[本を読む]
多様性を再び愛するために—
民主主義を諦めない人の必携書
民主主義や多様性の終わりすら語られるようになった。既に権威主義国の数は民主主義国の数を上回り、米大統領選では、反多様性政策を掲げたドナルド・トランプが勝利した。「多様性は豊かさより脅威をもたらす」と考える人も着実に増えている*1。
そもそも人間も人間が構成する社会も多様だ。なぜ「ここにある」ものを否定する言説がこうも勢いづいているのか。そこには、人々にそう思い込ませ、無力化しようとする支配者や富裕層の存在がある。
本書は、台湾の初代デジタル発展省大臣オードリー・タンと経済学者グレン・ワイルが提唱する「多元性(plurality)」を解説し、民主主義や多様性への信頼を取り戻す貴重な試みだ。確かに人々は、差異が生み出す摩擦に疲れ果てている。差異を超えたコラボレーションのために、技術は欠かせない。技術、と聞くと身構える人も多いかもしれない。中国やロシアは、人々を監視・抑圧する「デジタル権威主義」を発展させ、民主主義国でも技術は権力者のツールと化している。トランプを支持する実業家イーロン・マスクは、自身が保有するソーシャルメディア・プラットフォームで2億超のフォロワーに向けて、野党政治家や裁判官を攻撃し、ヨーロッパの極右政党支持を打ち出している。
しかしだからといって技術を脅威とみなし、遠ざけてしまえば、巨大プラットフォーマーの思うつぼだ。マスクの試みは市民の抵抗に遭い、思うようにいっていない。今こそ、技術を市民の手に取り戻し、「デジタル民主主義」の逆襲が始められるときだ。
本書は、私たちの民主主義論が、無意識のうちにいかに欧米中心主義に陥っているかも明らかにしてくれる。トランプが初当選した2016年、台湾ではタンが入閣し、「デジタル民主主義」を強力に推進していった。本書はタンが深く影響を受けた柄谷行人の思想を掘り下げるなど、民主主義の脱欧米も試みる。民主主義の未来を諦めない人の必携の書だ。
*1 https://www.washingtonpost.com/politics/2024/09/25/republican-nativist-immigrant-threat/
三牧聖子
みまき・せいこ●国際政治学者