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三浦しをん
信じる人から信じない人までグラデーションがあって当然だと思っています
三浦しをん『夜の恩寵』

[インタビュー]

信じる人から信じない人までグラデーションがあって当然だと思っています

三浦しをんさんの最新作『夜の恩寵』は、不思議な夢を見る人々が登場する連作短編集です。第一話を発表したのは十年以上前。時間をかけて紡いだ全五話は、不穏で魅惑的な空気に満ちているだけでなく、実はさまざまな企みが仕掛けられている様子。執筆の背景についておうかがいしました。

聞き手・構成=瀧井朝世/撮影=中林 香

〝信仰〟や〝信じること〟を書きたい

──最新小説『夜の恩寵』は予知夢など不思議な夢を見る人が登場する、ほの暗い雰囲気の連作短編集です。巻頭の「神馬に乗る女」は『小説すばる』に二〇一四年七月号掲載と、ずいぶん前に書かれたものなんですね。

 そうなんです。十年以上前に書きはじめたんですけれど、体調を崩したりスケジュール調整がうまくいかなかったりして、一冊にまとめるのに時間がかかってしまいました。でも一応、当初考えていた通りのものになりました。
 私は「楽しいものを書いてください」と依頼されることが多いのですが、そうすると自分の中にだんだん暗黒要素がたまってきて、暗めの話を書きたくなるんです。集英社さんはなぜかいつも「暗めのものを」と言ってくれるので、嬉しくて(笑)。これも「暗めのものを」という依頼で、せっかくだから短編同士が緩やかに繫がるようにしようと考えていきました。

──巻末に、〈各編のテーマは「カリスマ」〉〈「神馬に乗る女」は、山本草介氏に聞いた話から着想した〉とありますね。

 以前から〝信仰〟や〝信じること〟を、アプローチを変えながら書きたいなと思っていたんです。今は世界的に広まっている宗教でも、きっと最初は胡散臭がられていたと思うんです。にもかかわらず人が引きつけられるのはどうしてだろうとか、その若干の胡散臭さってなんだろう、というのはわりといつも考えていることです。
 山本草介さんは私の大学の時の友達で、映画監督をしているんですよ。十数年前に久しぶりに飲んだ時に、彼の知人が急に神がかって、他人の関節痛を治したりしはじめたという話を聞いたんです。「あの話がむちゃくちゃ面白かったから小説に書いちゃった」って言ったら、「えー。まあ、いいよ」みたいな感じでした(笑)。

──「神馬に乗る女」の主人公は輝久てるひさという青年。彼が十歳の時に父親が若い喜久美きくみと再婚。輝久は現在東京で働いていますが、久々に故郷の福井に帰ると、喜久美にヌチガミさまという神様がくようになり、触っただけで病気を治したり困りごとを解決したりしていて、賛同者が集まってきています。

 それまで病気で歩けなかった人が、そういう人のもとを訪ねたら歩けるようになった、といった話はたまに耳にしますが、本当に不思議ですよね。実際はその人のおかげなのか分からないけれど、よくなった本人はそう思っているんですよね。それが面白いなと思っていました。
 それから私、神がかった人の映像を見たことがあって。なにかのお祭りで、その人はこの世のものとは思われぬ呻き声を出していたんですね、それを憶えていたので、喜久美が神がかる場面を書く時の参考にしました。

夢を見たという感覚が小説のヒントに

──喜久美は予知夢も見ます。今回の作品は、「夢」が重要なモチーフとなっていますね。

 なんとなく、夢に関する話にしようとも思っていたんです。「神馬に乗った女」で神がかる女の人を出すことにした時に、この人にはきっと夢を見る力もあると思いました。
 私もよく夢を見るので、夢って不思議だなとずっと思っていたんです。ただ、体調が悪くなるとあまり夢を見なくなるので、「あ、今、私は不調なんだな」って分かります。一時期、見た夢を書き留めていたんですけれど、そうすると寝ている間に自分で夢を操るようになるのでやめました。それでも、朝起きた時になにか夢を見たという感覚が小説のヒントになることは結構ありますし、見た夢を小説に出すこともあります。今回、二話目の「胡蝶」で、夢の中で妊娠する話を書きましたが、あれは実際に私が見た夢なんです。

──「胡蝶」の主人公の未千みちは二十一歳の時に高熱を出してから不思議な夢を見るようになり、結婚後、夢の中で妊娠し、出産し、子どもを育てていきますね。

 私も夢の中で妊娠して、つわりがひどくて吐き気があったんですよ。たぶん、自分が太ったことに対して、言い訳が立たないと思って見た夢だと思うんですけれど(笑)。実際に妊娠したことがないから分からないけれど、あれはすごくリアルでした。

