青春と読書 本の数だけ、人生がある。 ─集英社の読書情報誌青春と読書 本の数だけ、人生がある。 ─集英社の読書情報誌

定期購読のお申し込みは こちら
年間12冊1,000円(税・送料込み)Webで簡単申し込み

ご希望の方に見本誌を1冊お届けします
※最新刊の見本は在庫がなくなり次第終了となります。ご了承ください。

本を読む/本文を読む

堤 末果『堤 未果の『すばらしい新世界』 スマホで赤ちゃんを注文する日』(集英社新書)を大澤真幸さんが読む

[本を読む]

ユートピアという名前のディストピア

 あらゆる苦から解放された世界? ありえない! いや、本書は、徹底した取材と調査をもとに、現代の科学技術が生老病死のすべての苦をコントロールし、苦なき世界を実現しようとしている、と論ずる。私たちはすばらしい新世界に近づいているのか? 本書の問いだ。
 自由な選択の範囲が拡大しても、自分の子の遺伝子は選びようがない……というのが前提だったが、今やハイスペックの受精卵を選別することができ、胚のDNAをつくり変える技術の実用化も目前だ。誰も死だけは避けられない……と思いきや、シリコンバレーの富豪たちは、不老長寿産業に巨額を投じ、老化を除去可能な欠陥バグに変えようとしている。
 本書は、病も技術的に除去できる不具合に変わりつつある、と現状を紹介する。薬で脳内の化学物質をコントロールすれば、あるいは特定の脳神経回路を磁気で再起動すれば、うつ症状が消え、幸福を感じやすい脳が得られる。性格ごと変わったようになるのだ。脳内の思考をテキスト変換する脳内チップの研究も進んでおり、複数の脳をつないで他人の痛みを直接経験できる未来がやってくるだろう。ウェアラブルなスマートデバイスは、仕事を怠けていると、「励まして」くれる。また各人を健康的な生活へと誘導することもできる。
 さらに、死ぬ権利も与えられる。二〇一六年に安楽死が合法化されたカナダでは、今では二十人に一人が医師の手で死んでいる。しかし死ぬ権利は、状況によっては事実上の死ぬ義務へと転化しうること、有用/不要な人間の選別への扉を開くこと等を、本書は警告する。
 紹介されている技術はすべて、人類がずっとそれ、、を超えることを切望しながらも不可能だと受け入れてきた限界を突破するものである。となれば、これは究極の理想の実現であるはずだ。しかし堤未果は、個人的な体験をも記しつつ、さまざまな角度から疑念を発する。何かが根本的にまちがっている、、、、、、、、、、、、、、、と。私たちはまだ、限界を超えた自由の何が問題なのか、死を含む苦の全面的な除去のどこが悪いのか、明晰に説明する言葉をもってはいない。しかし「答えのない問いを抱え、揺らぎ続けること」を放棄してはならない。さもないと、私たちはユートピアの名のもとで最悪のディストピアを受けとるだろう。オルダス・ハクスリーが一九三二年の小説で描いた世界のような。

大澤真幸

おおさわ・まさち●社会学者

『堤未果の『すばらしい新世界』 スマホで赤ちゃんを注文する日』

堤 未果 著

発売中・集英社新書

定価1,034円(税込)

購入する

TOPページへ戻る