[巻頭インタビュー]
読者の中にある
「風にまつわる記憶」と
照らし合わせながら読んでもらえたら
「風はわたしたちのことを、この世界の出来事を、すべて見つめて記憶しています」
彼女はその風を読む力を持っていた─。
『桜のような僕の恋人』『今夜、ロマンス劇場で』など、ヒット作を送り出してきた宇山佳佑さん。脚本家としても活躍し、昨年は連続テレビドラマ『君が心をくれたから』が大きな話題を呼びました。
宇山さんの最新作『風読みの彼女』は、世界の記憶を持つ風を読む力を持った女性と、彼女に恋をした男性が、「依頼人」たちの問題を解決していく物語。
横須賀でガラス雑貨店を営む彼女を訪ねてくる「風読み」の依頼者たちはそれぞれ事情を抱えていて……。
一話読むたびに心が明るくなる、そんな『風読みの彼女』について、宇山さんにお話を聞きました。
聞き手・構成=タカザワケンジ/撮影=市川 亮
誰かのために能力を使うヒロイン
── 『風読みの彼女』を読みながら幸せな気持ちになりました。「小説すばる」に連載されていましたが、構想はどのように?
テレビドラマの『君が心をくれたから』が終わって、「小説すばる」でまた連載を、という話をいただいて、どんな話を書こうかと考えました。『君が心をくれたから』が、かつて心を通わせた人のために自分の五感を一つずつ失っていくという過酷な物語だったので、次はライトなラブストーリーを書こうと思ったんです。男の子と女の子が出会って、純粋に恋をする。そんな話がいいなと。
ただ、その女の子にちょっと特殊な能力を与えたいなと思いました。最初は風とか花とか、いろんなものと会話ができる女の子だったら面白いかなあと。でも考えていくうちに、風と話せるなら、その風はいろんなものを見て知っていて、彼女だけがそれを読み取れるという能力がいいんじゃないかと。だったらラブストーリーを中心にするのではなく、誰かのために能力を使う話にしよう。それでこの形になりました。
── 語り手は
彼がスタートするのはどういう地点がいいのかなと考えました。ヒロインの風架さんは達観しているというか、すべてお見通しみたいな人。物語を通して変わっていくとしたら帆高くんのほうなので、スタート時にはひきこもっているぐらい極端に落ち込んでいるところから始めたほうが、面白いんじゃないかなと思いました。
── 風架さんは風を読んで、そこから風の記憶を映像のように編集して見せることができる人です。そもそも最初に帆高くんがアルバイトしようと決めるのも、風のおかげ。風架さんのお店のアルバイト募集チラシが風に吹かれて飛んできたからです。
風に導かれるように物語をスタートさせたいと思いました。風がぜんぶを知っていて、風架さんのお店に導いていったのかもしれないと思ってもらえるように。
── 風架さんのお店は「ガラス雑貨専門店・
ガラス雑貨がまず思い浮かんだんですが、ガラス職人にするのは違うと思いました。ガラス職人は表現者ですが、風架は風を読んだり、依頼人の話を聞く人なので。それで、表の顔ではこだわりのあるガラス細工を扱っていて、裏で風読みの仕事を請け負っているというほうがいいなと。
── 食器など実在するブランドと商品が出てきて、それも毎話楽しみでした。
ガラス雑貨専門店をやるっていうことは、きっと風架さんはものを集めたり、ものを
── 宇山さんの小説では音楽も大切な要素ですね。『桜のような僕の恋人』にはビートルズ、『恋に焦がれたブルー』にはカーペンターズとか。『風読みの彼女』にはオリビア・ニュートン=ジョンの「そよ風の誘惑」が流れてきます。
知らない音楽が出てきても、今はスマホで簡単に調べられるし、ユーチューブやアップルミュージックなどでも聴けます。若い方が新しいものに出会うきっかけになってくれたらいいなと思います。
── ご自身も執筆中に音楽を聴きますか?
