[インタビュー]
青春小説だからこそ書けたミステリ
高校の図書委員を務める
聞き手・構成=瀧井朝世
── 高校二年の図書委員、堀川次郎と松倉詩門が事件に遭遇する〈図書委員〉シリーズ第二弾『栞と噓の季節』がいよいよ文庫になりますね。当初、シリーズ化するつもりではなかったとおうかがいしておりますが。
一作目の『本と鍵の季節』の巻頭に収録した「913」という短篇は、もともと単発の暗号ミステリとして書いたものです。編集部から「登場人物たちがいいからシリーズ化しませんか」というお話をいただいて驚いたのですが、光栄ですからお受けしました。
そもそもシリーズ化するつもりだったら、小説の始まりを二年生の秋にはしないんですよね。高校生活の残り時間が少ないじゃないかという(笑)。高校の図書委員という設定にしたのも、「913」のプロット上の必然から導き出されたものでした。
── 視点人物となる堀川は面倒見がよく、松倉は皮肉屋です。二人はもともと友人ではなく、たまたま図書委員で一緒になっただけなんですよね。
基本的に彼らの接点は図書室だけである。しかし、小説の中でそれを少しずつ踏み越えていく。その感じが『本と鍵の季節』ではひとつのポイントだったかなと思います。
── 探偵と助手の関係でもなく、謎に遭遇した時には推理を披露しあいますよね。
二人とも、隙のない探偵ではない、と考えています。二人で話し合っているからこそ、目が行き届くところがある。ただ、人間に対する姿勢みたいなものは違っていて、松倉は人は噓をつくし裏切るものだと思っている。堀川のほうは、噓はつくかもしれないけれど、その心底には何か信ずべきものがあると思っている。大雑把にいうと性善説的な堀川と性悪説的な松倉という形にはなっています。極端に偏っているわけではなく、どちらも陰陽マークのように混じり合っている感じですね。まだ高校生で世の中に対する見方が固まっていないからこそ、お互いに影響しあって、一方に凝り固まることなくバランスの取れた見方をしていく、というのがシリーズの特色であると思います。
── 第一弾の『本と鍵の季節』は短篇集でしたが、『栞と噓の季節』は長篇ですね。
『本と鍵の季節』を書籍化するにあたって当時の担当者さんが装丁案をいくつか出してくださいまして。最終的に緑の装丁に決めましたが、別案もとてもよかったので、「じゃあこれは第二弾の装丁で」「題名は『栞と毒の季節』ですかね」「この題名ならこんな話ですかね」と冗談を言っていたんです。その時組み上がった話が長篇向きだったので、長篇になりました。装丁は、第二弾の内容にあわせて新たに描いていただいたものですが。
── なぜ冗談で第二弾のお話をされていた時に「毒」というワードが出てきたのですか。
「本と鍵」の場合、「本」は図書室に関係するアイテムで、「鍵」はミステリを象徴するアイテムでした。「鍵」の次はなんだろうと考えて「毒」が浮かびました。やはり「毒」といえばミステリで延々と書かれてきたアイテムですから。図書室に関係するアイテムとして「栞」と組み合わせるなら、毒の栞の話になるだろう、と。
── それでトリカブトになったのですね。第二弾では、図書室に返却された本から猛毒のトリカブトの花がラミネート加工された栞が見つかります。
キョウチクトウを削って作った木製の栞も考えられましたけれど、毒が封じられているほうが素敵だなと思いました。
── どんなタイプのミステリにしようと思っていたのですか。
これは捜査小説ですね。海外だとヒラリー・ウォーの『失踪当時の服装は』やクロフツの『樽』、日本だと宮部みゆき先生の『火車』などが捜査小説だといえます。ひとつ調べて何かが分かり、じゃあ次はここを調べようといって何かが分かる、その連続でじりじりと中核に迫っていく。それが捜査小説の面白さであり、書いてみたいと憧れていました。
── 校舎の裏でトリカブトが栽培されているのを発見し、さらに教師がなにかの中毒症状で倒れたため、二人は背景を調べ始めます。ただ、この二人は正義感あるいは好奇心で動くタイプではないですよね。
基本的には栞が忘れ物だから管理しなくちゃいけないという、図書委員の仕事として調べ始めます。彼らの動機は
── 「栞は自分のものだ」と言って二人に近づいてくるのが
きれいだけど性格が悪いのではなく、可哀そうなことに、きれいだから性格が悪いと噂されてしまう子なんだろうなあ、と思っていました。
── 瀬野をはじめ、関係者誰もがちょっとずつ、噓をついていますよね。
噓というより、言えないことがあって、その沈黙が相手には噓として伝わるというニュアンスですね。騙そうとか、悪意があってひっかけようと思っているわけではなくて、何かを守ろうとして取り繕っている。噓ってだいたい、そういうものであると思います。
