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ナツイチ対談/本文を読む

小川 哲×門馬 司
満洲は調べれば調べるほど面白い!
集英社文庫『地図と拳』(上・下)

[ナツイチ対談]

満洲は
調べれば調べるほど面白い!

第一六八回直木賞、第一三回山田風太郎賞を受賞した小川哲さんの『地図と拳』が、今年のナツイチの目玉として刊行されました。本作は義和団事件から第二次世界大戦までの旧満洲(中国東北部)を舞台に、ある都市で繰り広げられる知略と謀略を描いた壮大な歴史絵巻です。
一方、門馬司さんが原作を手がけた『満州アヘンスクワッド』(漫画・鹿子、講談社、現在第二十巻まで刊行)は、満洲に移住した日本人の少年が阿片密造に手を染め、阿片を巡って暗躍する中国マフィア、ロシア・マフィア、関東軍等々が入り乱れながら、傀儡かいらい国家満洲の暗部を照らし出すクライムサスペンス。シリーズ累計三〇〇万部を超える(二〇二五年四月現在)大ベストセラー・コミックです。
昭和百年、戦後八十年という歴史の節目に、関心が高まっている「満洲」について、小川さんと門馬さんに語っていただきました。

構成=増子信一/撮影=山口真由子

誰も満洲について責任を取れないというのが面白い

── 『地図と拳』が刊行された二〇二二年の十月に、お二人は対談されているのですね。

小川 当時は『満州アヘンスクワッド』の第十巻が出たくらいで、ある街へ行ってつくった阿片を売り、次にまた別の街へ行って売り始めるという具合に物語が進んでいました。満洲の都市は限られているので何巻くらいで終わりそうか想像できます、みたいなことを偉そうにいったのですが、その後大連だいれん編、上海編が始まり、ぼくの予想を超えた広がりが出てきたので、これはどこまで続くかわからないぞ、となってきましたね。
 前半は裏社会のギャングの闘争が中心でしたが、斉斉哈爾チチハル編になって、思想強めな日本の軍人とかが出てきて、阿片製造の規模も大きくなっていくのと同時に、満洲という国の全体像に近づきつつあるなという気配を感じています。

門馬 きちんと読んでくださって、ありがとうございます。
 満洲というのは調べれば調べるほど面白いというか、満洲に対する考えがどんどん変わっていく。本当に掘り下げがいがある題材だなと改めて思います。
 たとえば関東軍にスポットを当てた話を書いていると、兵士や将校の気持ちになって、こういう感じで戦争へと暴走していったのかな、みたいなことがつかめるようになってくるというか、いろいろ見えてきますね。

小川 最近の巻では、阿片の質による競争も起こっていますよね。阿片が満洲という国に対して何をもたらしたのか、あるいは阿片によって何かからのがれることができたのか、そもそも阿片とは何なのか、みたいなことを考える種もこのマンガにはあります。その意味でも、今後の展開がすごく楽しみです。

門馬 満洲というのは偶然に生まれてしまったようなところがあって、誰も満洲について責任を取れない。責任を取る人間がいないというのが面白いところで、一応溥儀ふぎという皇帝を立ててはいたものの、実質的には王が不在のまま建国が進んでいって、結果として途中で潰れてしまった。この歴史には学ぶことが多いですよね。

小川 さまざまな人たちの私利私欲が交錯する中で、お金でつながった多国籍軍の思惑が奇しくも五族協和を達成してしまったという皮肉。そこにスリルもアクションも盛り込まれて意外な展開をしていく── 。そこが『満州アヘンスクワッド』の人気の秘訣なのだと思いますね。

門馬 『地図と拳』は純粋にシンプルで面白い、というのが最初読んだときの感想です。印象的なシーンが多くて、「世界の未来は、地図と拳によって決まっている」という細川のあの演説もすごくいいし、一日二十四時間のうち二十一時間を革命に捧げているという仙桃城八路軍シエンタオチヨンパールージユンの司令官、黄宝林ホアンパオリンのキャラもすごくいい。

小川 確かに、黄宝林はマンガっぽいキャラですよね。

門馬 満洲という国の特異性、個性が大きな歴史の流れのなかで爆発する、そんなエネルギーを全編に感じることができました。

小川 ありがとうございます。『地図と拳』から『満州アヘンスクワッド』に一人スカウトするとしたらやっぱり黄宝林でしょうか。

門馬 そうですね(笑)。

小川 カメオ出演でもいいのでちらっと出してもらえば、二つの世界がつながる。ああいうキャラを出すのは簡単なんですけど、小説的に閉じるのが難しい。マンガ的なキャラって、マンガ的にしか倒せないんですよね。