家で書くことが多いんですが、音楽はいつもかけていますね。物語を書くときは、自分でつくったプレイリストの曲を流しています。この小説にはこれって、自分の中でテーマソングみたいなのを決めていますね。今回は「そよ風の誘惑」でした。
「風」を象徴的に使う物語を
── 風架さんの姓は
ヒロインの名前をつけるときに、風にまつわる名前、それも風の神様が一番ぴったりだと思って探していたら「級長戸辺命」という女神がいるとわかりました。ぎりぎり名字でいけるんじゃないかなと思ってつけました。日本で育った人は、年に一回くらいは神社に行ったりしていると思うので、潜在意識の中に日本神話があると思うんですね。そういうところにうまくつながればいいかなと思います。
── 日本神話に風の神様がいるということは、日本の文化の中で風が尊ばれていたということでもありますよね。また、帆高くんから見た風架さんは謎めいた存在です。ちょっぴり冷たかったり意地悪だったりするところがたまらない魅力ですが。
風架さんは捉えどころのない、本心がどこにあるのかがわからないキャラクターにしたいと思いました。帆高くんに対しても、突き放したり近づいたりみたいな感じがいいかなと。
── 一話ずつ二人のやり取りの決まり文句があるのも楽しいですね。帆高くんが「風架さんには心がないんですか!?」と言う場面が好きです。
お決まりのやり取りはほしいと思いました。そこからお互いの信頼が深まっていくことが表せるんじゃないかと思ったからです。帆高くんも、「風架さんはそんなつもりで言っているんじゃない。きっと何か意図があるはずだ」と、少しずつ彼女の気持ちがわかるようになっていけば、二人の関係の変化が出せるかなと。それに彼女が毎回言う決まり文句もあるといいなと思いました。風架さんの「風を集めます」がそうですね。
── 「風を集めます」という言葉一つで、これから起こることにワクワクできますね。はっぴいえんどの名曲「風をあつめて」を連想しました。風にまつわるものがいろいろ出てくる小説ですが、宇山さんの中で風という存在は以前から気になっていたものですか。
今まで書いてきた作品は、あるものを象徴的に使うことが多かったんです。『桜のような僕の恋人』だったら桜。『この恋は世界でいちばん美しい雨』は雨。『ひまわりは恋の形』のひまわりもそうですね。それと同じようにいつか風を使いたいとは思っていました。風がどういう物語に合うのか探していて、今回、風と話ができる女の子という設定を思いついたことで、さあ書くぞと。
── 風にまつわることの記憶は読者の中に何かしらあると思います。バイクもそうですね。帆高くんがベスパに乗っているというだけで、映画やドラマのシーンが思い浮かんできます。
バイクを出したのは、二人乗りで風を集めているシーンを書きたかったからです。クルマは風を感じられないし、自転車はこぐのが大変。バイクならスピードも出ます。まずバイクで二人が海岸沿いを走っているシーンを書きたいと思ったんです。一話に出てきますけど。
ベスパはやっぱり松田優作さんの『探偵物語』ですね。僕の世代だと夕方の再放送で観ていて格好良かった。いつかベスパを使いたいなと思っていました。後は、『ローマの休日』。ベスパの二人乗りがとても絵になっていましたね。
── しかもベスパはもともと帆高くんのお兄さんのもので、今は関係が冷え込んでいる。後から思うとすごくつながっているんだなと。これは計算ですか、無意識ですか。
無意識ですね。帆高くんと兄との話はのちのち書きたいとは思っていて、だったらただ家に転がっていたバイクではなく、兄のものだったことにしたほうがいいのかな、くらいの感じでした。彼がお兄さんのことをあまり快く思ってないことを表現する小道具の一つとして使えるなと。いつもそうですが、どうなっていくか先のことははっきりとはわからないけれど、とにかくまず書いてみるという感じですね。
家族のことを真ん中に置いて書く
── プロローグの「春一番」に帆高くんの家族に何か問題がありそうなことがさりげなく書かれていて、第一話「花風」に女子高生の若葉が「風読み」の依頼人として登場します。両親の歴史を風から読み取って見せてあげてほしいと。全四話を読み終わってみると、これは家族の物語だったんだなと思いました。最初から家族をテーマの一つにされていたんですか。
