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今月のエッセイ/本文を読む

佐藤さくら『銀の翼が羽ばたくとき』(集英社文庫)刊行に寄せて
旅しない私

[今月のエッセイ]

旅しない私

 子どものころ、インディ・ジョーンズになりたかった。
 古代の謎を求めて世界中を飛び回り、危険に満ちた不思議な遺跡で手に汗握る冒険をし、仲間と力を合わせて勇敢に悪と戦う……大人になった今でも、ジョーンズ博士は憧れの存在である。

 そこそこの本好きだと自覚しているが、中でも特に冒険ものが好きだし、そこそこのゲーマーでもあると思うが、好きなゲームはRPG一択だ。いつだって冒険の旅に夢中になっている。しかし、そんな私は旅行が大の苦手である。対人恐怖症気味なので、人の多いところには出かけたくない。方向音痴の上、予想外の事態に出くわすとパニックになるので、慣れない場所には極力近寄りたくない。日々の外出すら億劫なのに、旅行なんてもってのほか!
 そのくせ、気が付くと主人公が旅をする物語ばかり書いている。
 私にとって、主人公はある意味自分の分身だ。自分の中にある悩みや苦しみ、捨てきれない希望といった、自分の〝魂の一部〟を核とし、別人格として独自に成長させたのが、主人公たちなのだ。
 だから、前作『波の鼓動と風の歌』の主人公ナギも、今作『銀の翼が羽ばたくとき』の主人公アスカも、自発的に旅に出るようなタイプではない。それどころか彼女たちは主人公のくせにちっとも勇敢ではないし、しょっちゅういじけているし、優柔不断である。時々「もっと勇敢で堂々とした、かっこいい主人公を書いてみたい」と思わないでもないのだが、どうあがいても私の書く主人公たちは私の分身である。それはつまり、私とあまりにかけ離れたタイプにはなりえないということだ。ジョーンズ博士のような人物を主人公にすることは、悲しいかな、私にはできないのだ。
 私は物語の主人公たちの、旅をして、新たな場所や人と出会い、仲間と絆を深め、心を成長させていく……そんな姿に心を揺さぶられる。憧れる。だが、自分がそんな経験をすることは、決してできない。それをわかっているから、物語を書くことで、せめて自分の魂を宿した主人公に代わりに旅をしてもらい、自分を癒しているのだろう。

 私は自他共に認める引きこもりであり、まあそれはもうしょうがないとおおむね諦めているのだが、この「旅行が苦手」な性分についてはひとつ(本当はもっとたくさん……)、コンプレックスというか悩みがある。それは、「実際に行ったことのない場所について、リアリティのある描写ができるのか」問題である。
 前作の大草原も、今作の大雪原も、一応モデルと考えている実在の地域がある。そしてもちろん、私はどちらにも行ったことがない。いろいろと資料を集めて読み、現地在住の方の動画配信などを見たりし、「素敵だなあ、いつか行ってみたいなあ(絶対、行かないけど)」と思いながら楽しく情報収集した。できる限りの努力はしたが、どうしたって本や動画からは、風や土や木々の感触、匂いや味は知ることができない。何より、未知の場所に自らの足で立ったという感動は、決して得られない。
 だからいつも、「リアリティがないと呆れられているかも」という不安にさいなまれ、「どうして私は旅行が苦手なんだろう。みんなは好きなのに」と自己嫌悪に陥ってしまう。こんな人間が冒険物語を書いていいのか、とまで思ってしまうこともある。
 ……しかし私が書くのは、そもそも異世界の話である。異世界に行ったことがある人など、たぶんいないだろう。どうせ誰も行けない場所について、リアリティを論じてもしょうがない。ならば、私みたいな人間が書いても、まあ許されるんじゃないだろうか。ちょっと物理法則がおかしくても、気候がおかしくても、地球とは違う力が働いている場所なので仕方ないじゃないか。コンプレックスに圧し潰されそうなときは、自分にそう言い聞かせ、開き直るようにしている。
 
 私はきっとこれからも旅をしないだろう。それでも、たくさんの本やゲームの力で未知の場所を冒険し、心を揺さぶられる。だから願わくは、私の書いた物語も誰かの冒険心をくすぐり、心を揺さぶり、癒すことができますように。
 私はインディ・ジョーンズにもRPGの主人公にもなれないが、せめて冒険者たちの語り部にはなりたいのだ。

佐藤さくら

さとう・さくら●作家。
福岡県生まれ。2015年『魔導の系譜』で第1回創元ファンタジイ新人賞の優秀賞を受賞し、デビュー。本格ファンタジーの書き手として注目を集める。著書に「真理の織り手」シリーズ、「千蔵呪物目録」シリーズ、『波の鼓動と風の歌』等がある。

『銀の翼が羽ばたくとき』

佐藤さくら 著

集英社文庫・発売中

定価1,034円(税込)

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