瀬野も大事にしているものがあって、それを彼らは話さない。松倉も堀川も調査に関わるから秘密を教えろと詰め寄るタイプではない。言いたくないなら言わなくていいよというタイプなので、小説上ではなかなか過去のことが露わになりません。それはもどかしさであるかもしれないけれど、小説のひとつの雰囲気みたいなものを担っていたのではないかと思います。本人たちはそういう言葉を使わないですけれど、三人で同じ謎を追いかけて、ようやく〝仲間〟となった時、瀬野ははじめて何を考えていたのかを明かすんですよね。
── 栞の背景にある高校生たちの思いが切実でした。家庭の事情なども見えてきますし。
そうですね。生活のこと、学費のことを考えている子も出てきます。私は他にも高校生を主人公にしたシリーズを書いていますが、それらを立ち上げた頃に比べ、今は「学生時代はモラトリアムだ」と言っていられない厳しさを感じます。それは私が変わったのではなく、他のシリーズを立ち上げてから図書委員シリーズが始まるまでの間に、少しずつ世の中が変わっていったからじゃないかと感じています。
── 図書室のルールについても改めて思い起こされました。
その点については『本と鍵の季節』で松倉が、どんな立派なお題目でもいつか守れなくなるから、守れるうちは守りたい、と言っていますよね。彼らは図書室のルールに忠実であると同時に、友達との約束を守っているところがあります。
ただ、そうやって普段はルールを守っている人が、それを越える一瞬がいいなと思うんです。今回も、彼らはできる限りのことをして、ここから先は自分たちの仕事ではない、というところまでやるんですよね。
── 堀川と松倉の関係も、栞の背景にある人間関係も、精神的・物理的に近いことだけが友情の証ではない、と思わせてくれるのがすごくいいですよね。
そういう関係性を
高校生の時に衝撃を受けたミステリ
── 今回もミルハウザーの『夜の姉妹団』など先行作品が多数登場します。
本を特別なものとして書きたくなかったんですよね。ブッキッシュな教養をひけらかすのでもなく、本を神聖視するのでもなく、身の回りにあるものとして気軽に扱う感じを出したかった。その軽みみたいなものは、図書委員という設定と合っていました。
── 米澤さんご自身は高校時代、どんな本を読まれていたのですか。やはりミステリですか。
高校生の時に衝撃を受けたミステリといえば、それはもう、綾辻行人さんの『時計館の殺人』ですね。
── 高校時代、図書室も利用していましたか。
利用していましたけれど、そんなに熱心ではなかったと思います。でもたしか、『ホット・ゾーン』や『東方見聞録』をリクエストして入れてもらったのを憶えています。それと、『ゲーム・オーバー』という、任天堂がアメリカでどのように受容されていったのかを追ったノンフィクションが出ていて、それも入れてもらった気がします。
── 作中の、「図書館は偉大になれる可能性がある場所」という言葉が印象的でした。
あれは堀川の言ったことですけれど、自分でも、図書館は知見の蓄積みたいなものにダイレクトに触れることができる場所だと感じますね。昔は図書館や本にアクセスできるのは特権のある人たちだけだったんですよね。今、なにかを知りたいと思う時、誰もが図書館に行くことができるのは、偉大なことだと思います。
── 米澤さんの高校の図書室は、堀川たちの学校のように利用者は少なかったですか。
いえ、私の高校の図書室は担当の司書教諭が学校図書室を活性化することに長けた人で、人がいないということはなかったですね。堀川たちの学校の司書さんがなぜここまでやる気がないのか。それは次の話に関わってくるんじゃないかという……。
── あ、第三弾では司書さんが出てきます?
そうですね……。まだどういうふうになるかは分からないんですけれど。
── 第三弾はどれくらい待てばいいのでしょう。他のシリーズのように首を長くして待つことになるのかどうか……。
各社さんと約束したお仕事を順番に書いているので、それが一巡してからになります。このシリーズに関しては、三部作にするのが一番きれいかなと考えているところです。
米澤穂信
よねざわ・ほのぶ●作家。
1978年岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で第5回角川学園小説大賞(ヤングミステリー&ホラー部門)奨励賞を受賞してデビュー。主な著書に『折れた竜骨』(日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門)『満願』(山本周五郎賞)『黒牢城』(山田風太郎賞、直木賞、本格ミステリ大賞)。2025年、〈小市民〉シリーズで第10回吉川英治文庫賞を受賞。