[今月のエッセイ]
占いに頼る深層心理
その昔、徳島での出来事である。
一人料理屋で酒を飲み、夜の街をぶらついていたら、突然「あらっ?」という声が聞こえた。見ると小机を前にして座る占い師である。
酔いが回っていたせいもあったのだろう。うっかり反応してしまったら、いきなり「悪いものが
言わずと知れた霊感商法、あるいは新興宗教団体の勧誘である。誘いに乗れば壺や絵の類を買わされるのが関の山。「フェリーの出港時刻が迫っているので」と立ち去ったのだったが、それから
ほぼ無神論者にして、霊の存在も信じてはいない私でさえそんな気分になるのだから、素直にして善良な、あるいは信心深い人はそれではすまないだろう。
巷間「当たるも八卦、当たらぬも八卦」とは言うものの、占いに神秘性を感ずるのは否定できない。人を安堵させる効果がある一方で、不安を抱かせ、搔き立てる力もあるのが占いなのだ。して考えると、占いに目をつけるとはさすがとしか言いようがないのだが、こうした商法が成り立つのも人間は未来を予見することができないからだ。
「一寸先は闇」という言葉があるように、人生にはどんな災難が待ち受けているか誰にも分からない。傍目には順風満帆。我が世の春を謳歌しているように見えても、家族のことであったり、病であったり、様々な悩みや問題を持っていて、明日はどうなるのか、ひと月先は、一年後はと、程度の差はあれ先に待ち受けている運命に不安を抱きながら生きている。そして、いよいよ先を知りたい願望を抑え切れなくなると占いに頼るのだ。
実際、占いに頼る人は多いらしく、京都のとある古社の宮司は、四柱推命と易の大家で、政財界の重鎮たちが訪れると聞いたことがあるが、さもありなんだと思う。
「大組織の舵取り役は孤独なものだ」と経験者はよく語るが、実際その通りなのだろう。
なにしろ判断を誤れば、企業や国家が大きなダメージを被ることにもなりかねないのだ。その重圧たるや大変なものであるはずで、決断の行方を事前に知れたらという願望を抱いているに違いないからだ。そこに「占いの大家」、すなわち「当たる」と評判高い占い師がいると聞けば、
今回の作品『雌鶏』は、終戦直後の混乱期から昭和五十年代を舞台に、将来を誓い合った男の罪を被って刑に服した女性の復讐譚である。出所後の契りを
スパイ防止法が存在しない日本は、世界各国の諜報機関が
真偽のほどは定かではないものの、かつてアメリカで暮らしていた頃に、彼の地の有名大学で学ぶ日本人学生を諜報機関がリクルートするケースがあると聞いたことがあった。曰く、「帰国して日本企業に職を求めろ。指令は追って出す」。要は産業スパイになれというわけだが、その指令がいつ出るのかは全く分からない。相応のポジションに就き、本人が忘れてしまった頃に突然下されることもあるという。この手の工作員は「スリーパー」と称されるのだが、アメリカには表以上に裏の顔が多くある。荒唐無稽な話と一笑に付す気にはなれなかったのを今でもはっきりと覚えている。
しかも、アメリカの情報機関といえばCIAが有名だが、他の国家機関も独自の組織を持っており、その多くが日本に駐在員を置いて活動しているのだ。そういえば、私は初期の頃、主に国際謀略小説を書いていたのだが、取材に応じてくれたアメリカ人が、かつてとある情報機関の要員として日本に駐在していて、その時起きたのがソ連の戦闘機が函館に着陸した事件。亡命を願い出たパイロットをアメリカに送り出すまでを担当した本人だと聞かされて驚いたことを今思い出した。
憲法しかり、在日米軍しかり、日米地位協定しかり、戦後八十年経った今もなお、悲しいかな日本は戦後レジームからの脱却とは程遠い状態にあるのだ。
楡 周平
にれ・しゅうへい●作家。
1957年岩手県生まれ。96年『Cの福音』でデビュー、ベストセラーに。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『プラチナタウン』『砂の王宮』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』『限界国家』『ショート・セール』『サンセット・サンライズ』等多数。