門馬 マンガにあれだけパワーあるキャラが出てきたら、「やった、長もちするぞ」という感じですけど、小説だと、決められたページ数の中で結末をつけなきゃいけないわけですものね。

小川 八路軍とかの戦いで困ったら、ぜひあいつを使ってあげてください(笑)。

大阪・関西万博を見ていると満洲感を覚える

── 満洲を題材にしたことについて、お二人とも、戦後生まれで、戦争とは遠く離れてしまっているのだけれど、離れているからこそ描ける戦争があるんじゃないか、とおっしゃっています。

門馬 これからは、戦争を知らない世代が戦争を語り継いでいくことになるので、興味を持った人が調べて人に伝えていくというのが基本となっていくのだろうなというのは、この作品を書いていて思うことです。
 どうすれば満洲や戦争のことに興味を持ってもらえるように書けるかということは、すごく意識しています。

小川 読者には満洲について何も知らないという人が多いと思うのですが、そういう人からも感想が来たりしますか。

門馬 社会の授業の勉強になるとか、そう思ってもらえるのは本当にうれしいですね。ただおっしゃるように、満洲のことを何も知らない人が読んでもわかるように書かなきゃいけないので、エンタメとしてうまく食いついてもらって、興味があったら調べてみてねといった感じでつくっています。

小川 ぼくも、日本史とか世界史を読者に教えることが目的ではなくて、読んだ人が面白いと思ってくれることが一番大事だと思っています。まずは楽しんでもらって、その上で何か興味あることをこの本を通じて学んでもらえたら、それはそれでお得みたいな。

門馬 これまで満洲というのは、近代日本にとってある意味黒歴史なわけで、だから見ないように、あまり触れないようにしていたというところがあったと思いますが、戦後も八十年という時間が経過していますから、新しい目で改めて満洲を考える時期でもあるのでしょうね。

小川 今大阪・関西万博をやっていますけど、万博も一つの満洲感がありますよね。そもそも満洲自体、もともと街がなかったところを切り開いて人工的に都市をつくったわけですね。そこにいろいろな国の人が流れ込んでくる。最初はロシアが入っていって、その次に日本が開発の権利を得て発展させ、その後もさまざまな国や地域の人たちが集まってきた。いわば、当時の人たちの未来像をショーケースとして見せる都市でもあった。だから日本人も一流の建築家を送り込んで贅沢な建物をつくり、その建築はいまだに見ることができる。そういう意味で、大阪・関西万博を見ていると満洲感を覚えるんですよね。
 日本も、満洲国という傀儡国家を治める大義名分としてとんでもない理想を掲げたわけですよね。それが五族協和とか王道楽土といった惹句じゃっくを生み、ああいう張りぼての理想ができた。

門馬 ショーケースというのは面白いですね。ぼくも最初に阿片をテーマにしたマンガをやりませんかといわれて、どこを舞台にしようかと探して見つけたのが満洲でした。調べていくと予想以上にこの土地が面白くて、この土地自体に力をもらったという感じですね。

小川 『満州アヘンスクワッド』がマンガとして成功したことで、これまであまりマンガの題材にならなかった第二次世界大戦や満洲を扱ったいろんな作品が出るといいですよね。

門馬 そうですね。

小川 『満州アヘンスクワッド』を読んで面白かった人は、ぼくの小説を読むハードルがちょっとだけ下がると思うので、是非『地図と拳』も読んでほしいですね(笑)。

小川 哲

おがわ・さとし●作家。
1986年千葉県生まれ。著書に『ゲームの王国』(日本SF大賞・山本周五郎賞)『地図と拳』(山田風太郎賞・直木賞)『君のクイズ』(日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門)『嘘と正典』『君が手にするはずだった黄金について』『スメラミシング』等。

門馬 司

もんま・つかさ●漫画原作者。
手がけた漫画作品に『ストーカー行為がバレて人生終了男』『死神サイ殺ゲーム』『首を斬らねば分かるまい』『北沢くんはAクラス』『レベリオン』『ギルティサークル』(マガジンポケット連載中)『満州アヘンスクワッド』(週刊ヤングマガジン連載中)等。

『地図と拳』上

小川 哲 著

発売中・集英社文庫

定価(各)913円(税込)

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『地図と拳』下

小川 哲 著

発売中・集英社文庫

定価(各)913円(税込)

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