[特集鼎談]
書店員が語る
<東京バンドワゴン>の魅力
この度刊行される小路幸也さんの『ザ・ネバーエンディング・ストーリー』は<東京バンドワゴン>シリーズの二十作目。
また、各文庫の「解説」を日本全国の書店員が順繰りに執筆し、作中に実在の書店員と同名の人物が登場するというのも、このシリーズのお馴染みの趣向。今号では、二十作目を迎えたシリーズを記念して、「解説」を執筆し、作中にご自身の名前が登場する
構成=増子信一/撮影=山口真由子
協力=わいがや 神保町店
シリーズの新刊発売は今や年中行事
── 第六作『オブ・ラ・ディ オブ・ラ・ダ』の文庫の解説で田口
宇田川 毎年出る時期が決まっているというのはファンの方にはわかりやすいと思いますし、実際毎年楽しみにお店に来てくださる方がいらっしゃるので、それに備えてご用意するのは、やはり嬉しいですね。
といっても、我々は本を仕入れて置いているだけなのですが、お客様の嬉しさを一緒に味わわせていただいている感じで、売場の人間としても楽しみな時期ですね。
狩野 私が解説を書いたのは五作目(『オール・マイ・ラビング』)だったので、それからもう十五作も出ているんだと感慨深いものがありますね。四月が年中行事的になっているというのはもちろんありますけど、もともと棚にずっと入っている商品なので、新刊に限らず、一作目をお薦めすることもすごく多いんです。二十年近く経っても一作目がちゃんと棚に差さっていて、それをまだ読んでない方にお薦めできるシリーズというのは、他にはあまりないんじゃないですか。
渡邉 四月というと、もうひとつ本屋大賞という大きなイベントもあって、書店にいらっしゃる人が多い時期なんですね。そこに〈東京バンドワゴン〉の刊行も重なって、店頭が賑やかになる。このシリーズの装幀も鮮やかなイラストで飾られていますから、いっそう賑やかな感じになりますね。
狩野 二十作目というのもすごいと思いますけど、作中の時間も毎年少しずつ進んでいて、登場人物たちも確実に歳を取っている。これも、こうした家族を中心としたシリーズにはあまりない設定ですよね。
宇田川 だって、
狩野 最初、小学生だった子どもたちが、結婚する歳になったり。
宇田川
狩野 毎年一冊ずつ読んでいると、自分も同じだけ歳を取っているのであまり気にならなかったんですけど、今回改めて一作目から通して読むと、みんなこんなに成長しているんだというのに気づいて、ちょっと不思議な感じになりました。
作中に自分と同名の人物が登場!
── 先ほどおっしゃったように、狩野さんは五作目の解説を書かれていますが、十作目(『ヒア・カムズ・ザ・サン』)に、遺品整理の仕事をしている
狩野 最初、全然気づかなかったんです。誰かにいわれて、慌ててFacebookで小路さんに「ありがとうございます」と送ったのはよく覚えています。
そのときは、ちょうどテレビドラマ(「東京バンドワゴン〜下町大家族物語」、二〇一三年十月~十二月、日本テレビ系で放映)が放送されていたときで、亀梨(和也、ドラマの青役)君の友だちなんだよ(笑)、みたいな話をアルバイトの子にしました。ともかく、堀田家にするっと入り込めている感じが不思議でした。
── 宇田川さんは、第十四作『アンド・アイ・ラブ・ハー』に、
宇田川 新人賞を取った作品一冊だけ出して、その後活躍していない。しかも我南人の言葉を借りれば、「LOVEゆえに」というところで、すごくいい役をいただいたなと思っています。
自分が親しんできた物語の世界に入ることができたのはとても嬉しいですね。私はもともとミステリーが好きなので、出られるなら、残酷な殺され方をする被害者とか、超悪役とかでもよかったのですが、小路さんがいい役をあててくれたので、感謝しています。
作品の中で、けっこう頻繁に「宇田川」の名前を出してくれているので、家族や身内も「オオーッ」と感心してくれて、いい記念になりました。
── 渡邉さんは最新刊『ザ・ネバーエンディング・ストーリー』で、秋実と同じ児童養護施設〈つつじの丘ハウス〉で育ったという設定です。
渡邉 施設を出た後、働きながら大学へ通って、現在は総合商社の社長秘書。すごい優秀な人で、自分と重なるところは性別ぐらいしかないんですけど(笑)。
ぼくの名前は割と珍しいので、これまで同じ名前の人と会ったことがなかったのですが、それがいきなり本の中に「渡邉森夫」という名前が出てくる。思わずそのページを写真に撮っちゃいました。
── 皆さん解説を書かれていますが、書くに当たって苦心されたことは?
