[本を読む]
AIネイティブ社会で、何を選び、選ばないのか。問いに向き合うための鋭い視座。
かつてヨルダンの難民キャンプを訪れた際、男の子が言った。「僕たちは毎日、食べるものも着るものも与えられるものばかりで自分で選べない。仕事に就けば、自分で選べる。だから勉強したい」。一方、日本で女子大生のキャリア相談に乗ったとき、「母の時代は主婦になるしか選択がなかったのに、今の私たちは選択肢が多すぎて困る。何をしたらいいのかわからない」と言われた。社会経済の段階によって、「選ぶ」という行為の意味がこれほどまでに変わるのかと愕然とした。
本書は、消費者行動を専門とするシンクタンク研究者が、「選ばない」という行動の本質に迫った一冊だ。物と情報が溢れ、何を選んでも差異が生まれにくい社会環境では、「選ばない」という選択が合理性を持つようになった。著者はこれを、デジタル化によるアルゴリズム推薦やフィルターバブル、資本主義の効率化の論理と結びつけ、かつ、失われた30年に生まれた知恵だと分析する。
興味深いのは、選ばない消費が三つの類型—消極的・積極的・ゆだねる判断—として整理される点だ。我々は単に選ばされているだけではない。消費者の選択負担の軽減は企業の競争力となり、サブスクや「推し活」は私たちに新たな出会いやつながりを生み、自己肯定感の向上にもつながる。さらに、その余白が、迷いや失敗を許容し、人間の成長を後押しする。そこにはかつての消費と一線を画す価値が宿る。選ばない消費は、人間のあり方や経済、社会構造の再編を問いかけている。
本書の意義は、「選ばない」ことを通じて行動の背後にある構造を可視化する点にある。「選ばない消費」は、経済成長を追い求めた時代の「過剰な自我」からの解放であると同時に、本当に必要なものを問い直す契機でもある。再び成長への舵を切り、AIネイティブ社会を迎える日本で、私たちは何を選び、何をあえて選ばないのか。その問いに向き合うための鋭い視座を提示している。

藤沢久美
ふじさわ・くみ●株式会社国際社会経済研究所 理事長