──夢の中で産んだ子ども、千夜太ちよたは成長するにつれ世界が滅亡するかのような夢を見たと語るようになる。不安になった未千は、現実世界の夫、タロさんに相談し、ここから意外な展開になりますね。そして三話目の「夢見る家族」は、未千の家族のその後の話です。

 全話通じて暗くて不穏な話にしたかったので、世界の終わりの夢を見る子どもは出したかったんです。でも、それは単なる夢にすぎないかもしれないし、予知夢のようなものを見る「夢見」なのかもしれないし、真実はどこにあるか分からないですよね。
 未千も「胡蝶」の最初のほうでは、自分に夢見の力があるのか半信半疑です。でもどんどん夢に取り込まれていって、自分には夢見の力があるし、産んだ子どもにも力があると信じるようになっていく。それによる弊害が起きるのが、次の「夢見る家族」です。現実の世界では、みんなが夢見の力を信じているわけではないし、宗教にしろ習慣にしろ、妙なものを信じこんでいる親のもとに生まれた子どもはめちゃくちゃ大変だろうな、と思っていました。その苦しみや、恐ろしさを書きたかったんです。

──「夢見る家族」は最後にちょっとミステリー的なサプライズがあって、ぞくぞくしました。

打ちひしがれて書いた、バンドの物語

──一方、四話目の「金の糸」はがらりと変わって、可愛い話でした。乱雑でマイペースな同級生、ゴンゾーに強引に誘われて彼とバンドを組むことになる六実むつみという少年の話です。これは明るく笑える箇所もある話でした。

 バンドの話はいつか書きたくて、それはそれで考えていたんですよ。「夢見る家族」を書いているあたりで、「次はずっと考えていたバンドの話でいけるな」と思いました。
 暗い話ばかりだと読者も疲れるだろうから、これはおバカな男子高校生の話にしました。この話の「カリスマ」はゴンゾーのように見えるかもしれませんが、この本の中でのカリスマの意味合いでいうと、実は違う人だという……。
 これを書いている時、私が何十年も応援しているBUCK–TICKのボーカルの櫻井敦司さんが急逝されたんです。人生最大に打ちひしがれて、体調が悪くなるわ、でも締め切りはくるわで、なんでこんな時に限ってバンドの話を書いているんだろうと。そういうこともあって、非常に思い入れのある一作になりました。音楽の喜びみたいなものを、切実に考えたり感じたりしながら書くことができたとも思います。というか、書かざるを得なかったですね。
 私はやったことがないんですけれど、やっぱりバンドには憧れますね。なんてきらめいているんだろうと思う。それをなんとか一度は小説で書いてみたかったので、「金の糸」は書いていて、楽しかったし切なかったです。

──ゴンゾーがとてもチャーミングです。

 実はいい子なんですよね。私の中ではゴンゾーはなかなか端正な顔なんですけれど。それから独特のいい声をしているはず。そういうのを考えるのもすごく楽しかったです。

神戸の占い師さんの絶妙な一言

──一方、六実は歳の離れたお兄さんと二人暮らし。どうしてなのか事情を知って「うわあ……」となりました。そして最終話の「夢の子ども」でまた輝久たちが登場します。喜久美は夢見の力を失った後も、賛同者を集めているようですね。

 喜久美はカウンセリング能力というか、相手が何を言ってほしいのかを敏感に察知する人だと思うんですよ。たとえば有能な占い師さんもそうだと思いますね。そういう人はきっと、宗教を立ち上げることもできるんじゃないでしょうか。
 今思い出したのですが、「夢見る家族」は、『小説すばる』の「占い」特集の一作として書いたんですよ。それで、「HiGH&LOW —THE PREQUEL—」を観に宝塚に行った時に、ついでに取材をかねて神戸の占いの館みたいなところに行って、占いをしてもらったんです。その占い師さんがめちゃくちゃ面白くて。長い黒髪の、声の低い魅力的な女性でした。まず「悩みはなあに?」と訊かれて、「やる気が出ないんです」と素直に言ったら、「あら、いつから出ないの?」と訊かれ、「七年前くらいからですかね」と言ったら「長いわね」って。それから私が選んだ何枚かのカードを見て「七年前、あなたに悪霊がとりついたのね」って。「え!? それは何の悪霊なんですか?」って訊いたら、「行きずりの悪霊よ」。