狩野 解説を書かせていただくときはいつもそうなんですけど、読みながらどんどん思ったことをとにかく全部書き込んでいきます。昔はノートに書いていましたが、今は携帯のメモ。とにかく、気になったことを全部書いておくわけですが、それをどうつなげていくかが、大変ですね。
── 狩野さんは第五作で、その前に四人の方が解説を書かれています。宇田川さんは第九作(『オール・ユー・ニード・イズ・ラブ』)ですから、先行に八人いるわけですね。
宇田川 ええ、できるだけ内容が重ならないようにというのはありました。それから、作品世界のベーシックなことを書いても屋上屋を架すことになるので、何か自分なりの読み解き方とか、トリビアとか、そういったところを少しでも盛り込めるようにというのは意識して書くようにしていました。成功しているかどうかはわかりませんけど。
狩野 本当にそう思います。成功しているか失敗しているかは全然わからないけれど、書店員として書けることを書こうと思いました。書店員だったらこう書くとか、書店員の仕事に合わせてこうだなという、なるべくそっちに寄せて書きました。
── 渡邉さんが解説を担当されたのは第十五作の『イエロー・サブマリン』。
渡邉 先に多くの方たちが書かれているのでけっこう考えましたね。書店のことや売り方を書いている人、作品に対する愛を書いている人とか、いろいろな傾向がある中で、その隙間をどうやって狙っていこうかと、やはり考えましたね。
宇田川 あまり内容に踏み込むと、ネタを割ってしまう。
渡邉 解説から読むという人もいますから、ネタバレにならないようにどう内容を伝えていくか。さっきもいったように、いろいろな隙間を考えて、ここはまだ掘れるなと思ったところを書くようにしました。
お気に入りのキャラクター、好きなスピンオフ作品
── <東京バンドワゴン>シリーズの本を開いてまず目に飛び込んでくるのが「登場人物相関図」です。第十九作には総勢四十五人と六匹の犬・猫の名前が登場しています。この中で、それぞれのお気に入りのキャラクターがいると思います。狩野さんは解説の中で、「自分の分身」は
狩野 今でも紺が一番好きですね。地味とか、目立たないとか、いろいろいわれていますけど、随所にキラッと輝く部分があるし、もしこの人がいなかったら、この家、大丈夫かな? みたいなところもあるので、そういうところにすごく惹かれますね。
渡邉 ぼくは
狩野 私が解説を書いた第五作では、研人はまだ小学六年生でしたから、やんちゃな感じで、それがもう結婚するんですからね。
渡邉 今は紺の一家が中心になっていますから、この先は紺の息子である研人がそのまま堀田家の王道を歩んでいくのか、それとも……。いろんな意味で楽しみですね。
宇田川 私はかっこいいじじいが大好きだから、やはり勘一ですね。とにかくこのシリーズは勘一がもし……となったら、どうなってしまうのか心配ではありますけど、勘一のことですから、当分大丈夫でしょう。
渡邉 確かに。生活スタイルを考えると、我南人より勘一のほうが長生きする可能性だってありますよね。
── このシリーズは、<堀田家の今の一年>を描く〈本編〉が三作続き、〈主に過去の時代の堀田家など〉を描く<番外編>を一作挟むという形で続いています。この〈番外編〉、スピンオフではさまざまな謎が解かれていきます。
狩野 スピンオフの中で私が一番印象的だったのは、若き日のサチと勘一の出会いが語られている『マイ・ブルー・ヘブン』(第四作)ですね。第一作からサチさんはもう死んでいるという設定だったので、どういう経歴の人だったのかわからなかったのだけど、あれを読んで「ああそうか、そういう人だったんだ」と。
勘一にしても、最初は本好きの頑固おやじっぽいところしか見せていなかったのだけれど、若いときにはこんな面もあったのかと、衝撃を受けました。
宇田川 勘一って、実はインテリなんですよね。
私が印象に残ったエピソードは『ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード』(第十一作)の夏の巻「チャーリング・クロス街の夜は更けて」ですね。さっきもいったように、かっこいいじじいが大好きなので、勘一じいちゃんがロンドンへ行って活躍するというのがすごくいいんですよね。それに私は、ミステリーだけでなく冒険小説とかスパイ小説も好きなのですが、ここには英国情報部が絡んできて、スパイ小説の風味もある。しかも、勘一の背負い投げが炸裂する場面があったり、見どころがいっぱいあって、よくぞ書いてくださったというか、これ、すごい好きです。
