青春と読書 本の数だけ、人生がある。 ─集英社の読書情報誌青春と読書 本の数だけ、人生がある。 ─集英社の読書情報誌

定期購読のお申し込みは こちら
年間12冊1,000円(税・送料込み)Webで簡単申し込み

ご希望の方に見本誌を1冊お届けします
※最新刊の見本は在庫がなくなり次第終了となります。ご了承ください。

本を読む/本文を読む

植松三十里『侍たちの沃野 大久保利通 最後の夢』(集英社文庫)を
東えりかさんが読む

[本を読む]

「日本三大疏水の父」の見果てぬ夢

 治水は産業の要となる。特に新しく農地を開発し作物、特に米を作るために用水を確保することは絶対条件となる。
 明治新政府の先頭に立っていた内務卿の大久保利通としみちは、奥州で大規模な新田開発の土地を探していた。調査を命じられたのは南一郎平いちろべい。元は九州の庄屋の生まれだが、地元で難しい水路の開削を成し遂げ大久保に認められて大抜擢された。
 辿り着いたのは福島の安積あさか原野。すでに大久保も一度訪れており、地元でも高度のある猪苗代いなわしろ湖を水源とする疏水そすいが検討されていた。
 だがそれに立ちはだかるのは奥羽おうう山脈。硬い岩盤を掘って隧道ずいどうを通すのは不可能だと思われた。
 だが他に場所はない。莫大な費用が掛かっても、大久保は国営事業として開拓を行うことを決めた。
 古今東西、未来永劫、水争いは絶えない。水を引くなら我が土地へ、と誰もが望む。用水路をどこに作るかは死活問題だ。一揆も辞さない農民たちに心を決めさせたのが、御雇外国人で土木の専門家、オランダ人のファン・ドールンだった。
 南が苦労の末に用意した四つの用水の候補地から選んだのは峠下の隧道が短い経路だった。山の頂上近くに隧道を通し、灌漑かんがいの場所を狭い範囲に限定する。三年という工期を考えると、それしかないと説得した。
 外国人の力を借りると同時に、日本人留学生も活躍した。ヨーロッパで学び、新しい機材と技術を輸入し、人力では不可能と思われたことを成し遂げていく。明治の技術者たちは不撓不屈ふとうふくつだ。後に琵琶湖疏水や那須疏水の開削にも従事した南一郎平は「日本三大疏水の父」と呼ばれた。
 明治維新から間もないこの時期、幕末から維新にかけて起こった戊辰戦争の遺恨は凄まじい。
 武士に利用された農民たちの怒りも収まってはいない。そんな状況の中、未来を見据えていた大久保利通の夢に賭けた男たちの姿は心躍る物語となった。

東えりか

あづま・えりか●書評家

『侍たちの沃野 大久保利通 最後の夢』

植松三十里 著

発売中・集英社文庫

定価968円(税込)

購入する

TOPページへ戻る