これまでずっとラブストーリーを書き続けてきて、少し違うものにチャレンジしたいという気持ちは持っていました。いつか家族の物語を書いてみたいと思っていたんです。今までも物語の中で家族を描いてはきたんですが、もう少し家族のことを真ん中に置いて、腰を据えて書いてみたいなと思いました。今回は一話完結なので、それぞれの家族や親子の形、夫婦の形を描きたいなと。
── 二話は事故で亡くなった息子の臓器を提供した人を探してほしいという依頼。三話は画家としてブレイクした父の絵の行方をめぐる父子の葛藤。四話は離ればなれになった初恋の女の子へメッセージを届けてほしい高校生。そこに父と娘のエピソードもからんできます。それぞれが帆高くんの家族の問題と、少しずつからんでいます。
各話の登場人物の持っている悩みが、帆高くんのネガティブな部分とリンクしていくといいなと思っていました。風読みを依頼してきた人たちの問題を通して、彼が自分を見つめ直すようになっていったらいいなと。
── 今回はプロローグとエピローグに四話がはさまる形式ですが、まだ解かれていない謎もあります。続編を期待してもいいのでしょうか。
実はあえて決着していない部分はたしかにあります。もしご好評をいただけるのであれば、今後も書き続けていきたいですね。こういうことを描きたいなというのはまだあるので。
── 風にまつわる物語ということですね。考えてみると、ふだん風を意識することはあまりありません。しかし『風読みの彼女』を読むと、いろんな風があって、光や匂いとも結びついている。豊かな世界を内包しているのだと気づきました。
僕自身もこのお話を書く中で、風を意識するようになりました。風にも性格があって、ちょっと意地悪な風や優しい風があったりする。自分自身もこの物語を書いて風への見方が変わったなと思いますね。
僕はもともと風の名前を集めた本を持っていて、ときどき開いてはこんな名前の風があるんだと楽しんでいました。今回、『風読みの彼女』を書くに当たって、新たに何冊か買って、資料として使ったんですが、こういう風の名前があるんだなあとか、風を言葉でこう表現するんだなとか、発見がたくさんありますね。
── 自然との関わりでは、『風読みの彼女』は四季の話でもあるんですよね。
風が吹くと季節が動く感じがありますよね。一年間を通じて風の印象は同じではないなと思っていたので、各季節の話にしたかったんです。春の話だけだったら、きっと風の感じも一定になってしまう。一年の話にしてよかったなと今さらながら思っています。
── 宇山さんの作品では、いつも舞台となる場所が大きな役割を果たしています。今回は帆高くんたちが住んでいて「風読堂」がある横須賀を始めとして、国道一三四号線を逗子海岸、由比ヶ浜、稲村ヶ崎、七里ヶ浜、そして鎌倉へ走っていくシーンがあったりもします。具体的な地名や公園の名前などを書かれていますよね。
できる限り実際にそこにあるものは描いたほうがいいかなと思っています。そこに住んでいる人にとっては「あっ、あそこだ」と思うでしょうし、知らない人には名前からどんなところなんだろうと想像する楽しみがあると思います。スマホで調べてもらってもいいですし。いろんな楽しみ方ができるのかなと思って実在の場所を出しています。
── 七里ヶ浜の「レインドロップス」というカフェは『この恋は世界でいちばん美しい雨』に登場する店ですね。ファンはうれしいと思います。海沿いが舞台になることが多い『風読みの彼女』は、海風が吹いている小説だと思います。
海側の風は都会に吹く風とは少し性格が違うんですよね。少し暖かいというか、ちょっと湿気が含まれているというか。その違いも面白いと思います。読者の方たちに、「ああ、こういう風もあったな」と記憶と照らし合わせながら読んでいただけるとうれしいですね。
宇山佳佑
うやま・けいすけ●作家、脚本家。
2011年『スイッチガール‼』で脚本家デビュー後、2015年『ガールズ・ステップ』で小説家デビュー。主な作品に『桜のような僕の恋人』『今夜、ロマンス劇場で』『この恋は世界でいちばん美しい雨』『恋に焦がれたブルー』『いつか君が運命の人 THE CHAINSTORIES』映像作品に『君が心をくれたから』などがある。