ただ、スピンオフの中でどれか一冊といったら、今度の『ザ・ネバーエンディング・ストーリー』です。これまであまり表に出ることのなかった秋実が語り手ですし、みんなで作戦を練って悪者を返り討ちにしようとするミッション系の話も出てくるなど、好きな要素がいっぱい入っていて、すごく楽しめました。
渡邉 ぼくが一番印象に残っているスピンオフは、『フロム・ミー・トゥ・ユー』(第八作)に出てくる亜美さんの跳び蹴り。それが紺と亜美さんが夫婦になるきっかけになるわけですよね。
狩野 これを読むまでは、なんで紺とスチュワーデスの
宇田川 スピンオフによってバラバラだったピースがパチパチとはまっていく感じですよね。
渡邉 『ペニー・レイン』(第十八作)に白猫のるうが登場しますが、きっとこれはエピソード零の『隠れの子』(江戸時代を舞台にしたシリーズのルーツを描いた長篇)の少女・るうにつながるんだろうなあとか、気になるエピソードはたくさんありますね。
宇田川 そうかあ、ここがこうつながるのかって、ね。
年齢問わずお薦めできるシリーズ
── これから初めてシリーズを読む方に向けて、お薦めのポイントを。
宇田川 こういうシリーズものというのは一作目から順番に読むというのが王道だと思いますけど、このシリーズに限っては決してそんなことはなくて、毎作冒頭にサチさんが家族構成から何から基本的な設定を語ってくれているので、どの巻から読んでもスッと物語の世界に入っていける。ですから、書店で目にとまった作品を手に取って、どこか好きなところをばっと開き、今の自分の境遇に合致する台詞や場面があったら、まずはそこから読んでほしいですね。
あとは前に遡るもよし、後ろを追うもよし、そこからはご自由にみたいな感じで。
渡邉 あのサチさんの冒頭の語りは、すごく親切ですよね。語られている内容はいつも同じなんですけど、毎回ちょっとずつニュアンスが違う。これはすごいなあと前から思っています。
宇田川 登場人物がどんどん増えていって、環境も変わっていますから、それをコンパクトに伝えるのは大変ですよね。
渡邉 ぼくには八十歳のおばがいるんですけど、本の虫なんです。ぼくが解説を書くときに全作揃えたので、それを渡したら、すごくファンになって、今、全作読破四周目です。
その世代の人たちにどうやってこのシリーズを届けるかというのは、なかなかむずかしいところもあるのですが、戦後すぐの時代を描いた『マイ・ブルー・ヘブン』までの四冊をまず読んでもらえれば絶対ファンになるだろうと思うんですね。
宇田川 年配の方たちだけじゃなくて、十代の若い人たちにもお薦めしたいですね。今、図書館に行くと、ヤングアダルトとか、小・中・高校生用のコーナーがあって、手に取りやすい冊子が置いてあります。うちの子どもをよく図書館へ連れていくんですけど、そういうコーナーにはラノベだけじゃなくて、有栖川有栖さんの<火村英生シリーズ>がライトノベルレーベルの背表紙で置いてあったりする。
<東京バンドワゴン>には、研人や
狩野 その辺をスピンオフにするというのも確かにありですね。
── 最後に作者の小路さんへひと言ずつお願いします。
狩野 とにかく、この作品を含めて、できる限り書き続けてほしいですね。小路さんは多作で、いろいろなものを書かれていますけど、これだけ記録に残りそうなくらい続いている作品というのはなかなかないので、ここまで書き続けられたのは、本当にすごいことだと思うし、心からおめでとうございますとお伝えしたい。
宇田川 本屋というのは、作家の方が物語を紡いでくださって、出版社さんが本に仕立ててくださらないと売り伸ばすことができないんですね。たとえると、ヤシの木の下で実が大きくなるのを待っている感じです。で、いよいよ実が落ちてきたときには、みんなに、美味しいヤシの実が落ちてきたよってお薦めする。小路さんはそういうヤシの実をいっぱいいっぱい実らせてくれる木なんですよね。小路さんという木を見上げつつ待っておりますので、これからもいっぱい実を落としていただければと思います。
書店もなかなか厳しい状況ではありますが、売り伸ばしに努めてまいりますので、今後とも、この世の中退屈だな、と思っている人の憂さを晴らすような作品を広めていく〝共犯者〟として、一緒に歩ませていただけたらなと思っております。
渡邉 約二十年間、同じ家族の話をコンスタントに書き続けるのは、我々が思っている以上にすごく大変なことだと思いますが、小路さんにはこの先もずっと続けていただきたいと心から願っています。ぼくも書店員としてこれからも見届けていきたいし、携わっていきたいと思います。
狩野大樹
八重洲ブックセンター
京急上大岡店店長
宇田川拓也
ときわ書房本店店長
渡邉森夫
ブックマルシェ我孫子店店長