青春と読書 本の数だけ、人生がある。 ─集英社の読書情報誌青春と読書 本の数だけ、人生がある。 ─集英社の読書情報誌

定期購読のお申し込みは こちら
年間12冊1,000円(税・送料込み)Webで簡単申し込み

ご希望の方に見本誌を1冊お届けします
※最新刊の見本は在庫がなくなり次第終了となります。ご了承ください。

本を読む/本文を読む

田畑勇樹『荒野に果実が実るまで 新卒23歳 アフリカ駐在員の奮闘記』(集英社新書)を姜尚中さんが読む

[本を読む]

「迷い子」が正義をもたらす

『三四郎』と『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』そして映画「七人の侍」―本書を読んで私の中にスパークしたのは、これらの小説と映画のシーンの数々だ。ドキュドラマのような作品を読んで、活字と映像の世界が一瞬のうちに蘇ったような体験をしたことはこれまで一度もなかった。それは本書が一見粗削りのようで、ジャンルを超えた豊かな含蓄をたたえていることを意味している。
 本書が、アフリカや秘境の地での希少な体験を自信ありげに冒険譚的に語るノンフィクションの類と違うのは、何よりも著者が「ストレイシープ」(迷える人)であることを自認していることにある。本書の著者は、漱石の『三四郎』のヒロイン・美禰子みねこから「大きな迷い子」と評される主人公・三四郎のように、屈託がなく、そして何よりも一途であり、手垢にまみれていない。
 著者の目指した場所は、三四郎を惹きつけた帝都・東京のような場所ではない。いや、それとは真逆の世界の中心から遥かに遠い、「辺境」のアフリカのウガンダであり、なかでも「不毛の地」とされてきたカラモジャである。若くして「援助屋」としてそのカラモジャに身を投じ、灌漑かんがい農業によって貧しき人々の「自活」に寄り添おうとする「ストレイシープ」の奮闘は果たして実を結ぶのかどうか。
「油断するな、悪は老獪ろうかいである」のが世の常、「迷い子」のひたむきな正義感など、通用するはずがないというのが、大方の諦めを含んだ「常識」ではないか。しかし、本書を読めば、「迷い子」の悪戦苦闘とその血のにじむような努力は、ギリシア神話のシシュポスの営みのように空しい結末を迎えるわけではない。いや、その反対にその努力は実り、紛争と暴力、飢餓と貧困、そして「援助依存症」で腐敗しかけた地域と人々に農作物のたわわな実りをもたらすことになるのだ。
 ただし、主人公は「援助屋」ではない。主人公はあくまでもカラモジャの貧しい人々だ。このエンディングを読みながら、私の脳裏をよぎったのは、映画「七人の侍」のラスト、「勝ったのはあの百姓たちだ」という志村たかし演じる主人公のセリフである。清々しくも、涙腺が緩むような静かな感動がこみあげてくる。

姜尚中

かん・さんじゅん●政治学者

『荒野に果実が実るまで
新卒23歳アフリカ駐在員の奮闘記』

田畑勇樹 著

発売中・集英社新書

定価1,243円(税込)

購入する

TOPページへ戻る