青春と読書 本の数だけ、人生がある。 ─集英社の読書情報誌青春と読書 本の数だけ、人生がある。 ─集英社の読書情報誌

定期購読のお申し込みは こちら
年間12冊1,000円(税・送料込み)Webで簡単申し込み

ご希望の方に見本誌を1冊お届けします
※最新刊の見本は在庫がなくなり次第終了となります。ご了承ください。

本を読む/本文を読む

小島 環『纏足てんそく探偵 天使は右肩で躍る』(集英社文庫)を八木寧子やすこさんが読む

[本を読む]

清朝時代のシスターフッド

 1660年代、清朝時代の中国が舞台。裕福な家の娘であるちょう月華げっかと、彼女の〝足〟となって事件を共に解決する瑠瑠ルル。不思議な縁でめぐり逢った15歳の少女ふたりの、奇妙に深まるコンビネーションと友情を描く清々しい探偵物語だ。
 瑠瑠は漢民族ではなく、ある事情を抱えて撒馬爾罕(サマルカンド=中央アジア・ウズベキスタンの古都)から貿易商の小父おじを頼って北京へ逃れてきた。そこで月華と数々の事件に挑むことになる。
 月華は才色兼備で気品ある少女だが、瑠瑠に対しては尊大な態度。それでも瑠瑠は月華に魅かれ、その命に従うことにする。なぜなら月華は「纏足てんそく」をしており、文字通り自由に歩けない。それは高貴な身分の証でもあるが、その不自由さを瑠瑠は率直にいびつな矯正と感じたのだ。
 唐時代以降、中国の風習であった纏足。幼少期から女性の足を布できつく縛って成長を止めるもので、農作業などで動く必要のないエリート階級の象徴ではあるが、月華はこれを強いられていたのだ。
 月華は、集まってくる様々な情報を統合することで物事の全体を把握する自身の力「つまびらきの写鏡うつしかがみ」の裏付けを得るため、またかすかな違和感に気づく瑠瑠の異国人としての直感に賭け、「私の足」になれと命じてコンビ誕生となる。
 ある劇団の頭領が殺された事件。黄昏たそがれどきの街中で何者かが辮髪べんぱつ(モンゴル族や満洲族の髪型)を切る騒ぎ。妖怪屋敷と噂される邸宅の謎。月華の鋭い考察と瑠瑠の機敏な動きは難事件を鮮やかに暴き、収めてゆく。そして最後はある陰謀にふたりとも巻き込まれてしまうのだが……。
 信頼が深まるなか、月華の芯に国難を憂慮する気持ちと弱い立場の者を守ろうとする包容力があることに気づく瑠瑠。月華の使命と正義感に応えるべく、彼女は大胆な行動に出る。瑠瑠自身にも、善行をすれば「右の肩にいる天使」がそれを見ているという信念があったのだ。
 纏足を見て「可哀想」と臆せず言った瑠瑠を信じた月華。まるで万華鏡のように色彩豊かな世界の光と闇、そして少女同士の絆と信頼を描いた、清朝時代のシスターフッドストーリーである。

八木寧子

やぎ・やすこ●文芸批評家、エッセイスト、書店員

『纏足探偵 天使は右肩で躍る』

小島 環 著

発売中・集英社文庫

定価858円(税込)

購入する

TOPページへ戻る