[本を読む]
家族という心の檻から出る
「逃げればいい」と、主人公に対して何度も言いたくなった。だが、力を奪われて動けないのだ。息ができなくなっていることに、気がつけないのだ。かき消されてしまうような小さい悲鳴を、著者は耳をすまして聞き取るように、丁寧に書く。読んでいると、その苦しみが痛いほどに伝わってきて、私は言葉を失う。
コールセンターで働く派遣社員の
奔放な妹と違い、環は親の言う通りに生きてきた。三十代半ばを過ぎた今も、給料は両親に渡し小遣いをもらっている。子どもの頃、従わないと父は環を無視し、そこにいないかのように踏みつけられた。同級生たちのように遊びや旅行にいくことも許されなかった。父の言いつけは、母を通じて伝えられるので逃げ場はない。言われるままに幼稚園教諭になったが、うまくやれず病気になった。
妹は、公彦を置いて夜に男の人と会っている。母は、結婚も出産もせず、幼稚園教諭に戻ることもしない環を責め、妹のようにデキ婚でもすればよかったのだという。言う通りに生きてきたのに認めてもらえず、自分がどうしたいのかもわからず、心身は綻びていく。父の言葉がきっかけとなって、環はある行動を起こしてしまう。
環が幼い頃から、母が言うことを聞かせようとする時にするという「頑張るの顔」が印象的だ。目を見開いて唇を横に伸ばすその表情は、体を押さえつけられる痛みの記憶とともに、大人になった環の心も縛っている。誰かに心配された時には、環自身も「頑張るの顔」をしてみせてしまうのだ。
家族は、安らげる居場所であるはずだが、心を閉じ込める檻にもなるものだ。固く閉められた鍵を開けてそこから出ていくことが、環にできるだろうか。少しずつ光が射してくるラストに、希望が見えている。
高頭佐和子
たかとう・さわこ●書店員