで君と』を書く際、家具とかは参考になりました。渋谷や
── そこから再び文学賞に応募されたんですね。
自営に切り替えてしばらくしてお金に困ってきた時に、眠っていた『黒猫の遊歩』を六話全部送ったらどうなるだろうと思って、アガサ・クリスティー賞に預けたら受賞したので、正直困りました。もう今は学問の世界にいるわけじゃなし、読書も七年ほど休んでいる感じで、さびついた刀を取るところからのスタートでした。
ウイスキーにコーヒーを
── 舞台となるバー〈のちえ〉も魅力的です。作中では、空白と古戸馬が度々訪れ、常連になっていきます。モデルになったお店はあるんですか?
いや、ないんです。住んでいる高松には、
── ご自分でレシピを作られたんですか?
変な実験が好きなんです。書いている時に空腹を感じて、なおかつコーヒーが飲みたい時は、チキンラーメンを粉々にしてコーヒーの中にばーっと入れたりもしますね。何やってるんだろうって、後で自分でも思いますが。
── おいしいんですか?
分からないですね。味は本当に分からない(笑)。〆切前はよく食べてます。家族はそういう時は別で、ちゃんとしたご飯を食べていますよ。普段の食事は全部僕が作っていますが、〆切前だけは妻にお願いして、家族の分は作ってもらってます。〆切前以外は、家事と育児がありますから、とにかく書ける時間は全部書く、という感じです。
── 今後はどういう作品を書いていきたいですか?
この二、三年で、数学的な書き方を発見し、なおかつショートショート集を書いた際に、物語のひっくり返し方など構造の部分から理屈で考えるということを徹底してやっていったら、小説を書くのが楽しくなってきたんですね。
今まで、そんなにミステリーが得意じゃないのに、恋愛ミステリーでデビューしてしまったので、四苦八苦していました。作中で人も殺せなくて。去年『切断島の殺戮理論』を出すまではちょっと殺すと「森さんが殺人はちょっと……」みたいな声があがったりして。殺せたほうが楽なのに、みたいな(笑)。
── 縛りが多かった。
はい。ただ、一回、構造をじっくり考えたら、そこさえ守れば小説ってもっと自由なもんじゃないかというのが見えきて。それで大分呼吸がしやすくなりました。
『虚池』に関しても、たった一言から推理する、それを六話全部通してやるというのは、ある種、過剰かもしれませんが、自分の限界を突き破るためには、この過剰さというのが必要だろうなと思って、意図的にやってみました。それで思ったのは、このパターンが一番自分には合っているんだなと。自由律じゃないですけど、推理小説ってこんなに自由なものだったんだというのが再確認できた作品です。これからも自由に書いていきたいですね。
森 晶麿
もり・あきまろ●作家。
1979年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。日本大学大学院芸術学研究科博士前期課程修了。2011年、『黒猫の遊歩あるいは美学講義』で第1回アガサ・クリスティー賞受賞。〈黒猫シリーズ〉の他『探偵は絵にならない』『切断島の殺戮理論』『名探偵の顔が良い 天草茅夢のジャンクな事件簿』『あの日、タワマンで君と』等、著書多数。