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本書を片手に美術館巡りをお勧めしたい
美術市場は戦争で大きく動く。ヒトラーを始めナチ指導者はみな一種の美術愛好家で、ヨーロッパ全土から趣味に合う美術品を買い集め、略奪し、その黒い軌跡は今日まで続く。本書はナチ時代から現代まで、権力者、愛好家、画商、キュレーター、美術史家までが入り乱れて美術品を奪い合い、隠蔽し、消えた作品を追跡する、金と権力の渦巻く歴史をスリリングに描く。
美術品の取引は特殊な市場と慣習を持っている。半ば水面下で売買されることが多く、時代の評価が価値を決めるため不動産などとは性格が異なる。1998年に「ワシントン原則」が合意され、美術館の所蔵作品の来歴調査と、略奪品の正当な所有者ヘの返還がルール化されたが、返還実績は限定的という。このためグルリット事件のように、いまだに個人宅から大量の名画が見つかることがあるし、美術品がオークションで落札された後、スイスなどの非課税の倉庫「フリーポート」に入れられて世間から雲隠れすることもある。マネーロンダリングなど違法な世界ともつながっている。
現在、中国やロシアが新たな「文化戦争」に乗り出していると著者はいう。近年ヨーロッパで中国美術品の盗難が相次ぎ、プロ集団による犯行が疑われるらしい。オークションで中国人企業家などが購入し、国に回帰させている可能性がある。そもそも欧米は帝国主義の時代に中国から奪った側だから、倫理的にも分が悪い。またウクライナ戦争では、文化財が破壊されるだけでなく、ロシアの歴史に関連する偉人の遺骨や墓石までが運び去られているという。過去を手に入れる者は、未来も手に入れるというわけだ。
美術品をめぐる争いには、究極の人間模様がある。一枚の絵を取り戻すことに執念を燃やすユダヤ人には、ホロコーストの悲劇と亡き家族への想いがある。海外に流出した国宝の奪還を試みる国家には、屈辱の歴史を書き直すナショナリズムがある。人は去り、国破れても、美術品の価値は時代を越える。それゆえに、これをめぐる争いも永遠だ。
この夏、ぜひ本書を片手に美術館巡りをお勧めしたい。美術品が

武井彩佳
たけい・あやか●歴史学者