──行きずりの悪霊……(笑)。

 びっくりして「どうしたらその悪霊は離れてくれるんですか?」と訊いたら「もう離れているから大丈夫」。「じゃあ、私のやる気が出ないのはどうしてですか?」と訊くと「それはいつものことだから気にしなくていいの。やる気が出ないのが普通と思って」と言われました。それで私、すごく心が軽くなって。その時から、やる気が出ないのが普通なんだなあと思っています(笑)。この時、占い師さんってカウンセラーみたいだなって思って。この取材が「夢見る家族」に活かされていますね。

──「やる気が出ないのはいつものこと」と言ってほしかったんですねえ。

 無理にやる気を出すのは辛いから、気にするなって言ってほしかったんでしょうね。とはいえ、「そのままの君でいい」と言わないところも上手いですよね。もしそう言われていたら、私は「いいわけねえだろう」となっていたと思うので。「やる気が出ないのが普通よ」という言い方って絶妙ですよね。

明確な答えのない、短編小説のよさ

──不穏な連作短編集なのに、執筆の背景が面白すぎます。ところで、複数の話に登場するある人物が、途中で胃癌になりますよね。あれはどういう意味があるのですか。

 最後の「夢の子ども」で、その人物が喜久美に言われて冷めたコロッケを食べる場面があるじゃないですか。これが胃壁にはりついて、よくなかったんだと思いますね。喜久美の不思議な力ですね。

──うわあ……ぞくっとしました。今の話、インタビュー記事に書いたらネタバレになりますかね……。

 書いてくださいよ。三浦がものを考えて小説を書いているって、みなさんあんまり信じてくれないので、実はいろいろ考えて書いているんですよ、ということを書いておいてやってください。

──他にも三浦さんの意図に気づいていないところがある気がします。たとえば、「神馬に乗る女」で、喜久美が幼い頃の輝久に自転車に乗るように勧める場面がありますよね。「気持ちいいよ」と言って自分が乗ってみせる。それがタイトルの「神馬に乗る女」にも繫がるわけです。一方、第四話でも、ゴンゾーが六実の漕ぐ自転車の後ろに乗って「気持ちいいなあ、ムツミ」と言う場面がありますよね。この共通性は意図的ですか。

 そうです。自転車が新しい世界を開いてくれることを象徴しています。
『夜の恩寵』の全五話は、三話目の「夢見る家族」を挟んで対称になっているんです。自転車の場面も、第三話を挟んで反転しているんですよ。自転車を漕いでいる人がカリスマなのか、後ろに乗っている人が実はカリスマなのか……という。他にもいろいろ呼応しているところがあります。別に気づかなくていいんですけれど、もし気づいた時は、「おやっ」と思っていただけたら。

──ああ、対称だから、一話目と五話目が同じ視点人物になるわけですね。その五話目では不穏な事実が浮かび上がりますが、それも本当のことなのか夢なのか……。

 藪の中ですね。私はどちらかというと、夢見の力は信じない派なんです。だから本当にそういう力がある、という結論は書けませんでした。だけど実際、世の中には不思議なことや説明のつかないことがある。それを信じている人たちを否定するつもりもないんです。だから登場人物も、不思議なことを信じている人もいれば、半信半疑の人もいるし、信じたくなくて抗っている人もいれば、はなから信じていない人もいます。そうしたグラデーションがあって当然かなという気がします。

──この一冊も、読む人のグラデーションによって、解釈が変わってきそうですね。

 今は真相がよく分からない話を書くと、「はっきりしなくて嫌だ」と言われがちで、そう感じる読者の方には申し訳ないなと思います。でも私は、明確な答えがなくて「この話ってなんだったんだろう」と考えられるところが、短編小説のよさかな、という気もしています。不思議なこと、曖昧なことについて楽しく考えてもらえたら嬉しいです。

三浦しをん

みうら・しをん●作家。
1976年東京都生まれ。2000年に『格闘する者に○』でデビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、12年『舟を編む』で本屋大賞受賞。『あの家に暮らす四人の女』(織田作之助賞)、『ののはな通信』(島清恋愛文学賞・河合隼雄物語賞)、『愛なき世界』(日本植物学会賞特別賞)、『光』『墨のゆらめき』『ゆびさきに魔法』等著書多数。『のっけから失礼します』『マナーはいらない 小説の書きかた講座』『しんがりで寝ています』等エッセイも多い。

『夜の恩寵』

三浦しをん 著

6月26日発売・単行本

定価2,145円(税込)

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